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平成ギャンブラー栄枯盛衰<3> 終わりの予兆は突然見えた

 20代のころ、筆者は近鉄バファローズを応援し、その応援・遠征費用を公営ギャンブルで稼ぎ補うという、アルバイトとの兼業ギャンブラーだった。その頃に出会ったギャンブラー・Aさんとの思い出を振り返る――

電気料金の支払票

 賭けではない遊びの麻雀とはいえ、手を抜くような人ではないAさんが徹マンで眠気に襲われていた4半荘目。筆者の上家で苦戦するAさんが眠気に負けてうつむく姿勢になった瞬間、それは見えてしまった。

 見えたのは、左胸ポケットに入っていた電気料金の支払票だった。そこには、10年近く明かさなかった『本名』から『住所』まで、しっかり見えてしまったのだ……

 4半荘目、私はトップを獲れた。Aさんから2発のロンを頂戴したのである。眠気によって失われた集中力で生まれたスキに対して他の二人はそれでもAさんを警戒して勝負してこなかったのだが、筆者は怯まずにAさんをひっかけに行ったのが決まってしまったのである。

 何か寂しかった。このトップだけでは私のトータル順位がひっくり返せない「焼け石に水」だったからではない。ギャンブラーとして明かさなかったAさんの『本名』が漏れ、さらに、Aさんの麻雀が眠気ひとつで崩れていき、筆者ごときがそれを突けてしまったことに、だ。

 程なくして、Aさんはバイトを始めた。さらにその1年後、Aさんは行方不明になってしまった。博打仲間の誰もその後を知らない。だが、皆分かっている。「ギャンブラーとして破綻したんだ」、と。

 何がAさんにとって“つまづき”だったのかは分からない。だが、あの麻雀で見せた「隙」は思い返せば予兆だったのではと思わずにはいられないのだ。

委ねて知った焼き鳥の種類

 筆者はそれでもAさんと再開できる日を待っている。行方不明になったものの、前向きにとらえるならば、Aさんは今、東京を遠く離れた賭場で闘っているだけなのかもしれない。もし、破綻して苦しい状況なのだとしても、いつか脱して、普通にまた話をしたいのだ。聞いて学びたいのだ。今では検索すればなんでもわかる時代だが、そういうことじゃないんだ。

 焼き鳥の種類はAさんに教わった。

 今やせんべろ系の居酒屋に行けば少額で満足できるお酒とつまみが楽しめるようになったが、筆者が20代であった10年以上前といえば、大手チェーン系居酒屋に行っても満足のいくメニューを消費すると数千円かかる。たまに仲間と飲み会で行くくらいしか居酒屋には縁がなかった。

 西武園競輪場に二人で行った帰り、乗り換えの駅で途中下車し、焼き鳥屋に連れていかれた。私はトリの部位なんて全く知らなかったのだが、Aさんは小僧な筆者に、鳥は全身食べられる、ということと、おすすめの部位をいくつか出してくれた。

「せせり」や「ぼんじり」などは、このとき初めて知った。今じゃネットで調べればそんなことはカンタンに分かるし、ぼんじりは今やメジャーな串になって誰でも知っているだろうが、当時は習わなければ知らないままのことだったと思う。

 なんだ、習ったこともあるじゃないか。

 Aさんは結局、筆者の師匠だ。

 師匠って呼んだことはないけど……どこかで読んで下さってますよね。いつか、また、何か教えてください――(Aさん編おわり)

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