見出し画像

11カ国を旅した今の想い-ミャンマー編-

ベトナムからタイに戻り、
タイから陸路でミャンマーへ入ります。
コチラはイミグレのタイ側です。
ココを通った先はミャンマーです。

イミグレで入国スタンプを押してもらい、
無事にミャンマー入国。

イミグレから進んで行くと、

見慣れない風景。村から村への移動で
川を手漕ぎボートで渡っている様子なのか。

国境を超えた瞬間飛び込んだ景色を見て
からどんどんその国を知って行く変化が
すごく楽しい。

そして目の前には靴も履かずにフラフラと
している顔に泥のような物を塗っている
小さな女の子が見えてきた。

可愛いなーと思いながらも進んでいくと、
近づいてくる。

様子を見ていると笑顔を見せながら
物乞いをしてきているようだ。

ミャンマーは結構貧しい国なのかなぁ。
そんなイメージがついた。

それにしてもこんな小さい子供が、
こんな国境前で、裸足で歩き回って、、

親はいないのか、どこで寝ているんだろう。
ご飯はどうしてんだろう。

日本とは違う。

もちろん日本にもホームレスは多くいる。
だがこんな小さな子供が物乞いをしている
ところは見たことがない。

旅に出てアジアを旅しているとよく見かける
小さな子供の物乞い。

これは(物乞い)こういった教育を
誰かしらから受けてしている。

これを知った時に私の中に大きな
衝撃が走った。

日本の教育としては"知らない人には付いていってはいけませんよ!"

というような教えが一般的な様に思うけど、
日本の常識とミャンマーでは、
同じアジアでもこうも違うのかと。

国境近くはお金を持った外国人が集まる
ということで物乞いする人も多いように思う。

そして、ミャンマーでは、タイのヨガに参加
させてもらったときに聞いて気になっていた
『ヴィパッサナー瞑想』というモノに
挑戦してみるという事を決めていた。


さっそく向かったのはコチラ。

"チェンミーメディテーションセンター"
中に入り10日間の瞑想の説明を聞き、
納得をしたので予約をしました。


瞑想が始まったら、水とテキスト以外は
全て事務所にお預けするので、
今のうちにと、こっそり雰囲気を。

この坊主頭の人たち。全員女の子。
すごい!!もう、そもそも意気込みが違う!!
めっちゃくちゃ不安になる私達。

とりあえず一泊は瞑想で必要な服の準備と
心の準備をして次の日に備えた。

そして次の日は早朝に起きて元気に
瞑想センターへと向かった。

下はロンジーというミャンマーの伝統の衣装。
上はシャツと言われたのでこれを買って
行ったが女性は白いシャツじゃないとNG
と言われ白のシャツを貸してもらうことに。

そして館内の説明を軽く受けて、
もうそこから既に相方太ちゃんとの
コミュニケーションはできなくなった。

目を合わすのがNG!話したらNG!
横並びもNG!
太ちゃんのみならず、誰ともダメなんです。


何があってもセンターの教官指導者以外とは
一切話してはなりません。

朝は5時から瞑想で始まり、
朝ご飯を無言で食べ、一日中瞑想をする。

お昼ご飯も円になって食べるが、
誰とも目を合わさず、無言で食べる。

16時ごろにジュースを貰える。
これが結構幸せな時間だったりする。

ジュースの後は休憩時間がある。
しかし、休憩中とはいえ、自分の
動きは24時間観察し続けるルールだ。


ここで言う観察というのは、
動きをゆっくりとして、一つ一つの
行動や自分の中に生まれる心の動きを
全て1つ1つ繰り返し続けることを指す。

そうすることで1っ1っの感情が消えていき、
消費されていく。

消えてもまたすぐに新たな心の動きが
生まれ、観察して消えて、また生まれる。


ひたすら24時間これの繰り返しだ。

すると初日目にして、私の体には
ブツブツが!!!!
センターには病院も備え付けられているので
事務所に行って薬を塗ってもらう。

しかし、変わらず増え続けるブツブツ。
一体この正体はなんなんだろう。
気づけば瞑想していても、ブツブツの事で
いっぱい。痒さもどんどん増していき、
もう、地獄以外の何物でもなかった。

痒いのに、かきたいのに、動きはゆっくりと
観察しなければならない。

心の動きもかゆい。かゆい。かきたい。

消えないかゆみ。消えないブツブツ。
精神的にもキツすぎて、かゆみで
一睡も出来なくて、2日目の明け方に
私はついに、決意をした。(泣きながら)

太ちゃんとは話せないので手紙を書くことに。
(本当は文字も書いてはいけないが、奇跡的に色鉛筆をもっていたので、それを使った)

太ちやんへ"私は今日ここを出ます。太ちやんはいけるところまで残って下さい。また、出たら連絡してください。" もかより

その手紙をこっそりと太ちゃんの
靴の中に入れた。

すると、太ちゃんが朝食後にバレないように
話しかけてきた。


だ『どうしたん?大丈夫?』

も『ごめん、体中がかゆすぎてもう一睡もできんくてさ。ちょっとキツすぎるから出るわ』

だ『俺も出るから一緒に病院いこ!』

も『いや、太ちゃんは残りな!頑張れるやろ?』

だ『もかちゃんだけホッといて俺だけ残ったって心配でおれやんわ!だから一緒に出よ!』

私達は10日間で申し込んだ
瞑想体験を3日目の朝でリタイアする事に。


瞑想終わったら悟り開くかもね!
って言ってたけど、そういってた自分を
しばいてやりたくなった。笑

だが私の背中はこんな調子でした。

手足もブツブツ。。

速攻でミャンマーの大きい病院へ向かった。

大量の薬をもらって安静にしてたけど、

ちっとも治らず、、

再度病院に行った。
また別の薬に変えてもらったがそれでも
引かずにかなり辛かった。

もう一度病院へ行って、薬以外の対応を
お願いした。すると注射を打って貰う事に。
注射を打たれて1時間ほど病院で寝た。
すると、だいぶかゆみもブツブツも引いた。



やっと治ったーーーー!!
と思っていた。

だか、家に帰ると次は高熱がで始めた。
40度以上の熱だった。

結構ここまでくると、やばい菌もらった?
って結構重大に考え始めるようになった。

また、病院へ行って次は熱だー!と言い
別の大量の薬をもらった。

しばらく飲み続けた。

太ちゃんはいつも優しく介抱してくれた。
日本食レストランへ行って卵スープとご飯を
買って帰ってきて、オジヤもどきを作ってくれたり。フルーツやヨーグルト、ポカリを探し回って買ってきてくれたり。

この弱っている時に優しくされると心に染みて涙が止まらなかった。

この時に初めて太ちゃんの偉大さを知った。
本当に心から愛してくれてるんやぁって
感じて、それが本当に心から嬉しくて、
太ちやんのことが今まで以上に大好きに
なったキッカケでもあった。

1ヶ月のビザにも関わらず、私の体調で、
2週間くらいずーっとホテルに引きこもって
毎日毎日介抱してくれた太ちゃんに。

いつも着てた服がもーボロボロやったから、
プレゼントしたいなーって思ったから、
さりげなく一緒に買い物連れてって、
サプライズで買ってプレゼントした。

嬉しそうに喜んでくれて、ぁあ。
太ちゃんがいてくれて、本当に良かった。
と、しみじみ感じた。

体調もばっちり良くなってからは、

ローカルフードの食べ歩きをして、

美味しいご飯を美味しいね!って言って
食べれる相手がいること。

人とコミュニケーションをとれる事。

私達はいつだって自由だって事。



瞑想は3日でリタイアしたけど、
少しの学びはあったと思う。

もう一度どこかで再挑戦したいなぁと
思います。(太ちやんは『もうええわ』と
言ってましたが。)

しっかり元気を取り戻した時に
丁度タイミングよく一年に一度の水掛祭り
が開催されているということで、

ずっと旅をできずにいた分まで
おもいっきり弾けようとルンルンで外に出ると、、

こっちに向かってバケツの水をぶっかけようと
悪い顔をするミャンマー人。

水掛け用にホースが準備されてて、
そこから誇らしげに水をかける人。

水を掛けられる為に車に乗りこみ
音楽に合わせて踊るミャンマー人。

私達も負けじと楽しむぞー!
まずは写真とろーって誘って、
シャッターの瞬間に太ちゃんの頭から水を
ぶっかけたり。私も中々悪い顔してるね。

現地の人達とも、水を掛け合うことで
できた繋がりだったり。

ストリートフードは円になって食べることで

なんだか仲間入りした気分になれたり。

小さな子供からお爺ちゃんお婆ちゃんまで
年齢問わずみんなが水を楽しく掛け合って
いる行事はとにかく楽しかったです。

中でも中々激しかったエリアは
インド人エリアだった。

ミャンマーの次はインドに行くけど、
インド人のノリの激しさにだいぶ驚いた。
インド旅への不安が高まる。

このミャンマーの水掛祭りは、
"1年間の邪気を洗い流す"という
意味合いで毎年行われている。

大人も子供もみんなが全力で楽しめる
国のイベントってすごく魅力的だし、
日本でもあったらなーって、憧れるような。

でも異国の地でするか各国々の楽しみ方が
違って面白いのかなぁとか。

ミャンマー水掛け祭りは想像以上に
楽しかったです。(4日間濡れまくりますので、行かれる方は、風邪を引くことは覚悟の上で。)

※水掛祭りは毎年4月の半ば頃に行われます。


水祭りのリアルな様子は動画でご覧下さい。




世界幸せ探検隊 たびもか

いつも記事を読んで頂きありがとうございます。頂いたサポートは活動費として大切に使わせて頂きます。