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路傍の石が蜘蛛男になるまで

どーもこんばんはマルハボロでございます( ´ ▽ ` )ノ

今回、こちらのイメージを見てビビっと来たのでオリジナルのスパイディを書くことにしました。どうやらMFFなる略称のゲームで悪堕ちスパイディはいるらしいですが、似て非なる者として今回作らせていただいた次第です。下記イラストの彼から膨らませてイメージ。どうぞご堪能くださいませ。

まえがき

ピーター・パーカーという個性が持つ要素として、個人的に印象地の高いものは【悲劇性】と【責任感】だ。
多くの場合、スパイダーマンとなった彼は常に選択を求められる。無数の能力を持ち、ある場合に置いては非常に強い力を持っていながらも、その力を振るう機会が彼がその責任を負った場合に留まっているのも彼の責任感ゆえだろう。
そして彼はピーター・パーカーであり、スパイダーマンだ。マイルズ・モラレスやグウェン・ステイシーといった別人、或いはそれ以外の誰かがスパイダーマンになる場合も勿論ある。だが、それでも多くの人にとって記憶に残っているのはピーター・パーカーなのだ。それはやはり、彼が抱えるその悲劇性こそが人々の印象に残るからだろう。
今回は、上記イラストから受けたインスピレーションをモデルに、オリジナルのスパイダーマンの短編を書こうと考えている。
どうか最後までお付き合いいただきたい。







本編①『雨の降る公園』

……雨は嫌いだ。クツもない、替えの下着もない、そんな自分の惨めさを、冷えた尻がこれでもかと伝えてくるからだ。
ここへ逃げてきたことに理由はない。雨から逃げられる場所で、かつアイツ(親)からも逃げられる場所だったからというだけのこと。

俺には母親がいない。というか、そもそも存在しているかも定かじゃない。なんだかんだアイツには国からの支援金を理由に中学までは行かせてもらえたが、高校には行けなかった。
一言だけ聞いてみたことあったが、帰ってきたのはガラスのコップと──。

「そんな金はない!」

──という、怒鳴り声だった。

いつもそうだった。俺に呼び掛けられる言葉は罵倒か、命令だけ。それ以外には、固い拳が唾の代わりに顔や体へと飛んできた。

16歳になってすぐ、アルバイトをするようになった。働く場所はアイツから紹介された工場での深夜労働だった。雇い主だか課長だかは知らないが、俺の顔を見てぼそりと「まだろくでなしか……」と呟いたのをよく覚えている。あの工場に集められたのは、所謂社会的な"落ち零れ"ばかりだった。俺以外にもそんなやつがいるのかと無感動に眺めたし、わざわざ自分から落ちてきたやつは心底理解が出来なかった。

ここの別名は"刑務所"。寮に入れば二度と帰ることが出来ないと言われてたが、俺はいっそそうしたかった。
家へ帰れば、またアイツを目に入れなきゃいけない。ろくでもない理由で殴られなきゃいけない。
けれど、不幸を嘆くのはいくらだって出来る。そして嘆いても……誰も助けてなどくれはしないのは、これまでの人生で百も承知だった。
それでも俺の気が狂わないでいられたのは、俺には友達がいたからだ。

────あれは12歳の冬頃だったと思う。……ある日、アイツの知り合いだという禿げた髭面のゴツイ男が家に上がっていた。狭いアパートだっただけに、そこに転がる、そいつが持ち込んだという複数のカバンを見た瞬間、背筋が嫌にチリチリと刺激されたのだけは覚えている。
そこからは……あまり覚えていない。どうやらアイツはその男から金を貰っていたらしく、俺が帰ってくるなりすぐに出かけて行った。
俺はと言えば、動けないように縛られ、尻を抉られ、そこに流し込まれたアルコールで酩酊している間にクビと肩と尻にタトゥーを彫られた。酩酊しているとはいえ皮膚を刺され削られていくような痛みは尋常じゃなく、縛られた手はひどい擦過傷になり、猿轡はヨダレと胃液交じりの血に染まった。

学校には当然行けなくなった。首のタトゥーは消せるものじゃないし、いじめを受けてはいたがそれでも給食を食べることは出来たのだけど、それも無理になった。
三日か、一週間か。俺は起き上がることも出来ず、当然アイツが何かしてくれるわけでもなく、ただただ魘され、眠り続けた。熱に侵され、朦朧とする中、そこにいたのは一匹の蜘蛛だった。昔図鑑で読んだタランチュラと大きさは近かったが、姿はまるで違った。むしろセアカゴケグモに似ていると言ってもいい。薄っすらと、自分が死ぬのだと思った。これはその死のイメージなのだと。猛毒を持った蜘蛛に噛まれることで意識を失えたなら、この苦しみが終わらせてもらえるなら、どれだけ幸せだろうと……不思議と無機質に見えないクリクリとした大きな目を見て、そんなことを考えた。

起きると、片目が見えなくなっていた。だが不思議とバランスの喪失を感じることもなく、どうにか動くことが出来た。後から聞いたが、本来片目の視力を喪失したらまともに歩くことも困難だそうだ。試しに目を瞑って歩いてみてもなぜか平然と歩けたのでなんだか気味が悪い気もしたけど。
そして最大の変化が、あの蜘蛛だった。俺にしか見えない、赤い背をした黒い蜘蛛。なんとなくメスだと思うことにした。理由は特にない。直観的なものだったけど、そんなに間違ってなかったと思う。

「……どうしようか」

公園に設置された土管のような遊具。中には徐々に水が入ってくるが、珍しく排水溝があるから、全身がずぶ濡れになることだけはない。声をかける相手は勿論彼女だ。彼女は、俺を慰めるようにその方で寄り添ってくれている。他の人間には見ることの出来ないらしい彼女は、他人からすれば俺がイカれてると思わせることも出来たから、それだけでも実に有益だった。なぜなら、余計なことで話しかけられることがないからだ。

あの刑務所から抜け出したのは、俺に時折話しかけていたヤツがよりによって金を盗み逃げ出したからだ。バールのようなものでひどく殴られ、アイツの拳に殴られてきた経験が、殺意を込めたそれとは比較にならないことを実感させた。
反撃する気はなかった。それでも、あまりに一方的に喚きながらこちらを殴ってくるヤツを相手に嫌気がさしていたのも確かだった。

バールを受け止め、反対の手で首を絞めてやる。高揚感が全身を駆け巡り、同時に手から何かが相手に浸透していく。その後は一瞬だった。
雇い主は僅かに体を震わせると、大と小を股間からぶちまけながら、首から上を紫色に変色させてその場で息をしなくなった。
気持ち悪い。それは手にしたコイツの首に付着した油汗か、それとも鼻の奥を刺激する明確な死の臭いか。

俺はそのまま……取るものも取らずその場を逃げ出した。靴を履いていないのは、そのせいだ。
一人になると、どうしてもアイツの顔がチラつく。思えば、誰かから親切にされたことなどなかったと思う。人を殺してしまったことに、後悔も達成感もない。ならばいっそ、このままアイツを殺してしまうのが正解なんだろうか。

それも含めて俺は彼女に問いかけたのだが、その返事が来ることはない。

「とりあえず、シャワーでも浴びたら?」

だから、不意に声をかけられて心臓が口から発射するかと思うほど驚いた。思わず四肢を土管じみた遊具の隅へと伸ばし、俺は体をいつでも動かせるよう臨戦態勢へと移行していた。

「あ、ごめんごめん。びっくりした?」

そこにいたのは、見たことのない女だった。買い物帰りなのだろうか。なにやらビニール袋を持ち、傘を片手に一方からこちらを見つめている。
こいつは何を言っているんだろうか。シャワーなんて浴びたことない。熱湯なら浴びせかけられたことがあったが。

「ま、いいや。そんなとこにいないで、こっちおいでよ。大丈夫、取って食ったりしないから」

ケラケラと笑いながらこちらを見つめるその女が、俺にはひどく気味が悪く思えた。だってそうだろう。雑に巻いた包帯で隠してあるとはいえ、俺の目は片方が真っ黒に潰れている。病院に行ったこともないから、気味が悪い以外のことはわからない。

────一度だけ、俺は肩に乗る彼女を見た。そこからは結局、また誰かに言われるがままについていくことにしてしまったのだ。

本編②『暖かいということ』

カビひとつないそのキレイな空間。そこへ、どう見ても薄汚い自分を連れ込む。はっきり言って、何が目的なのか、恐ろしくて仕方がなかった。

言われるがまま手を引かれて、風呂場へと通されて、ようやく俺は今の状況が怖くなってきていた。

「だーいじょうぶだよ。怖くない、怖くない♪」

楽観的が過ぎるように感じた。俺は人を殺しても何にも感じないような人間だ。何の役にも立たない、金にもならないクズなのだ。

だというのに、彼女に後ろから抱きしめられて、頬を伝うものがひどく塩辛くて仕方が無かった。

体から流れていく汚れは、殆ど泥だった。服はボロボロすぎるという理由で彼女にさっさと処理された。後から「だって臭かったし」と言われた時は、思わず納得してしまった。思えば、なにかがおかしくて笑ったのはそれが初めてだったかもしれない。

何度もお湯を被り、熱いシャワーで震える体を流され、丁寧にあちこちを洗いすすがれた。風呂場から出てタオルで丁寧に拭かれた後、毛布らしきそれで包み込まれた時は、思わずそのまま眠ってしまいそうだった。
終わるなら今がいい。暖かいことを知って、これが何かの企みやウソだったとしても、もし死を迎えるなら今がいい。それほどに、俺の心は安堵していた。

けど、夢は終わらなかった。目を覚ますと「今日は仕事休んだから」と言う彼女に渡された服を着て、そのまま食事をすることとなった。
箸を持つことが出来ず、下手糞にスプーンを扱う俺を、彼女は何が楽しいのかただ見つめていた。

「ワタシね、殺し屋なんだ」

笑いながらそう語る彼女を、食事を終えて再びの眠気に襲われていた俺は静かに聞いていた。すると彼女は俺が何を思ったか、どこからか取り出したナイフで手の平を切り裂く。滴る血が流れ落ちるが、彼女はそれを慌てることなく拭き取ると、なにやら瞬間接着剤のようなもので傷口を塞ぎ簡単に布で覆ってしまった。

「ま、こういうわけでして」

曰く、彼女は無痛症らしい。とはいっても少々変わった無痛症らしく、身体能力は常人以上、負った傷も普通より治りやすいという一種の超人体質とのことだった。知識が偏っている俺としては、彼女の言葉をそのまま受け入れる以外にない。

「アナタを拾ったのはね。罪滅ぼしってわけじゃないんだけど、似たようなもん。アタシさ、こんな体だから気付かなかったんだけど、どうやら末期がんらしいんだよね。いや笑いながら言ってるけどマジだよ? 死ぬまであと精々4か月だってさ。そこでね、これまで無視してきたモンに従ってみようかなって」

そんな彼女が語ったのは、特異体質と一緒に備わったもう一つの力。悪人探知。殺し屋として殺す対象をこの能力で見つけ、殺す。ある程度特徴が分かれば、不思議とその行先がわかるらしい。ゆえに彼女の殺しの成功率は驚異の100%。自分を殺そうとしてきた相手も組織ごと皆殺しにしてきたらしい。

「自分が悪いことをしているって自覚はあるんだけど、これ以外に能があるってわけでもないしね。それになんだかんだ儲かるし♪ 結構これで金持ちなんだよ~」

ケタケタ笑う彼女だが、そもそも金持ちのイメージが漠然とし過ぎていて俺にはよくわからない。そんな彼女の名前を知らないことにふと気づき、俺は聞いてみることにした。だが、驚くことにそれは彼女も知らないとのこと。

「番号ではよく呼ばれてたんだけどね。07番ってさ。だから偽名はレナ。本名は知らない。殺し屋としちゃ、たぶんレディ・ペインってのが有名かな。最初は自分のことだと思わなかったけど、誰かが名付けて有名になったらしいよ。確かにその頃は相手をやたらと痛めつけてたけどさあっていう。だってさ! ワタシで試してもわからないから、痛いってほんとわからなくてさ! だったら悪人で試すのが一番じゃない? そしたらこれがまたすっごい痛がるのよ!!」

ケタケタと喋る彼女は、思った以上に饒舌だった。
その日から一週間。彼女は俺の世話をしつつひたすら自分のことを語り尽くした。俺はそれがまるで遺言のように思えて、出来れば彼女に死んでほしくないと願った。

「アタシに死んでほしくない? そりゃうれしぃねえって言いたいところだけど、ガンはよりによって頭の中なんだわ。取り除いたらワタシがワタシじゃなくなる可能性が高いって言われたら、これが寿命って受け入れざるをえないでしょ」

クスリと笑いながらそう嘯く彼女を、俺は見ていられず目を伏せた。彼女から教えられた。それは泣くという行為だと。悲しかったり、嬉しかったりしたら流れる塩辛い水は涙だということを。

「アンタを見つけたのはね、偶然じゃないんだよ。言ったでしょ? 悪人の居場所がわかるって。こんな風になってからさ、仕事受けてるふりして雲隠れしてるんだけど……どうしたって暇でさ~~。そしたら、とびきりよくわからない気配が雨の中からするじゃない? てっきり死にかけのマフィアのボスでもいるのかと思ったら、ひどく汚れた男の子がいるんだもん。目を見た瞬間に思ったよ。アタシはアンタに会うために生まれてきたんじゃないかなって」

彼女は、レナは不思議な人物だった。アフリカ系アメリカ人らしいが、かなり語学に堪能らしく話せない言葉は多分ないとまで豪語していた。字は書けなくても話せれば世界中どこでも仕事はあるとのことだったが、それはさすがに殺し屋の世界だけだろう、と思いたい。

濃密な日々が過ぎていった。レナは俺が人を殺してしまったことを聞くと「それで?」と聞き、理由を聞くと「ふーん」とだけ。レナ曰く、俺に言い聞かせるように度々語り掛けることがあった。

大いなる力には大いなる責任が伴う、って言葉があってね。いや全く他人の受け売りなんだけどさ。これって結局解釈次第だと思うのよね。力の大小なんて受け取った人間次第なんだからさ。言葉から受け取る意味合いだって人それぞれでしょ? 少なくとも、ワタシは仕事にこの理由を使ってるの。なんでかって? だってカッコいいじゃん!!」

レナはいつでも輝いていた。本当にほんの数か月でその命が尽きてしまうとは思えないくらいに。レナは俺が雇い主を殺した方法を聞くと、興味本位からその力を分析しようと言いだした。レナには複数の家があり、その中でも科学関係の色々を雑に詰め込んだ家があった。なんでこんな家があるのかと聞いたら「カッコいいから」とのことだった。俺は大量の本や薬品、あるいはレナが仕事に使うガジェットを作る工房が備わったそこが気に入り、彼女にここへ連れてこられるのが何よりの楽しみになった。レナもそれをよく理解してくれたようで、俺に宿ったよくわからない力の分析は、主にこのラボハウスで行われた。

レナは、俺だけが見える蜘蛛のことを馬鹿にすることなかった。むしろ見えないことを悔しがったぐらいだ。

分析の結果、俺には複数の特異体質があることがわかった。

・精神力に左右される身体能力。彼女に出会ってから喜怒哀楽をまともに知ったばかりの俺だったが、どうやらバールのようなもので殴られた時は怒っていたらしい。消耗は激しかったが、その時に計測した腕力が一番強かった。なにせ握力計を握りつぶしてしまったほどだから。
・次に手の平から生える牙めいた爪による毒液。かなり強力な毒らしいが、これもどうやら気分に左右されるとのことだった。痺れるだけ、ひたすら痛みを与えるだけ、即死するようなものまで出せる分泌物は様々だった。
・毒液を出す牙は、どうやら壁や天井に差し込むことで体を支えることが出来るほど強靭なのがわかった。指の力も増していて、これは意識しなくてもくっつこうと思えば壁やあちこちにくっつけるのが楽しいので一日遊んでしまったことがある。レナ曰く、"まるで蜘蛛男みたい"という言葉は、俺の脳裏に焼き付けられることとなる。

……他にもいくつかあったが、少なくともこの能力でどうこうしようという気にはなれなかった。俺は何者でもない。彼女に庇護されたとはいえ、役立たずには変わりない。殺し屋をするつもりがない彼女に仕事を変わろうか聞いてみたが、それはやんわりと断られた。

「やっぱさ、仕方ない時ってのはあるよ。殺さなきゃ殺される。そんな時に相手を殺しちゃう。それって悪いことなのかなってワタシは考えるし。けどさ、お金貰って自分の為に殺したら、それってやっぱりいいことじゃないと思うんだよね。パーカー坊やには、ワタシみたいになってほしくないのさ」

彼女は、俺の導き手だった。パーカー坊やという呼び名は、俺が彼女に買ってもらったパーカーを好んで着ていることからつけられたあだ名だった。本名以上に尊いそれ。俺はいつしか、自分をパーカーと自称するまでになっていった。

色んな事をした。色んなものを食べた。彼女が持つ家々を周り、彼女からそこのセキュリティがどういったものかを聞いた。彼女は俺に、自分が生きた痕跡を遺そうとしているのだと、遅まきながら俺は気づいた。

「死ぬことが怖いんじゃないの。今だって、脳に出来たガンが本当にアタシを死なせるのか疑わしいぐらい。そうだ! もし生き残ったらさ、一緒にヒーローでもやろっか!? なにせどんだけ殺しても悪人はいるけど、アンタにお説教してたら殺す以外の方法もありかなって! いいねそれ! 二人でフード被って顔隠してさ! 夜な夜な街を世直しして回るのよ!!」

テンションは高いが、レナは酒を飲むことはなかった。一度オススメされてビールを飲んでみたが、苦いだけで何が美味いのか理解できなかった。酔うことがなかったのは、どうやら特異体質に関係しているらしい。
彼女が自分が死ぬと断言した日まで残り一か月。俺は彼女から体の動かし方と称して格闘訓練を受けることになった。彼女は本当に強かった。力は圧倒的に俺の方が強いはずなのに、彼女はそれを華麗にいなす。俺は彼女が────彼女を好きなことに、今更気が付いた。彼女に死んでほしくない。彼女がいなければ、俺は何者でもないただの役立たずのクズでしかなかった。彼女が、俺を人間にしてくれた。

「アタシがいなくなるのが寂しい? 嬉しいこと言ってくれるね~~! でもさ、死んでも生きてても、アタシがほんとに死ぬのはアンタが忘れた時だよ。アンタに教えたこと、渡したもの、そして遺すもの。何もかもがワタシの一部じゃん。それに一番大事な記憶。アタシと過ごした日々はアンタの人生において大したことない短さになればいいと思ってる。それでも、絶対に忘れさせない自信があるよ、アタシ!」

ニヒッ、とレナは子供のように笑った。その日も俺は、彼女との格闘訓練でコテンパンに負けた。
それから二週間後。彼女の容体が急変した。彼女が起き上がれなくなったのだ。

「……あちゃー、ほんとにダメだったか。どうやら、頭の中がグズグズみたい。立とうとしてるんだけどさ、もう、あちこち力が入らないや」

エヘヘ、と力なく笑う彼女。その視点は、どこか遠くを見つめていたが、それでも俺を見る為にその目は開かれているのだと、不思議と確信していた。

三日後。彼女は静かに息を引き取った。一緒に作ったヒーローとしてのマスク。それを彼女に被せて、彼女が言い残した通り、最初に俺が連れてこられた家ごと彼女を焼いた。涙は出なかった。彼女は俺の中で生きていたから。

レナは最後まで言っていた。

「大いなる力には大いなる責任が伴う。アンタもワタシも、きっとその辺にいる誰も彼も。生きていれば、この言葉にぶつかる。ワタシは……どっかで間違っちゃったかな。もう少し一緒にいて、美味しいもの食べて、色んなところに出かけたりしたかったけど、ね!」

彼女はいつも笑っていた。俺も、不思議と彼女の笑顔が写っていた。鏡のように、彼女の要素を少しでも残そうと自分の中へと取り込んでいった。おしゃべりなところ、強いところ、そして誰かを導こうとするところ。

家が焼け、消防車が駆け付け、鎮火された中から見つかった炭化した死体をその晩盗み出して、こっそり埋めた。本当の意味での最後の別れ。埋めた場所は、彼女の有する隠れ家の一つにある庭にした。そこで彼女が見守ってくれていることを祈って。

本編③『面倒な隣人』

銃声
かつてのこの国ではそう簡単に響かなかった。聞こえても、その音は花火か何かと勘違いされただろう。

だが今となっては、ガンショットの響きは人々の心に恐怖をまくし立てる。俺は物陰に入ってずらしたバンダナを持ち上げると、そこに黒く染まった目玉が浮かび上がる。
彼女から譲られた工房で作った義眼は、今日もいい調子だ。

「……行こうか、レナ

俺にしか見えないイマジナリーフレンド。レナといる日々の間も消えることなく、今もしっかりと俺の方へ乗っかった彼女のことを、俺はレナと名付けた。不思議とそれだけで彼女の存在感は増し、俺の中には以前以上の奇妙な感覚が芽生えた。不思議な知覚(センス)が。

パーカーを脱ぎ、下に着ていた服を防水防弾仕様のバックパックへ手早く詰め込む。耐久繊維でこしらえたスーツへ、裏返したパーカーを纏えば俺の姿は夜に溶け込む。

銃声がもう一度響く。今度は悲鳴もセットだ。
……俺の目的は別に、正義の味方というわけじゃない。誰かを裁くつもりも、特別弱者を守るつもりもない。
それでも俺は彼女と約束した。夜に生きる悪党共を、本来なら生きるに値しない連中へ、彼らが知らない痛みを与えてやろうと。

「やあ悪党ども。ああ、降参は結構。お前らの言い訳は聞き飽きているんでね。いやはや臭うね、下水に流せばいいような悪党の臭いがプンプンと。こいつはどれだけ高い香水でも隠せそうにない臭いだ」

そこに居並ぶのは、どこにでもいるマフィアの下っ端。ただし普段と違うのは、その全員が銃を持っているということだ。義眼を経由して分析されたデータが工房のコンピューターから送り込まれ、俺の視界へとその情報を表示してくれる。

「スパイダーマン! クソッタレの蜘蛛野郎め!」

1人が構えたショットガンがこちらへ向き、その銃口が閃く。その頃には俺は壁を跳び、拡がる前に壁へと当たった散弾は壁の一部を砕くに留まり、俺は最初のターゲットをそいつに定める。

スパイダーペインだ……! コイツと一緒によく覚えとけ!!」

俺はそいつの肩口を握りしめると、牙を刺し込みひと際痛い神経毒を流し込む。死にはしないが、数日まともに動けやしない。

「~~~~ッッッ!!! アッグゥゥゥ、ギイイアアアア~~~~ッッ!!!!!」

何度聞いても耳障りな悲鳴だ。だがここで無視すると痛みで悶えながらも反撃されることがある。暴れ始まったチンピラを背にしながらも、その動きは見逃さないよう注意を向ける。

「くたばれ変態がッ!!」

残った連中が、リーダー格らしき人物の号令で一斉に銃口を向けた。義眼のデータを見るまでもなく、その銃弾は後ろで悶える間抜けに当たるだろう。見捨ててもいいが、ここでこいつを見捨てたら、何のためにわざわざ名乗り直したのか意味がわからなくなる。

無数の銃声が重なる中、世界がスローモーションになる。俺は飛び交う弾丸を避けつつ後ろ手にチンピラを蹴り上げ空中へ舞い上げる。骨が折れる感触がしたが、痛みのおまけだと思って欲しい。
弾丸の幾つかは防弾仕様で取り付けた腕のガントレットと足のレガートで防いで弾き、それ以外は全部避けきる。

まだ続くスローモーションの時間の中俺は一気に加速すると、間抜けの中心に入って激痛のプレゼンテーションをしてやることにした。今夜も、悪党どもは悲鳴を上げる。それは恐怖であり、どこかの誰かの復讐だ。

────俺はかつて、誰からも必要とされないただの子供だった。それが人から施されることを知った。痛みの意味を知った。だから、他の連中にもそれを教えてやることにした。

善人どもに、不必要な痛みが届かないよう蜘蛛の糸を仕掛けながら。悪党どもに必要な制裁を届けよう。

俺はスパイダーペイン。痛みを教える存在(もの)。面倒な隣人だ。






あとがき

今回初、というわけでもないがオリジナルのアメコミキャラという意味ではまるっきり初めての短編を書かせていただきました。
また、noteという環境を利用してフリー素材の画像を各章の出だしに貼らせていただきましたが多少イメージが違いましたでしょうか。

今回舞台となっている世界は、日本で在り日本じゃないなんちゃって日本です。銃刀法違反はありますが普通にマフィアが蔓延ってろくでもない治安になってるゴッサムな感じのとある街を中心としたお話ですね。
仮に続きを書くとしたらレディペインの外伝になりますが、なんか調べたら似たような感じの映画があるみたいなので、それのパクりとか言われたら凹みそうだから書きませんたぶん(笑)

ここまでお付き合いいただいてありがとうございました。
普段は考察記事やアメコミ感想などを中心に書かせていただいてますので、今回のお話が気に入られましたらどうぞフォローしてくださいまし。

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