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ユニコーン企業が行うインパクト投資

~ シンガポールのGrab ~

■ シリーズ: ESGの一歩先へ 社会的インパクト投資の現場から ■
執筆者:SIIFインベストメントオフィサー 古市奏文 (2019/09/11)

6月24日~28日までAVPN Conference 2019に参加するためシンガポールへ出張しました。AVPN(アジア・ベンチャー・フィランソロピー・ネットワーク)はシンガポールに本部を置く非営利組織で、社会的投資機関や財団、企業などの500以上のメンバー組織が加盟しています。

社会的投資やフィランソロピーについてのアジア最大級の国際会議として開催された同カンファレンスは43カ国、1212人(同HP発表)が参加。3年前と比べ、参加規模は3倍近くなっていて、社会的投資に対するアジア地域での関心の高まりを身近に感じました。日本からは非営利セクターや金融機関、商社など26企業・団体が参加していますが、インドや中国、韓国に比べ参加者が少ないのはやや残念な印象です。

開催期間中は同時に4~5セッションが開催され、延べ291人のスピーカーが登壇。今年のキーセッションでは環境、農業、食料といったテーマが多く取り上げられていました。インパクト投資をテーマにしたセッションも数多くあり、「インパクト投資を普及するため次のステップとして何を行うべきか」など、各国のスピーカーがそれぞれの国の実情を交えて報告し合いました。セッションだけでなく、ワークショップも数多く開催され、インパクト投資の課題についてそれぞれがアイデアを持ち寄り、ノウハウを共有する シーンもあり、よい刺激を受けることができました。
 
AVPNが本拠地を置くシンガポールはベンチャー投資が盛んな国としても知られています。周辺諸国にビジネス展開する会社の登記地になることが多く、アジアのマーケットを狙うため、シンガポールに拠点を置くベンチャーが近年急増していたためです。シンガポール自体は日本と同様、少子高齢化が進む人口減少国、人口が少ないため、国内を対象にしたビジネスは多くありません。

日本と同じ課題を抱えるシンガポールでは、スタートアップを生み出すエコシステム(生態系)が注目されています。その中心となる企業の一つが、 タクシー配車アプリ会社のGrab。ソフトバンクが出資したことで日本でも知名度が上がりましたが、社会問題解決型の企業としてのソーシャルな側面を現地の状況に精通した方から聞くことができました。

Grabはマレーシアで事業を開始したベンチャー。アジア有数のユニコーン企業として有名な同社ですが、実は“社会問題解決”型の企業であり、渋滞が酷く、女性の夜間帰宅も困難なアジア諸国の交通事情に対して、安全で手頃な価格の交通手段を提供したタクシー配車アプリとして現地で尊敬を集めています。配車アプリでは世界的にUberがシェアを拡大していますが、そのような背景からアジア圏ではGrabへの支持が高く、Uberが入りこめなかったといわれています。

Uberに打ち勝った要因は、クレジットカードの普及率が低い地域で現金での支払いに対応するなど地域に密着した事業を展開したこと。Grabの掲げる企業哲学への共感なども背景にあるようです。Grabは昨年、Uberの東南アジア事業を買収し、ブランド統一を果たしました。

Grabは、タクシー配車以外にも自転車のライドシェア、フードデリバリー、電子決済「Grab Pay」など事業を拡げ、成長を続けています。注目したいのは、同社がソーシャル性の強いベンチャーを含めて、積極的にベンチャーに投資や支援を行い、アジア諸国におけるベンチャー育成のためのエコシステムとして機能している点です。投資したベンチャーと良い関係性を築きつつ、必要があれば買収し、そのノウハウを融合して事業の拡張につなげる。その好循環は、同社の成長にも最終的に寄与します。

成功したベンチャー企業がシード・アーリーステージにあるソーシャルベンチャーに対し、投資の担い手となること。日本でも、こうした循環が生まれれば、財団などが投資するよりも遥かに効率的に、社会問題を解決する企業が増加することは想像に難くありません。日本と同じ社会課題を持つシンガポールには、インパクト投資についてもさまざまなヒントがあるように感じました。

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