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新しいソーシャル・ベンチャーの台頭

新しいソーシャル・ベンチャーの台頭

■ シリーズ: ESGの一歩先へ 社会的インパクト投資の現場から ■
執筆者:SIIF 常務理事 工藤七子 (2019/08/14)

日本ではどういう会社がインパクト投資の対象なのかとよく聞かれることがあります。「社会課題の解決を目的とした事業」を行う社会起業家というと、NPOを思い浮かべる方の方が多いと思います。“いいことはしているけれど、あまり儲からない”というイメージもあるでしょう。ところが、ここ数年、既存の社会起業家像とは異なる、社会課題解決を志向したスタートアップが数多く登場しています。

スマートフォンで利用できる治療用アプリを開発するキュア・アップ(CureApp, Inc.)もそうした企業の一つ。2017年10月、第一生命がインパクト投資を開始したのが話題になりましたが、その投資先の一つがキュア・アップです。

同社は禁煙などの治療用アプリで、これまでの医療が生み出せなかった新たな治療効用を作りだしています。高いミッションを掲げ事業を推進しながら、ベンチャー・キャピタル※1から資金を調達しIPO※2も目指しています。これは本当に大きな変化です。私が日本財団に入社してインパクト投資の活動を始めた2011年ころには、IPOを目指すベンチャーがインパクト投資の対象になるとはあまり考えられませんでしたが、現在はそこまで珍しい話ではなくなっています。


投資を受けつつミッションを守ることの難しさ
とはいえ、ソーシャル・アントレプレナーにとっては上場のリスクもあります。それは短期的な収益のみを考える株主に対して、いかにミッションを守るかということ。「ソーシャルIPO」という造語を発信する、ライフイズテックのCEO水野雄介さんは、社会的インパクトとプロフィットの両方を評価して伝える仕組みを検討しています。同社は中高生向けにプログラミングを教えるキャンプやスクールを運営するベンチャー。最新のIT技術やプログラミングを教えることで中高生の「未来の可能性」を伸ばすことをミッションに掲げています。
事業の成長を目指して資金調達をする中で、投資家から「対象を大人向けに拡大すればより収益性が高まるのでは」と迫られることもあったそうです。でも、それを受け入れては水野さんが目指す社会的インパクトは揺らいでしまいます。同社は出資契約に社会的ミッションを明文化することで、そうしたベンチャー・キャピタルからのプレッシャーをなんとか回避してきました。

経済的利益の為に社会的ミッションが阻害されてしまうリスクは、インパクト志向の投資家側にも重要な課題です。インパクト投資を推進する立場からいえば、投資した企業が利益を優先してミッションから外れた場合、投資を引き上げるということだってあるのです。投資する会社とは、出資契約に明文化することでミッションドリフトを防ぐという手段も可能です。
一方で、出資者からの経営介入を敬遠してベンチャー・キャピタルからの様々な申し出を断り続けてきたというのが子育て支援サービスを提供する株式会社AsMamaのCEO甲田恵子さん。「信頼できる人たち同士が安心して子どもの送迎や託児を共助できる社会インフラを創る。しかも、 子育て世帯からの料金徴収は行わない」という画期的な企業理念を掲げ、事業展開しているベンチャーです。これまで出資をかたくなに拒否してきた彼女ですが、インパクト投資という考え方を知ることで、日本ベンチャー・フィランソロピー基金(JVPF)からの投資を受け入れることを決めたと語っています。
もし株主がインパクト投資家であれば、ミッションを軽視するような要求は生まれないでしょう。だからソーシャル・アントレプレナーたちは、リターンだけでなくインパクトも評価軸に持つ投資家の登場に多いに期待しています。

どうしたら既存の株式市場が、社会的企業家にとっても安心して資金を調達できる場になっていくか。その政策提案を我々は行っています。頼もしいソーシャル・アントレプレナーたちを支えるべく、これからも同じ問題意識を持っている人を巻き込みながら、業界全体でその仕組みづくりを進めていきたいと考えています。

※1 ベンチャー・キャピタル
高い成長率を有する未上場企業に対して投資を行い、資金を投下する。未上場企業に投資し、ファンドの運用報酬も収益源とする事業

※2 IPO
Initial Public Offeringの略語で、日本語では「新規公開株」や「新規上場株式」。株を投資家に売り出して証券取引所に上場し、誰でも株取引ができるようにすることをIPOという


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