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5年に1度の国連会議で、再犯防止をテーマにSIBに関するセッションを開催。改めて、SIBの意義と課題を考える

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2021年3月8日、「京都コングレス(国連犯罪防止刑事司法会議)」のサイドイベントとして、「再犯防止分野におけるSIBの課題と可能性」が開かれました(法務省・一般財団法人社会変革推進財団(SIIF)共催)。コロナ下のためオンライン中心となりましたが、世界中から 百人超が参加してくださったほか、法務省のYouTubeチャンネルで動画も公開されています。ここでは、セッションにスピーカーとして参加したSIIF専務理事・青柳光昌と、モデレーターを務めたSIIFインパクト・オフィサー・戸田満が、イベントの内容を振り返ります。

国の再犯防止推進計画に民間資金の活用が明記され、法務省が取り組みを開始

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SIIFインパクト・オフィサー 戸田満(イベント当日)

戸田 「国連犯罪防止刑事司法会議」は、5年に1度開かれる国際会議で、日本での開催は実に50年ぶりだそうです。なぜこの場でSIIFがサイドイベントを開くことになったかといえば、今年度、法務省が再犯防止をテーマにSIB事業に取り組む計画があるからです。SIIFもそのサポートをしています。

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SIIF専務理事 青柳光昌(イベント当日)

青柳 2017年12月に閣議決定された「再犯防止推進計画」には、7つの重点課題のひとつに「民間協力者の活動の促進」が挙げられています。その具体的な取り組みとして、法務省による「再犯防止活動への民間資金の活用の検討」と「社会的成果(インパクト)評価に関する調査研究」が盛り込まれました。

戸田 法務省が予定するSIBは、国直轄事業としては初めてのSIBになります。これまで日本では、2017年の神戸市・八王子市を皮切りに20〜30件のSIBが実現しましたが、いずれも地方自治体によるものでした。SIIFはその半分ぐらいにアドバイザーや出資者として関わっています。その経験から、まずSIBの意義について、改めて考えてみたいと思います。

SIBの意義は“発想の転換”にあり。行動様式の変容や事業規模が課題

戸田 行政にとってSIBを導入する意義は、何よりも“発想の転換”にあると考えます。従来の行政から民間への事業委託は、“活動量ベース”です。例えば移住促進なら、「移住希望者向けセミナーを年間10回開催してください」と依頼する。本来、セミナーの回数は手段でしかないのに、手段が目的化してしまいがちでした。これに対してSIBは、成果を測るために、まず「移住促進のゴールとは何か」を考えます。先に目的を明らかにするわけです。そして、行政も受託事業者も、評価者、資金提供者も、関係者全員で目的を共有する。成果指標や成果連動報酬は、関係者の意識を目的に集中させるための手段です。関係者みんなが、同じ目的に向かって力を合わせられるスキームであることに、SIBの本質的な意義があると思います。

青柳 まさにそこに尽きますね。ただ、“発想の転換”は、意義であると同時に課題でもあります。関係者の意識を目的志向に変えるだけでなく、行動様式そのものを変えていかなければならない。例えば国と地方自治体の関係や、単年度予算の問題もあります。

戸田 今回のサイドイベントのテーマである再犯防止も、成果を測るには2年、3年のスパンが必要になるでしょう。中長期の視点で政策に取り組めるのもSIBの意義ですが、行政の従来のやり方を変えなくてはならないので、難しい課題でもあります。また、もう一つ、よく取り沙汰される課題に事業規模があります。SIBでは、指標を設定したり、データを収集したり、第三者評価機関を置いて測定したり、事業者・投資家の成果リスクに対するリターンを捻出したりと、手間もかかればコストもかかります。一定以上の事業規模がなければ、相殺するのは難しい。

青柳 いかに社会課題解決が目的とはいっても、関係者にとってビジネスとして成立しなければ、継続はできません。持続可能にするためにも、規模は重要です。

SIB先進国・イギリスの登壇者に学んだ“Adaptive Management ”

戸田 サイドイベントに登壇してくださったイギリスのJane Newmanさんは、世界で最初にSIBを用いて再犯防止に取り組んだNPO、Social Financeの国際ディ レクターです。彼女がSIBを説明するときに“Adaptive Management ”(適応型マネージメント)という言葉を使っていたのが、とても印象的でした。SIBでは、事業を進めながらデータを集めますが、それを随時分析して、プログラムを改善していく、ということです。物事は予定通りには進まないものだから、例えばコロナのように、誰も予測しなかった事態が起きたとき、データから率直に学んで、柔軟に適応する事業運営が大事なんだと。

青柳 確かに、“Adaptive Management ”という言葉は響きました。私たちはよく、インパクトマネジメントという言葉を使いますが、ともすると、事業とインパクトを単線的に考えてしまいがちです。最初に事業の内容と成果指標を決めると、あとはそのまま進めたがる傾向が、特に日本にはある。しかし、物事は単線ではなく、複線であり多層であり、変化するものです。そういう事態に対して、イギリスでははじめから“Adaptive”を前提としているということが、とても新鮮であり、腑に落ちました。さすがSIBを生み出したイギリスは、一歩先を行っています。

戸田 高度経済成長期の日本では、手段と目的が直結していたのでしょうが、今は違います。行政にとっても、自分たちの取り組みが本当に目的に資するのか、そもそも目的は何なのかがクリアでなくなっている時代ではないでしょうか。そう考えると、“Adaptive”であること、柔軟であることがとても大事になってくる。イギリスは、EBPM(Evidence-Based Policy Making)、エビデンスに基づく政策立案が、かなり進んでいると聞きます。日本には行政に無謬性を求めるようなカルチャーがありますが、間違いに気付いたら柔軟に改善していく姿勢が必要だと、イギリスの事例から学びました。

東アジアでは、SIBで行政サービスのイノベーションを追求

戸田 次の登壇者はシンガポールのKevin Tanさんでした。彼はアメリカでPFSを推進する団体の出身で、現在はTri-Sector Associatesという会社を設立し、東アジアにおけるSIBやPFSの適用可能性を探っています。彼の話では「香港やシンガポールでは、SIBやPFSを行政に民間のイノベーションを取り込むツールとして使っている」という点が印象に残りました。香港やシンガポールは日本と違って財政収支が黒字なので、コストの節約にはさほど関心がなく、ベンチャー投資のロジックで、行政サービスのイノベーション、官民連携、費用対効果を追求する手法として使っている。

青柳 SIBやPFSを通じて公的サービスの生産性を高めるという狙いは、日本においても同様だと思います。ただ、日本の課題は、民間に何を委ねるかの選択ではないでしょうか。現状では、行政がまだ手を付けていない、白紙の分野を探して民間に渡す傾向があります。しかし、本当はさらに積極的に、既存の事業も民間に移行するようなチャレンジをしていかないと、イノベーションが加速しないのではないでしょうか。

戸田 もうひとつ、Kevinさんの試みで面白いと思ったのは、“Recyclable Grants”つまり、“リサイクルできる助成金”というアイデアです。フィランソロピー型ファンドのようなイメージですね。具体的には、必ずしも償還されなくてもかまわない助成金や寄付金をプールする基金をつくっておき、そこから個別のSIBやPFSに投資するという仕組みです。運良く償還されれば、そのお金をリサイクルして再投資する。これは日本で試してみても面白いのではないですか。

青柳 当面の試みとしては、あるかもしれませんね。当面というのは、SIBの成果指標設定もまだ発展途上で、出資者が納得できるリスクとリターンが設定できているとは言えないからです。出資金がすべて毀損してもかまわないという出資者がいない限り、なかなか案件が増えていかないのが実情です。一方で、既に助成を行っている財団に、その取り組み方を変えてもらうのも容易ではなさそうです。投資や助成のあり方自体をイノベーティブに変えることも、今の日本には必要だと思います。

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