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スタートアップがPEファンドを担いだファイナンスを実行した話

HRBrainでCFOをしている井出です。
先日プレスリリースでもご案内しましたが、欧州系のPEファンドであるEQTがHRBrainに資本参画することとなりました。日本の未上場スタートアップに外資系PEファンドが投資する事例は今までもありましたが、過半数まで取得するケースはかなりレア(もしかすると初めて?)であるという認識です。私たちは、今後5~10年スパンで成し遂げたいことから逆算して、従来の常識にとらわれない発想で考え尽くした結果、こういった座組となりました。

2021年の年末頃から、特にグロース系スタートアップのファイナンス環境は決して良い状態ではなく、弊社と同じような問題意識を抱えているスタートアップも多くあると思います。そういったスタートアップであったり、日本のスタートアップ・エコシステムに対して、少しでも何かが還元できればと思い、今回どういった経緯や理由で本件を行うこととしたのかについて、整理してみました。
守秘義務の関係で、全てをさらけ出すことはできませんが、少しでもお読み頂いた皆様にとって、参考になれば有り難いです。


1. その前に会社紹介・自己紹介

HRBrainは2016年に創業したHR Techのスタートアップで、人事評価クラウドが祖業プロダクトではありますが、その後、タレントマネジメント・組織診断サーベイ(EX Intelligence)・労務管理クラウド・AIチャットボット・360°評価・パルスサーベイ(wellday事業のM&Aにより拡張。詳細はこちら)と、計7つのプロダクトを提供しており、マルチプロダクト戦略を早期から実行している会社です。
現在では、労働人口の減少や労働生産性の改善、人的資本経営の推進といった大きな潮流もあり、急速に業績を伸ばしています。幅広い企業規模・業種のお客様にご利用頂いており、累計導入社数は2,500社以上、多くのプロダクトで顧客満足度No.1※の評価を頂いています。

私自身は2021年にHRBrainにジョインしていますが、その前は日本の独立系PEファンドであるインテグラルで6.5年ほど働いていました。インテグラルが超ハンズオン型のPEファンドであることもあり、私自身も2社の投資先に常駐し、ファイナンスや各種人事施策を含めたコーポレート面の支援を行うだけでなく、事業面の支援も数多く行ってきました。

2. 本ファイナンスの概要

今回はEQTがHRBrainの全ての外部株主の株式を買い取り、株式の過半数を取得するセカンダリーディールとなっています。代表取締役の堀は引き続き高い持分比率を維持しており、代表取締役として今後も経営にコミットしていきます。
また資金調達については、このタイミングでは行なっていません。おかげさまで業績は順調に拡大しており、キャッシュフローも潤沢であるため、今回は調達を実施せず、M&A含めて必要なタイミングで調達は行っていく方針です。
評価額については、今回非開示のためお伝えすることはできませんが、非常に高い評価を頂きました。創業期から長きに渡ってHRBrainを支えてくれた株主の皆様も、非常に満足頂ける結果になったと思っており、たくさんの感謝の言葉を頂けたことも、CFOとして嬉しい限りです。

既存VCの皆様からのコメント

一部 X(旧twitter)などで、本件プロセスが何かネガティブな理由で行われたのではないかといったコメントも散見されましたが、本件は経営陣主導で行ったディールであり、何か後ろ向きな理由で行ったものではありません。極めて前向きで攻めのファイナンスであり、中長期的な観点で事業をグロースさせるために行ったものとなります。

3. 本ファイナンスの経緯

HRBrainの直近の資金調達は、2022年1月に香港の投資家であるSeigaを中心とした18億円の資金調達を行いました。資金調達を始めた段階では、IPO前では最後のファイナンスになるかもしれないくらいの気持ちでスタートしましたが、皆様もご存知の通り、この調達のタイミングは、ちょうどSaaSバブルが終焉を迎えていたタイミングでした。IPOを目指すにしても、想定よりも時間がかかってしまう可能性について、考え始めていた時期です。

PEファンドを活用したファイナンスというのは、前回の資金調達の直後(2022年3月頃)から検討をスタートしていました。証券会社と打ち合わせの上、どこのPEファンドがスタートアップへの投資をやる可能性があるのかをリストアップしてもらい、それぞれのファンドの特徴(投資実績、どういった銘柄を好むか、ミニマムチケットサイズの水準、どういったチームか etc.)をヒアリングしていましたが、当時のHRBrainはまだ売上水準が低く、PEファンドの投資クライテリアにはまだ当てはまらないであろうという判断のもと、情報収集だけして特にアクションはしませんでした。

なぜPEファンドを活用しようと思ったのか

HRBrainはスタートアップ業界の中ではレイターステージと括られることも多いですが、私たちとしてはまだまだ事業も、プロダクトも、組織も、成長途上であると捉えています。ただでさえ資本市場の状態が悪い中で上場してしまい、3ヶ月毎の業績開示や資本市場からのプレッシャーを受けながらグロースを目指すのは、不可能とまでは言わないまでも、難易度はそれなりに高いものであると考えています。
では、IPOを数年単位で先延ばしすればいいのですが、HRBrainの創業期から投資頂いているアーリーの投資家を中心に、エグジットの機会についても考えなければいけません。HRBrainもそれなりの企業規模になっている中で、ある程度 大きな投資サイズでも対応できる1社もしくは複数の投資家を探す必要がありました。
外資系PEファンドは、ミニマムチケットサイズ(1件あたりの投資で最低限必要な投資サイズ)が100~150億円(もしくれはそれ以上)で置いているケースも多いため、今回のようなシチェーションにおいては、有力な候補先の1つに今後もなりえると考えられます。

PEファンド以外の選択肢はなかったのか

当然選択肢としてはありましたし、本件がうまくいかなければ、違う選択肢も検討しましたが、以下のような理由で、他の選択肢は優先度をいったん下げました。

事業会社への売却:
私たちは独立した企業として、まだまだ事業を伸ばしていきたいと思っているため、事業会社にマジョリティを売却することは全く検討していませんでした。
加えて、私たちが狙っていた評価額の水準ですと、事業会社が買収した場合、多額ののれんが計上されるため、マイノリティ出資であれば可能性はあったものの、マジョリティの取引は可能性がかなり低いものと考えていました。

複数のレイターVCなどへのマイノリティの売却:
マイノリティを複数のレイターVCや事業会社に売却するセカンダリー取引を行うことは、当然に選択肢となりますが、今回の売却対象を、アーリー段階に投資頂いた株主に絞ったとしても、それなりに大きなディールサイズになる見込みでした。HRBrainのようなレイターステージに投資する投資家も以前よりは増えたものの、それでもまだまだ数が多いとは言い難く、そういった投資家を複数招聘することも、それなりに難易度は高いと考えました。
繰り返しですが、それでも有力な選択肢であることには違いないものの、それでもPEファンドを選んだのは、後述する「4. PEファンドが株主になることのメリット・デメリット」をご参照ください。

4. PEファンドが株主になることのメリット・デメリット

メリット
外部株主の一本化により、経営の意思決定スピードの向上が期待できます。特に弊社のように、成長戦略の大きな柱の1つとして、M&Aによるインオーガニック・グロースの推進を考えている会社にとっては、PEが株主として入ることで、機動的な資金調達が可能となります。また場合によっては、従来は投資対象になりえなかったような大型の投資についても、検討可能となり、成長戦略の幅が大きく広がっていきます

デメリット
もっとも懸念点として持たれるのは、(特に過半数を渡す場合)それまでと比べて、経営の自由度が減るのではないかという点だと思います。これはどこまでいっても、ケース・バイ・ケースの話なので、明確な答えはありません。ファンド毎の色は当然あり、相対的に経営陣に任せるタイプのファンドもいれば、そうでないファンドもあります。業績が良ければ任せてもらえるでしょうし、良くなければそれなりに自由度は失うかもしれません。

どこまでいっても、成長に向けて頑張りましょう!の世界ではありますが、経営の自由度を一定確保するために、投資前の段階でできることとしては、下記のようなことが挙げられます。

① プロセスを始める前に、本プロセスにおいて絶対に譲れない条件を明確にし、プロセスの序盤に理由とともに先方に伝える。売買の取引条件だけでなく、投資後のガバナンス体制も含めて、ここを早いタイミングで打診することで、その後のサプライズを減らすことできます。
② 投資前からとにかくコミュニケーションを頻繁に取り、今後の戦略等についてミスコミュニケーションを減らし、信頼関係を構築する。本件についてもDDプロセスの中で長い時間お話をする機会もありましたし、会食などのオフサイトの場で交流する機会もありました。
③ 株主間契約書の中で、経営株主の権利を明確にする(ここは交渉を頑張るしかない)。詳細はお伝えできませんが、本件においても、弊社の代表取締役である堀に一定の権限を残してもらえているので、経営の自由度の面でも、十分に許容できる水準に収まっているかなと思っています。

5. なぜEQTをパートナーに選んだのか

EQTは日本ではまだまだ知名度は低いものの、グローバルではテック企業への投資を積極的に行っており、テックセクター・SaaS・HR Techへの知見の高さが非常に高いファンドです。彼らが持っている国内外の知見やネットワークは、間違いなく私たちにとって有益なものになると思えました。
また、本件のプロセスを通じて、EQTのメンバーの方々と長い時間を過ごしましたが、単純に優秀なだけではなく、今後数年にわたってパートナーシップを組んでいくパートナーとして、信頼できる方々であると感じることができました。
さらに前述の通りではありますが、私たちはM&Aを重要な戦略の1つとして捉えていますが、その戦略に対するアラインと追加的な資金提供を頂けるケイパビリティを有しているファンドであることは大きかったです。
加えて、各種条件面でも、弊社の役職員のことも配慮して、私たちの意向を汲み取った対応をして頂けました。EQTの社是である「投資を通じて社会をより良くするべし」がカルチャーとして浸透されているのだと感じています。

6. ディールプロセスについて

本件がどういったプロセスを辿ったのかについても、簡単に触れていきます。所謂IPOとのデュアルトラック・プロセスを本格的に検討し始めたのは、2023年3月頃からです。おかげさまでHRBrainの売上は順調に成長しており、売上が一定規模にまでなってきたため、PEファンドのクライテリアにも入ってきたと判断したためです。
プロセスそのものについては、

1. (前述の通り)絶対に譲れない取引条件を整理
2. 買い手候補先のリストアップ
3. メインで使う会社/事業紹介資料を作成しつつ、DDで使う開示資料や契約書(NDAや株式譲渡契約書、株主間契約書 etc.)の準備
4. 初期的DD
5. 初期的意向表明書の受領(通常は法的拘束力のない形)
6. フルDD(ビジネス、会計・税務、法務、IT etc.)
7. 法的拘束力のある意向表明書の受領と各種契約書の締結
8. クロージングに向けたプロセス

といった形ですので、概ね通常の資金調達の時と同じような動きかと思います。
少し違う点としては、PEファンドのDDは圧倒的に細かいので、とにかく大変です。本当に大変でした。しばらくDDはやりたくないです(←ここだけやたらと心情を吐露)。ここは自分一人では絶対に乗り切れないプロセスで、コーポレートのメンバーや現場のメンバーにも協力頂きながら、何とか乗り切れました。本当に感謝しかありません。

また、通常のスタートアップの資金調達と異なるかもしれない点としては、今回HRBrainはFA(フィナンシャル・アドバイザー)をリテインしています。自分一人でも対応できた可能性はありましたが、本件がIPOとのデュアルトラックプロセスであり、IPO準備にもそれなりにリソースを張らなければいけなかったため、単純にキャパに不安があったこと。また、特に7~8月頃はwellday事業のM&Aの話も同時に動いていたため、さすがに社内リソースだけで対応しきれないという判断もあり、FAリテインに至りました。
FAをリテインするかどうかは、上記の通り対応キャパの問題は当然ありますし、CFOを中心にこういったディールの経験値の有無にもよると思いますので、各社ごとの判断かなと思います。本件においては、要所要所で助けてもらえましたので、リテインして良かったと思っています。

そして、PEファンドから出資を受けるポイントについても、簡単に触れたいと思います。金融投資家である以上、高い投資リターンを追求するのは当然であるとして、PEファンドはVC以上に投資元本が割れることを絶対に避けようとします。そのため今後の成長性を訴求するのはもちろんのこと、「この投資は最低ライン、投資元本の毀損はないであろう」と思ってもらう必要があり、下記のような点が留意事項として挙げられます。

① 高すぎるバリュエーションを追求しないこと
・これはPEに限らずですが、バリュエーションは高ければいいというものではなく、高すぎると将来の資本政策の足枷になります。
・また、仮に全体のバリュエーションが想定よりも多少低い水準であったとしても、既存株主との間に優先分配の規定がある場合には、レイター期にハイ・バリュエーションでエントリーしている投資家でもリターンをきちんと出せる可能性があります。

② ダウンサイドシナリオも含めた堅牢な事業計画・戦略
・足元の強いパイプラインやKPI(特にSaaSであればチャーンやNRRの水準)だけでなく、今後の事業計画・戦略の実現可能性の高さを明確にし、作成した事業計画において一定の”バッファ”(コストコントロールの余地を含む)を設けておくと、より説得力の高い材料となります。

7. 最後に(今後の展望+宣伝)

今回の資本政策によって、未公開企業として引き続き腰を据えて事業に向き合う環境を作ることができました。今後も中長期的な視野に立って、オーガニック・インオーガニックの両面で事業を成長させていきます。今回のファイナンスを行ったことが正解かどうかの答え合わせは、数年後になりますが、私たちは、お客様・事業・プロダクト・組織に引き続き真摯に向き合っていき、今回のファイナンスが正解になるように、がむしゃらに頑張っていきます。

資本政策としては、株主がPEファンドになりますので、数年後にはエグジットのタイミングを迎えることになります。大型IPOというのも1つの有力な選択肢ではありますが、それに限らず、今回のように常識にとらわれず柔軟な発想で、次なる資本政策についても考えていきます。

先日プレスリリースを出して以降、数多くのスタートアップのCFOからご連絡を頂いています。おそらく私たちと同じように悩まれている会社も多いのだと思いますが、「IPO以外の選択肢として、こういった選択肢もあるんだよ」ということが日本のスタートアップ・エコシステムにも伝われば嬉しい限りです。

そして、最後に宣伝です。

EQTという強力なパートナーとともに、M&A(マイノリティ出資を含む)についても積極的に取り組んでいきます。HRもしくはその周辺事業を営んでいて、事業パートナーを探していたり、資本政策でお悩みがあれば、相談頂けると有り難いです。
2023年9月にwellday事業のM&Aを行っていますが、早速HRBrainへのお客様に対して販売を開始しており、着実に成果が積み上がっています。welldayからジョインしてくれたメンバーも、それぞれの領域で活躍してくれており、良い意味で組織に新しい風を吹き込んでくれていると感じています。
HRBrainのアセットをフル活用しながら、事業を伸ばしていくパートナーを今後も探し続けていきます。

また採用はほぼ全職種で積極的に行っています。客観的に見た時に、私たちの開発力や営業力、コーポレート組織などは平均以上だとは思うものの、まだまだエクセレントとは言えないのが正直なところです。「エクセレントな会社に入るのではなく、エクセレントな会社を自分で作るんだ!」という気概のある方にとっては最高の環境ですし、今回のファイナンスもそうですが、あらゆる場面で「歴史に残るトライ」をこれからもやっていく会社です。興味・関心があれば、お気軽にご連絡ください。

HRBrain採用情報:


HRBrain全社総会の様子


HRBrainについて
「HRBrain」シリーズは、「HRBrain タレントマネジメント」をはじめとし、組織診断サーベイ、 パルスサーベイ、人事評価、360度評価、労務管理、社内向けチャットボットの7サービスからなる、人事業務の効率化から人材データの一元管理・活用までワンストップで実現するクラウドサービスです。引き続き、人事領域のデジタル・トランスフォーメーション(DX)のさらなる促進に加え、人的資本経営、ESG経営などに対して貢献できるよう、サービス拡充を進めてまいります。

HRBrain 会社概要
社名: 株式会社HRBrain
所在地: 東京都品川区上大崎2-25-2 新東急目黒ビル5F
代表取締役CEO: 堀 浩輝
設立: 2016年3月1日
コーポレートサイト: https://www.hrbrain.co.jp/
サービスサイト: https://www.hrbrain.jp/
HR大学: https://www.hrbrain.jp/media
人的資本TIMES: https://note.com/human_capital/

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