4月8日 伝聞と想像と経験

なかなか寝付けないでいる。この感じなんか身に覚えがある。アイマスクして、イヤホンして、眠くないけど寝ようとしてる感じで、これ飛行機と同じじゃない?と思った。ベッドがフルフラットで自在にリクライニングできるあたり、ビジネスクラスか。ケアしてくれる存在である看護師さんとCAさんも重なって思える。飛行機も基本的には苦痛な場所だもんな。それを和らげるために色んなケアがある。

同室のおじいさんの夢で逢えたら(独唱)で起きる。もちろん銀杏BOYZの方ではない。

同室のおじいさんが管理栄養士さんと話している。身の上話も色々した後、色々話してしまってすみませんねと言うおじいさん、聴いて欲しいという欲が恥ずかしい、話しすぎてしまうことが後ろめたいのはなぜなんだろうか。資本主義の時間感覚のせい?いや、そんなものではないと思う。
一方で、病院の中にいる今は外とは明らかに違う時間が流れてる。自分は資本主義の中にいるのか?と浮かんでくる。お金を払っている訳だし、でもお金には色々と補助が入っている。社会にいるということは多分間違えなく、その社会ってのは結構良いもんだと思える。

同室の人同士で話している。2人ともがんのようだ。75歳と76歳。お互い痛風持ちでもあるらしく仲良くなってる。おれはまだ話したこともないのに。

だいぶ上の歯と下の歯が当たるようになり、モノを噛めそうな雰囲気がある。でも、まだ腫れてはいて、この状態で噛むことは非常に億劫だし、疲れる。まだ流動食を続けようと思う。

流動食の好みが掴めてきた。サラダは要注意。風味が強いかつ、冷たいことに困惑してしまう。冷たいペースト状のものに甘みとかがないことに驚いてしまう。カリフラワーのサラダを初日ぶりに残してしまった。でもほうれん草の胡麻和えはいけた。油分とか動物性のものが入ってると変わってくる。

ナチュラルワイン屋さんのグラスでお馴染み木村硝子の春市が今年もあるらしい。行きたいなぁという気持ちと、どうせ家で食べ飲みすることもないから買うのもなぁという気持ち両方ある。食器見て楽しい気持ちは変わらんのだが。とりあえず、興味ありそうな友達に送りつけた。

友達が快気祝いをやってくれるらしい。しかし今何が食べられるだろう。スープやお粥では味気ない(というか飽きてきてる)。点心ならギリ行けるかもしれない。点心屋さんを探す。

2日ぶりにシャワーを浴びる。シャワー室に置いてある介護用みたいなイスをこんなん要らんわとどけた前回だったけど、今回は使ってみることにした。洗いやすい。点滴が刺さった左腕はビニールが巻かれて動かせないので、その洗いにくさをイスがカバーしてくれる。というかそうでなくても足とかは座ったままの方が洗いやすい。なんか右腕あたりが臭い気がしていたけど、それは左腕が使えず、洗いにくいからだと気づいた。

隣のベッドのおじさんが手術から帰ってきた。何なら色々喋っているので、共用スペースに本を読みに行ことにした。白い病棟に不釣り合いな黒いスーツを着た集団がいた。どなたかが亡くなったのだと分かった。やりとりしてる看護師さんは自分を担当してくれたことがある人で、いつも通りきびきびと働いていた。これが日常なんだろう。
別のおじいさんがやってきて、電話を始めた。早く電話するべきだったんですが、ガンがステージ4と分かりまして、退会したいんですけどと話していた。自分で身辺を整理する気持ちはいかほどだろう。
先ほどのスーツの人たち、ご家族はまだいらっしゃる。この場にいて、なにか話を聞いてやろうとする自分がひどく賤しいと思えてきて部屋に帰った。隣のベッドのおじさんは静かだった。

ともからもらった本を読み切る。情景描写などはかなり読み飛ばしてしまったが。人に様々な意味で惹かれてしまうことのどうしようもなさと喜び、本当の意味で"生活する"こと、動物的な性欲と理性、厭世的であることとそれでもと思うこと。
この本の主人公のように本を読むだけでは変わらなくて、経験の中でないと変わらないと思う。それでも、本によって事前にこうかもしれないと思うことは大きな意味を持つと思う。

一体日本人は生きるということを知っているだろうか。小学校の門を潜ってからというものは、一しょう懸命にこの学校時代を駈け抜けようとする。その先には生活があると思うのである。学校というものを離れて職業にあり附くと、その職業を為し遂げてしまおうとする。その先きには生活があると思うのである。そしてその先には生活はないのである。

青年/森鴎外

ロシアの歴史に続いてユダヤの歴史。100分de名著や学びのきほんを始めとして、NHKの初学者向けの本のことを信頼している。
元々途中まで読んでいたのだが、すっかり忘れているので、最初から読み返すことに。

会社に退院予定日と、出勤予定日を伝える。上司から絵文字付きのメッセージが返ってきた。この何年間かで上司は変わったのかもしれないと思えることがいくつかあった。それならおれは上手くやれるだろうか。

夜ご飯、トマト煮というメニュー。ただでさえ、生のトマトがニガテだ。これはどっちだ!と思ったが、食べれた。おろしが添えられたかれいの煮付けがこれまでのご飯で一番美味しかった。

ついに点滴生活が終わった。痛くはないけどずっとある違和感から解放。不自由なくシャワーを浴びれるようになることが嬉しい。

後は寝るだけと思っていたが、口の周りが痒い。とても痒い。こんなことになるなら、めんどくさがらずに昨日もシャワーを浴びるべきだった。ヒゲも剃っておくべきだった。不清潔にしてたから痒くなったということではナースコールは呼べないなと思い、看護師さんが巡回してくるまで待つ。痒さに耐える時間が続く。
1時間超経ってやっと看護師さんが巡回に来た。顔が痒いことを伝える。腫れてて赤いですね、先生に伝えます。抗生剤のせいかもしれないようだ。
自分に責めがあると思える時、それに恥が伴う時、本筋ではない時、人に助けを求めることができない。
処方してもらった痒み止めを飲み、寝た。

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