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システムチェンジを起こすために必要なこととは? インパクト投資の世界的先駆者、元トリオドス銀行マリルさんに聞く

 インパクト投資の推進にあたって、SIIFが参照してきた先駆者の1つがオランダ発祥のトリオドス銀行です。同行は1980年に社会刷新を企図して設立されました。その100%子会社であるトリオドス・インベストメント・マネジメントは、早期から食と農業、教育、エネルギーを中心テーマに据え、「システムチェンジ」を目指す投資を実践してきました。

 ここでは、トリオドス・インベストメント・マネジメントの元マネージングディレクター、マリルー・ファン・コルシュタイン・ブルワーズさんをお迎えし、システムチェンジを実現するための考え方、方法について語っていただきました。


(以下、元トリオドス銀行マリル氏インタビュー)

システムチェンジに必要なのは「変化への意思」と「共有可能なビジョン」

 トリオドスが行っているシステムチェンジ投資の代表例が「トリオドス・フード・トランジション・ヨーロッパ・ファンド」です。食と農業のシステムチェンジを目指して設立しました。

 オランダはとても小さな国なので、従来、狭い土地でいかに多くの食料を生産するかに主眼を置いて農業を発展させてきました。効率的な量産のためには、工業的なシステムの導入が良策だったのかもしれません。しかしそれは、多くの負の副作用を引き起こしました。土壌に悪影響を及ぼし、気候変動を助長し、生物多様性を損なっています。私たちはそのことに、強い危機感を抱きました。

 システムチェンジに向かってスタートするときに重要なのは「既存のシステムの悪影響を変えたいという強い意志」と「新しいシステムはどうあるべきかというビジョン」を持つことです。私たちは、持続可能な食と農業のシステムを成り立たせるための要素を「バランスの取れたエコシステム」「健全な社会」「包摂的な豊かさ」の3つと見定め、詳細をビジョンペーパーにまとめました。

 システムチェンジは、問題を特定すること、そして、「なぜシステムチェンジを目指すのか」という問いから始まります。

 例えば、SIIFが取り組む課題の1つ「地域活性化」について考えてみましょう。問題は、多くの人が地方から都会に移り住み、地方から仕事がなくなったことと仮定します。では、人々が地方に戻りたい、住みたいと思うとするなら、その動機になりえるのはどんなことでしょうか。自然が豊かで健康的である、世代を超えたコミュニティが形成されている、などが予測できますね。

 新しいシステムのビジョンを多くのステークホルダーと共有できれば、システムチェンジを始めることができるのです。

既存のシステムを変えたいと願うステークホルダーと協働する

 金融機関の存在意義は、仲介者として様々なステークホルダーと仕事をするところにあります。単純化すれば、金融機関は2種類のステークホルダーを抱えています。すなわち、投資家などの資金の提供者と、資金を受け取る事業者です。

 既存のシステムは、ある意味では成功しています。既存のシステムから利益を得ているステークホルダーは多数います。彼らにとって既存のシステムは有益であり、必ずしも変えたいとは願いません。

 ですから、システムチェンジを目指すときにはまず「既存のシステムを変えたいと願っているのは誰か」を探り、特定することが重要です。彼らとなら、願望とビジョンの両方を共有でき、一緒にシステムチェンジを推進することができます。

 前述のトリオドスのファンドの場合、すでに食と農業の分野でオルタナティブな実践を行っている農業協同組合がありました。彼らは、システムチェンジ投資における重要なステークホルダーとなりました。

 SIIFが取り組むSystems Change Collective事業は、同志となる事業者を見付けることから始まるのでしょう。彼らが、特定の地域に深くかかわり、すでにビジョンを描いている事業者であることが、まず重要です。彼らと一緒なら、地域の他のステークホルダーを動員することができるでしょう。

 しかし、SIIFやSystems Change Collective事業がすべてを担う必要はありません。重要なのは、何かを動かすきっかけをつくることです。そこから、他の組織が追随して動き始めるかもしれません。小さな地域の活性化から、国全体の活性化に発展させることも不可能ではないのです。大きなビジョンを念頭に置いてさえいれば、たとえ1歩目は小さくても、他の人たちをインスパイアし、システムチェンジへの行動を促すことができます。

変化を加速する「梃子」と、変化を放射状に波及させる「ツボ」

 システムチェンジを実現するためのレバレッジ・ポイントは、1つの投資先企業でも、1つのステークホルダーでもありません。複数の企業、グループ、アクションが対象になるでしょう。

 レバレッジ・ポイントを特定する考え方には、2つの方向性があります。1つは、ポジティブな変化を加速させる転換点を探ること。「地域活性化」なら、人々がその地域に戻って来たくなる要因は何かを考えます。例えばそれは、地域に仕事や学校をつくることかもしれません。

 もう1つは、ネガティブな変化を防ぐための転換点を探ることです。前述したように、既存のシステムにはステークホルダーがいますから、新しいシステムを悪用したり、元のシステムに戻そうとしたりする力が働くことがあります。それがいつ起こるのか、どうすれば防げるのか、注意深く観察する必要があります。

 また、レバレッジ・ポイントとは別に、鍼灸における「ツボ」に似た考え方もあります。レバレッジ・ポイントが何かを加速させる「梃子」であるのに対し、「ツボ」は小さな動きやインプットが放射状に効果を波及させ、結果的に大きな影響を与えるものです。梃子とツボは、似て非なるもののように思えます。

システムチェンジを目指すための投資家の役割とは

 投資家は、システムチェンジを志す投資先企業が自らのミッションを果たすために、マクロレベルで市場を捉える必要があります。投資先企業のミッションを、システムチェンジの大きな文脈の中に位置付けなければならないのです。ミッション実現のためには、ときには企業活動を超えて、新しい法律が必要になるかもしれませんし、対象とする顧客を変える必要が生じるかもしれません。

 私自身もかかわっているある企業は、従業員20人ほどの小さな会社ですが、「製紙産業のシステムを変える」という壮大なミッションを持っています。森の木を伐らなくてすむよう、石から紙をつくる技術を開発しました。そして「この紙を誰に届ければ、自分たちのミッションを達成できるだろうか」と考えたのです。彼らはハイエンド市場に狙いを定め、非常に高品質なノートをつくって大企業に販売し、ノートの背景にあるストーリーを伝えました。彼らのストーリーは彼らの顧客を通じて伝播し、さらに大きな拡がりを見せています。

 一方で、システムチェンジを目指しているはずのミッションが、むしろ既存システムの維持に加担してしまっていることもありえます。例えば前述のオランダの農業の場合、肥料の量を減らす生産方法の開発は、一見するとポジティブなものに思えるかもしれません。しかし、それはまだ古いシステムの範囲内に留まっています。本当に必要なのは、そもそも肥料を必要としない土壌の再生かもしれないのです。

 システムチェンジに必要なのは、自分たちが解こうとしている課題が根本的な原因(root cause)なのか、あるいは単に表層的な取り組み(end of the pipe)なのかを問い続けることです。絶えず「目指しているビジョン」に立ち返り、それを起点に成功を定義しなければなりません。

 SIIFが取り組もうとしているSystems Change Collective事業は本当に素晴らしい挑戦だと思います。システムチェンジという大きな夢を描くと同時に、小さな行動を起こし変化を創造する、その積み重ねこそが、夢を実現に導くのです。現場での積極的な投資活動や投資先支援を、大きな目標に接続させる。こうした視点から、SIIFがステークホルダーを募っていることに期待していますし、SIIFは変化を起こす人々同士を結び付けるのに、絶好のポジションにいると思います。

note 連載マガジン Systems Change Collective システムチェンジの探索者、募集

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