氷解

誰もが自分の中にのみ置く異物がある。

それは大きさや質量を持たず、形容することもできない。価値をつけることも、値踏みすることもできないのに、自身も他者もそれを恐れている。人が多感な生き物であり続ける限りどうしたってそいつと別れることはできないし、いつだって氷の中に仁王立ちする鬼を抱えて生きていくから人は脆い。

他者の手に触れた時に氷が溶けて仕舞わないよう、線を引くことでしか冷たさを守ることはできない。情熱的だとか、冷酷だとか、人が持つ熱量の寒暖差はそこからきているのかもしれない。身を守る為の冷たさも、人を守る為の暖かさも、側から見て区別するのは難しいし、人は、とか愛は、とかそう簡単に語れるものでもないから困る。氷が溶けたとき私は、あなたは、生きていられるのだろうか。

「ローマは一日にして成らず」という言葉があるが、何もそう大それた物事でなくても、例えばこう言った文章だって一日で成るものはそれなりのものにしかならない。悪事に関して言えば一日で大罪を成すこともできるかもしれないが、善事や徳は一日で成るものでもない。

清めたい事柄はいつまでも消えないままの形で残っていて私の道を閉ざしていく。そうして私が行き着ける場所がなくなると彼らがまた手招きをするから、私は行き場を失ってずっとそこに立ちすくんでいるのかもしれない。誰か真っ白な人が道の途中に立っていて、手を引いてくれればいい。そんな人に出会うことでしかもう私は私を歩かせることもできないような気がしている。ローマでなくていい、せめて少し先にある白くて清い場所まで手を引いてほしい。あなたの手がどうかそうであってくれれば。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?