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理念でつながる世界 (vol.4 / shop)

洋な雪と和な雪

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「アメは夜更け過ぎにユキへと変わるかもしれません。」

伸びをしながら窓の外に目をやると、ぼくの視線を追ってジョンソンが言った。夕方から雨になるとは思えない青空だったがジョンソンがそう言うならそうなんだろう。

じゃあ今夜はクリームシチューかみぞれ鍋だな。
目が覚めたばかりで夕食のことを考えられるのは休日の贅沢だ。

まもなく届くはずの野菜次第できめよう。
ジョンソンが淹れ始めたコーヒーの香りに誘われて布団から脱出した。

食料品のデリバリーサービスなんて、山手の丘に住むマダムしか利用しないと思っていた。生産者の顔が見えるオーガニック食品は体には良さそうでも財布にはあまり良くなかった。

ところが、店や生産者からのダイレクトな無人配送があたりまえになったことで、スーパーにセール品を買いにいくのと値段はたいしてかわらなくなった。レストランに卸しているような食材や訳あり品もお得に手に入る。

ぼくがいつも野菜を頼んでいるのは

” ぶさいくなやおやさん ” 

前の会社で一緒に働いていた彼は、子どもが産まれたのをきっかけに、自宅のバルコニーで無農薬の野菜を育て始めた。

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「できすぎちゃって」とよく会社にお裾分けをもってきてくれた。野菜なんてトマトジュースで摂取すれば十分と思っていたぼくがちゃんと野菜を噛んでいただくようになったのは彼のおかげだ。

そして土いじりの楽しさにハマってしまった彼は、「裸足で走り回れる場所で子どもを育てたい」という思いもあり、毎日出勤する必要がなくなったタイミングで畑のある古民家に引っ越した。今も “ 麦わらぼうしのデザイナー ” として働きながら野菜を育てている。

「美人は3日で飽きるっていうでしょ」

と美人な奥さんをもつ彼が育てる野菜はたしかに整っているとは言い難い。おなじ野菜でも大きさも形もちがう。が、かわいい。なんというか愛嬌がある。おもわずマジックで顔を描きたくなるくらいだ。


2本足のニンジンとピュアなチキン

10時ぴったりに玄関の先でゴトッと音がすると、同時におとどけ完了のアラートが鳴った。

どれどれ。

箱を開けるとふぞろいな野菜たちがぎゅっぎゅっと詰め込まれていた。
野菜づくりを始めてから日に日にマウスをカチカチする指がゴツくなっていった彼の手を思い出す。

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しかし今回はまたぶっさいくなのがきたなぁ。

ひょうたんみたいなたまねぎに足が2本はえたニンジン、土をかぶったマッシュルーム。

今夜はカレーかシチューにしたらいかがですか、という無言のメッセージとともに、「お元気ですか?おとなりからりんごを大量にいただいたのでおすそわけです」という手書きのメモを受け取った。

「ぶさいくな野菜とりんご、ありがとう。今夜はこっちも雪になるらしいからクリームシチューでもつくるよ」彼にお礼のメッセージを送ると、「だったらこの鶏肉がおすすめですよ」と返信がきた。

『 人里よりはるか上に住む神山鶏 〜 澄んだ風が吹き、豊かな水が湧き、時には雲海を見おろす鶏舎で、純真無垢に育ちました 〜 』

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宮城県の山奥の澄み切った景色が浮かんだ。(行ったことはないけれど)
純真無垢に育てられたチキンをいただいていいものか、一瞬躊躇したが、かれらを口にしたら若干ムカつき気味の胃や心の中まですっきりしそうな気がした。

おしゃべりな相棒と無口な友

シチューにはもちろんバケットがいる。

これだけは、お店で焼きてたの香りを胸いっぱいに吸いながら買いたい。
紙袋から頭をのぞかせたバケットを抱えてかえる幸福を想像したらすでにニヤついてきた。

ちょうどソファで丸くなっていたクロムも鼻をヒクヒクさせながら、「そろそろ散歩に行きませんか」と上目遣いで見上げている。

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「ジョンソンとばっか話してないで、モノ言えない生き物にも触れたほうがいいよ」というのを理由に、妹がどこからかもらってきて1年になる。

「今夜は遅くなりそう」昨晩届いていたメッセージを思い出した。「遅くなる=帰れない」の意味だ。「あと、少しは外にも出たほうがいいよ」と最近の週末はすっかり散歩がかりを押し付けられている。

雨が降り始める前に行ったほうがいいな。

神谷鶏の配達を2時間後に依頼して外に出た。


正確な温度とアバウトな仕上がり

「もう少しで焼き上がります。よかったらコーヒーでも飲みながらお待ち下さい。」

” Night Owl - 夜更かしのパン屋さん - ” に言われるがまま本日2杯目となるコーヒーを手にテラスに出ると、いつも自分が座っている指定席に先客がいた。彼女の前を通り過ぎ、ひとつ空けた椅子に腰掛ける。

36.2°C  / Normal

時計に彼女のコンディションが表示された。
彼女もぼくのコンディションを手元で確認したらしく、こちらに視線を向けると足元のクロムに笑いかけてくれた。お互いに体温を通知し合わないと挨拶もできない。

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” 泣かないヘロン ”

続いて7つの文字が手元を流れる。ヘロンってなんだっけ?泣かないってことは生き物?

機械的に計測される数字と合わせて送られる、自己紹介のような挨拶代わりの一言。自分で考えたその言葉は名前より体を表す「名」ともいえるし、強制的に開けなければならない物理的な距離が言葉によって少し詰められるような気がする。

「焼き上がり待ちですか?」

ヘロンのことはとりあえず置いておいて、クロムの頭をくしゃくしゃとなでながら話しかけてみる。「それにね、犬連れてるとモテるんだってよ。話しかけても変な人に思われないし」という妹の言葉を思い出したからではないが、なんとなく沈黙も気まずい。

「はい、いつもこの時間を狙ってくるんです。」

「焼き上がり時間(だいたい)」と書かれた黒板を指さしながら彼女が笑った。書かれていた時間からだいぶ時計の針は回っている。

そして両手で抱えていたコーヒーカップをテーブルにおくと、マスクを下にずらし鼻から空気を吸い込んで言った。

「そろそろかな。」


決め手は色と空模様

「ワインの残りがわずかです。」という報告とともに、ジョンソンからおすすめのワイン情報が送られてきた。

「パン屋からの帰り道にあるお店で以前チェックしていたポルトガルのワインが20%オフになっていますよ」

「でも神山鶏にはスペインのカベルネが合いそうです」

それぞれの生産地、ぶどうの品種、成分、料理との相性度を示してくれる。たしかに数字では後者が高いのだが。正直ワインの味はよくわからない。だから、いつも色で選ぶ。「グラスに注がれたところが見たい」とジョンソンに返すと、2枚の写真が送られてきた。

光を反射し透き通った赤と、グラスの向こうが見えない赤。

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「ところで、ルビー色の赤とローズ色の赤とならどちらがお好きですか。」

決めきれなくて思わずたずねてみる。

「んー、そうですねぇ。」

という言葉のあとの沈黙で、急に顔が火照る。初めて会った人に何を聞いているのだろう。コホンと喉のつかえを小さく吐き出しマスクを上にあげ頬を隠す。

「雨だったらルビーだし、雪になったらローズかな。」

肩を丸めたぼくのほうは見ずに、まっすぐ前を見ながら彼女が答えた。視線の先にある空には怪しげな雲がかかってきていた。

でも、” ほほえみのポトフ ” さんにはローズが似合いそうですね。

予想と期待をしていなかった回答への返事にポカンとしていたら、今度はこちらを見ながら彼女が笑って言った。

いつのまにか自分の名前が確認されていたことと、こんなにも自然に呼ばれたことはなかったことに少しおどろく。

結局、左手にバケットを2本抱え、右手にワインを2本ぶら下げて帰宅した。


嗅覚と勘

「やっぱり!今夜はクリームシチューでしょ?」

家に戻って野菜と届いていた神山鶏を煮込んでいたら、絶妙なタイミングで妹が帰ってきた。

「雪の日はいつもお母さんがシチュー作ってくれてたから、たぶん今夜はそうだろうなぁと思ったんだよね。」相変わらず、昔から鼻がきくというか、勘がはたらく。

お兄ちゃんに友達を紹介しようと思ったんだけどさ、この名前っていうか自己紹介?難しくてよくわからないみたいだよ。もっとわかりやすいのに変えたら?

余計なお世話だよと流しながら、名前と言えばで思い出しアメリカ帰りの妹に聞いてみる。「ヘロンってなんだっけ?」

青サギのことだよ。鳴くと雨になるらしいよ。

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あぁそうなんだと雨粒のついた窓を見ながら、ルビー色のワインをグラスに注ぎ足す。起きているうちにローズに変えるタイミングは来るだろうか。

煮込まれてまろやかになった野菜を噛み締め、カリカリのバケットを白いスープにひたしながらふと思う。

来週の焼き上がり時間はいつだろう。


文:高嶋 麻衣

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