私は行動変容というテーマが好きです。
20代後半の頃から、健康とういうのは一方的に説得型アプローチを繰り返すよりも“わかってる、でもできない”を如何にして乗り越えていくかが重要であると考えるようになり、行動変容を重視したプロジェクトに多々関わってきました。
最近は、専門家業をさぼっており若干疎遠になりつつある行動変容ですが、学びが足りない自分への戒めとして、かつて予防医学研究者の方に教授いただきながらまとめた「93の行動変容テクニック」についてお話したいと思います。
行動変容という研究
これは、先述の研究者の先生からお聞きした話ですが、行動科学研究というのは、ほとんどが理論や決定要因の提唱に偏っており、行動変容を狙いとした具体的な介入(行動変容のテクニック)まで落とし込み、標準化しようという試みが少なかったそうです。
さらに、行動変容を狙いとした介入は、複雑な複数の要素から構成されていて、それゆえ、行動変容テクニックの報告に関して具体的なガイダンスがなく、研究一つひとつの質がバラつく傾向があったそうです。
そんななか、2013年にロンドン大学のSusan Michie教授らによって、Annals of Behavioral Medicine誌上にてBehavior Change Technique Taxonomy v1(行動変容テクニックを分野ごとにまとめたもの)が公開されました。
ちなみに、前職のインタビューでも、上記の行動変容テクニックについて語っています。この論文を見つけた当時の私は大興奮状態で、なんとかしてこの日本語版を作りたいと考えていました。
行動変容テクニックの国際的な標準化が進めば、知見の統合が可能になります。そうなれば、ある健康行動について、どの行動変容テクニックがどのような対象者に、どの程度の効果を持つのか、ということが明らかになってくるのです。
BCTTv1について
さあ、ここからが本題。
93ものテクニックは、16の分野に分かれてまとまっています。※各ラベルに関する用語の日本語訳はコンセンサスがとられていないため、あくまでも参考として記載します。
Goals and planning(目標と計画)
Feedback and monitoring(フィードバックとモニタリング)
Social support(ソーシャルサポート)
Shaping knowledge(知識形成)
Natural consequences(自然な結果)
Comparison of behavior(行動の比較)
Associations(関連付け)
Repetition and substitution(反復と代替)
Comparison of outcomes(結果の比較)
Reward and threat(報酬と脅威)
Regulation(統制)
Antecedents(先行刺激)
Identity(アイデンティティ)
Scheduled consequences(予定された結果)
Self-belief(自己信念)
Covert learning(潜在学習)
1.Goals and planning(目標と計画)
ラベル1の目標と計画には、9つのテクニックが記載されています。
健康のために何かはじめようと考えるとき、目標や計画を立てる人もいると思いますが、この9つの観点を使い分けるとより行動が継続しやすくなるかもしれません。
そもそも目標や計画を立てていない場合、行動が継続しやすい状況をスタート時点からつくれていないともいえるので、ぜひ目標や計画を立てることからはじめることを意識してもらうといいのではないかと思います。
具体的な内容については、1つだけピックアップします。
2.Feedback and monitoring(フィードバックとモニタリング)
ラベル2のフィードバックとモニタリングには、7つのテクニックが記載されています。
重要なのは、結果を記録するのではなく行動を記録すること。そして、自分自身で記録をすることです。上記の例でいくと、体重を記録するのではなく、体重を量ったか否かを自分で記録することに意味があるとするテクニックがSelf-monitoring of behaviorです。
そして実は、この行動変容テクニックは、身体活動や食生活の改善行動を進めるうえでもっとも効果的といわれている方法の一つです(Abraham C, Michie S. Health Psychol 2008; 27: 379–87.)。
3.Social support(ソーシャルサポート)
ラベル3のソーシャルサポートには、3つのテクニックが記載されています。
誰かと一緒にダイエットしたり、ジムに通ったりすると続きやすいのは、このソーシャルサポートが自然と生まれる可能性が高いからです。実践的な支援をし合ったり、励まし合ったりすることは、行動を継続するうえではとても重要な要素です。
4.Shaping knowledge(知識形成)
ラベル4の知識形成には、4つのテクニックが記載されています。
知識形成は、上記のようなアドバイスだけでなく、問題行動の原因となり得ることへの言及も含まれます。例えば、「朝ごはんが食べられないのは夕食の時間が遅いから」「仕事帰りにお菓子を買って帰ってしまうのは帰りにコンビニの前を通ったり、空腹状態で帰るからだ」と指摘することもまた、知識形成の一つです。
5.Natural consequences(自然な結果)
ラベル5の自然な結果には、6つのテクニックが記載されています。
マレーシアなどの一部の国のたばこケースに印字された生々しい写真は、まさにこれです。
6.Comparison of behavior(行動の比較)
ラベル6の行動の比較には、3つのテクニックが記載されています。
ランキングは競争心を煽るのがうまくいく場合はよいですが、レベル感をある程度統一しないと失敗しやすいのが難点です(結果に差が出すぎると、逆にモチベーションを落としかねない)。
また、6.1.のDemonstration of the behaviorには、モデリング(観察学習)という他者の行動や態度、感情の表出を観察するだけで、その行動型を学んでしまう学習方法が含まれており、これはマーケティングの世界でもよく利用されています。
7.Associations(関連付け)
ラベル7の関連付けには、8つのテクニックが記載されています。
Prompts/cuesのテクニックのような、意識を変えるのではなく、行動のきっかけとなる環境づくりを工夫することで自然と行動が変わるように設計することは、行動経済学のNudge(ナッジ)の考え方にも近いところがあるかもしれません。アドバイスのような説得型アプローチに限らず、こうしたきっかけづくりの観点から行動を促す手法も存在します。
8.Repetition and substitution(反復と代替)
ラベル8の反復と代替には、7つのテクニックが記載されています。
行動置換だけでなく、8.7.のGraded tasksのようなタスクの難易度を段階的に上げていく方法だったり、8.5.のOvercorrectionのような望ましくない行動のあとにやや極端なリカバリー方法を行うやり方は、生活習慣を改善するうえで取り入れやすいテクニックの一つです。
9.Comparison of outcomes(結果の比較)
ラベル9の結果の比較には、3つのテクニックが記載されています。
他にも、9.1.のCredible sourceのような信頼できる情報源からの言語や視覚的なコミュニケーションはとても有効で、かつ多くの人が経験のあることだと思います(信頼できるあの人が言ってたからやってみた、という経験はまさこれですね)。この“信頼できる”第三者は人によって異なるため、必ずしも専門家の意見が響きやすいとは限りません。
10.Reward and threat(報酬と脅威)
ラベル10の報酬と脅威には、11つのテクニックが記載されています。
上記では、リワードというサプライズの形で報酬を与える手法を記載しましたが、報酬にはもう一つ、インセンティブという手法があります。リワードとインセンティブの違いは、報酬が与えらえることを事前に伝えるか否かです。
11.Regulation(統制)
ラベル11の統制には、4つのテクニックが記載されています。
薬理サポートの代表例といえば、禁煙外来です。他、11.4.のParadoxical instructionsも面白い手法で、例えば、睡眠不足の人に、できるだけ長く起きているように提案するなど、行動意欲を減退させる目的で、逆に望ましくない行動に従事させることも行動変容テクニックの一つとして挙げられています。
12.Antecedents(先行刺激)
ラベル12の先行刺激には、6つのテクニックが記載されています。
上記の物理環境の再構築は、誘惑を除去するうえでとても有効です。実行しはじめた行動も、誘惑の多い環境下ではなかなか長続きしません。そんなときは、環境そのものを変えてしまうのが手っ取り早いです。引っ越しや転勤、付き合う仲間を変えることも、これに当てはまります。
13.Identity(アイデンティティ)
ラベル13のアイデンティティには、5つのテクニックが記載されています。
このセクションに記載されているテクニックは、認知再構成法の他に、認知的不協和やマインドセットなど、心理学の中で活用されている手法もいくつか含まれます。
14.Scheduled consequences(予定された結果)
ラベル14の予定の結果には、10のテクニックが記載されています。
ラベル10同様、リワードに関連する手法が多いですが、タイミングや状況に応じてリワードの設計や計画を変えるのがこのセクションの特徴です。
15.Self-belief(自己信念)
ラベル15の自己信念には、4つのテクニックが記載されています。
うまくいことがスタート時点で想像できない行動は失敗に終わりやすいので、行動変容の観点では、イメージトレーニングはとても意味があります。
また、つい先日社内で行った実証実験では、実証開始前のアンケートで「健康行動を続けられる自信がどの程度あるか」「結果が改善する自信はどの程度あるか」という問いに、「かなり自信がある」と回答した人ほど、「あまり自信がない」と回答した人に比べて健康行動の実施頻度が高いという傾向が見られました。
うまくいくことを想像することで自己効力感(未来の自分に対する自信)を高めることができる人もいます。
16.Covert learning(潜在学習)
ラベル16の潜在学習には、3つのテクニックが記載されています。
実際に報酬や罰がなくても、行動のあとに生じる快や不快をイメージするだけで人の行動は変わります。潜在学習は6.1.のモデリング同様、マーケティングの世界でもよく使われている手法です。
最後に・・・
先述のとおり、各ラベルに関する用語の日本語訳はコンセンサスがとられていないため、あくまでも参考として記載しています。もっと詳細を知りたい方やもう少し解釈を進めたい方は、各テクニックの定義や事例がきれいにまとまっている原本を見ていただくとよいです。
https://digitalwellbeing.org/wp-content/uploads/2016/11/BCTTv1_PDF_version.pdf
最後になりますが、ロンドン大学の行動変容テクニックに関するサイトをご紹介します。
このサイトでは、専門家や学生向けにオンライン学習プログラムが提供されています。行動変容テクニックについて学びたい方は、ぜひご活用ください。