見出し画像

「虹獣(コウジュウ)」3章:ルフゥ 4話:賭命(トメイ)

 喉の渇いたルフゥは棲み処から川沿いへと嬉しさに舞い上がりながら降りた。そのまま川の水を飲もうとした瞬間、川の水が飛沫を上げルフゥの顔面へと掛かりルフゥは咄嗟に首をひねり後ろへと飛び下がるのであった。と、同時に視界に写る三匹の獣、牙…。ルフゥは嬉しさに舞い上がっていた為に警戒心が緩んでいた、そんなところを危うく獣に襲われたのである。
「ほぉー!なかなか勘が鋭いじゃないか」
ルフゥの頭を噛み砕こうとした獣は、そう喋り掛けてきた。
「きさま!!」
咄嗟に叫ぶルフゥ、そんなルフゥを制するように喋り続ける獣、シガール。
「流石は最近売り出し中のルフゥさんって事か?」
「俺の名はシガール、こっちはドイン、こっちのはイワン。三匹とも犬ってやつだ」
「噂のルフゥさんと一度会いたくてよ。ここら一帯を縄張りにしている俺らとしては、どうしても挨拶しとかなきゃいけねぇってな」
そう喋りながらルフゥを威圧していくシガール。警戒心を強め思案を深めるルフゥ。ルフゥの返答を待たずしてシガールは喋り続ける。
「単刀直入に告げるぞ。オマエらのやっている事を直ちに止めてもらおうか。俺らはここら一帯を縄張りにしている、その縄張り内の獣が無駄に生存すると俺らの生存が危ぶまれるのさ」
「死んだ獣の肉を食えなくなる、弱り果てた獣の肉を食えなくなる、人が出すゴミを他の獣に漁られ奪われやすくなる。要は俺らの生存権を脅かすな!と言ったところさ」
それを聞いたルフゥの心は高ぶりシガール達への反感を強く高めるのであった。
「獣の肉だと?同種の獣を食糧にして恥を知れ!」
ルフゥはそう叫びながら強めていた警戒心を攻撃態勢へと切り替えてシガール達の反応を待った。
「ふむ…ルフゥさんはとんだ甘ちゃんのようだ。この世は弱肉強食、弱ければ食われるのが摂理、どんな生き物だって、人間達だって、人間社会だって、それがまかり通っているだろうが!」
「おぉ、ここからが本題だ。ルフゥさんよ、オマエさん達は食糧の備蓄を行っている。隠しても無駄だ知っている。それを俺らにも分けてくれんか?分けてくれるなら労して獣を食う必要がなくなる。ルフゥさんよ、利害は一致するんじゃねえかい?」
むちゃくちゃな要求でもあった、ルフゥが分け与えていた食糧はあくまで弱者の立場にいるもの達にであって強者に差し出し貢ぐものの為ではない。ましてや同種の獣を餌と見なしている獣達になど…。戦うか否か…ルフゥの脳裏に一瞬、過激な選択肢が生まれた。戦って勝てる見込みは定かではない、シガール達は中型犬三匹といったところであろうか、こちらは加勢を得ても猫二匹の加勢である。分が悪い…。分が悪いと思いつつも攻撃態勢を解かないルフゥ。そんなルフゥの心境を察したのかシガールが言う、
「はっはっは!話は早そうだな!確かに獣同士が食い合うのは無駄な争いだ。人間に利を与えてしまうやも知れん。分け前を俺らにもくれれば対立の構造は人間と獣だ。虐げられた獣同士での争いを緩和させる事が出来る…。さぁ、どうする?ルフゥさんよ」
そうこうしている内に、騒ぎを聞きつけ脳に酔いが回っていたウェンス、ルンテの両名が様子を見に来た。ウェンス、ルンテの両名は突然の事やシガールの威圧によって萎縮してしまっているのが感じ取られた。ルフゥの選択はこれで決定的になってしまった。シガール達と戦闘して勝てる見込みはない。考え方によっては彼らシガールも弱者である、人間という強者に虐げられてきた弱者である。ルフゥはそうやって自分自身を納得させる事にした。
「少し待ってくれ」
ルフゥはそうシガール達に告げると棲み処の奥へと進み食糧の入った袋を一つずつ運び出し、計三袋のペットフードをシガール達に渡すのであった。
「おっほほ!これを俺らにくれるというのか?流石は売り出し中のルフゥさんって事だな」
シガールは予定通りに食糧を手に入れた事で嬉しくなっていた。また、ルフゥ達との戦闘を回避し交渉によって食糧を手に入れられた事に喜びを感じていた。犬と猫に力の差があるとはいえ、戦えば傷付く事を避けられない、傷付けば野良はそれが死に繋がりやすい。死に繋がる危険性を冒さずシガール達は食糧を手に入れたのである。
「ありがとさん!ルフゥさんよ、これからも仲良く頼むぜ」
シガールはそう告げるとドイン、イワンを引き連れ去って行くのであった。

 シガール達が立ち去るのを苦々しく見詰めるルフゥ。そんなルフゥを不安気に見詰めるウェンスとルンテ。その視線に気付き思わず怒るルフゥ、
「お前達が怖気づいていなければ!」
ルフゥはシガール達も弱者だと思い込もうとしていた、思い込む事で食糧を譲渡する事に正当性を持たせようとしていた、そう認識する事で自らの脳の不具合をバランス良く保とうとしていた。しかし、どこかでせっかく集めた食糧を強奪されたとの思いが強く意識されていた。強奪された苛立ちを思わずぶつけてしまったルフゥであった。怒りをぶつけられたウェンスとルンテは、ただただ萎縮しているだけだった。怒られた事の正当性、食糧を生をルフゥに頼っている事実、何も言い返す事は出来なかった…が、少しの確執を生む事となる出来事であった。

 ルフゥ達は早速仕入れた食糧を配って回る、が奪われた分の食糧を差し引くとどうしても配れる量が減ってしまっていた。ウェンスとルンテはルフゥと一緒に配る事で喜びを感じていた。他の獣達が幸せそうに自分達が分け与えた食糧を食べている、自分達が他の獣の役に立っている、他の獣達から必要とされている。必要とされなかった自分達が同じ獣達から公的に必要とされている、何とも言えぬ喜び、滲み出てくる使命感。更なる頑張りを!と思っていた最中、一匹の幼い子犬が呟く、
「この前より少ないよ…」
それを聞いたルフゥは胸に痛むものを感じた。食糧を奪われてしまった事で配れる量が減ってしまった。奪われてしまった!その事がルフゥの脳裏を深く染めていきルフゥの心境を追い詰めていくのであった。その場は幼い子犬の親が子犬を制した事で収まったがルフゥの心に深く言葉は突き刺さったままであった。そんなルフゥを気に掛けるウェンスとルンテ。そんな気遣いは無用と張り切るルフゥ。しかし気力の低下はウェンスとルンテから見て明らかな事であった。

 食糧の配給も終わり棲み処へと帰り着くルフゥ達。ウェンスとルンテは幸せでいっぱいの気持ちであった。弱い立場の獣達の役に立つ事が出来ている、何より帰れば腹いっぱいの食糧を食べる事が出来る。野良としてゴミを漁り、虫を捕まえて食べていた頃とは大違いの環境である。今日も腹いっぱい食べられると思いルフゥの指示を心待ちにしていたウェンスとルフゥであったが、ルフゥは昼間の事が気に掛かり食糧を十粒ほど食べ食事を終えてしまった。
「ウェンス、ルンテ、自分は昼間思う事があった。自分達ばかり食糧を満足に食べる訳にはいかない。君達は君達で好きに食べてくれ。自分はこれだけで十分だ」
昨晩のような興に乗った宴はしないまでも、豪勢な食事を食べられると思っていたウェンスとルンテは沈黙した。ルフゥが悪い訳ではない、誰か悪い訳でもない、誇り高き救済者として自分を自分達を律する必要があるのだと理解した。それでも律しきれず腹の減っていたウェンスとルンテは袋の三分の一程度を食べ眠りへと付くのであった。

 次の日も、その次の日も、ルフゥ達は食糧の配給へと棲み処の周囲を歩き回るのであった。日に日に痩せて衰弱していくルフゥ。そんなルフゥに気付かず配給にまとわりつく衰弱した野良の獣達。心配しつつも陽気な雰囲気で支えるウェンスとルンテ。そんなルフゥ達には困難が待ち受けていた、食糧の備蓄が少なくなってきていたのである。三回目の食糧奪取の必要性に迫られていた。ルフゥは衰弱した体を押し切り衰弱を衰弱と見せぬようにウェンスとルンテの二匹を引き連れペットフード会社の倉庫へとやってきていた。二回も奪われたが故にペットフード会社の倉庫は堅く閉ざされていた。扉は鍵が閉められており、いたる窓も全て堅く閉められていた。どうにもこうにもならない状況の中、ウェンスが前へと進み出る。その仕草を見たルフゥとルンテはウェンスに道を空けるように左右へと散るのであった。ウェンスは助走を付け扉へと強く体当たりをしたが、扉は無情にも扉の役目を果たし、ただただ闇夜に扉を強く叩く音が響き渡るだけなのであった。ペットフード会社の扉を前に悪戦苦闘していると三匹の獣が近付いてきた、シガール達である。
「よぉ!何やってるんだい?」
「なるほど…そこにいつもの食糧があるっていうのか?」
開かない扉への意識が強まっていたが為にルフゥ達はシガール達が接近するまで気付かなかった。嫌な時に嫌な奴らに遭遇したものだ…。ルフゥはそう心の中で呟いた。だが、ルフゥはすぐに気持ちを切り替えシガール達にも協力を要請してみる事にした。
「そうだ、ここに食糧がある。しかし扉が堅く閉ざされているんだ。分け前は半々、食糧奪取を手伝ってくれないか?」
ルフゥはシガール達の方へ歩み出て、そう告げる。告げられたシガールは思案の表情を浮かべながら歩み出てルフゥの隣りを過ぎ去り扉の前へと進み出た。
「こりゃ、ダメだ。ルフゥさんよ、諦めな。野良で生きる以上は諦めも肝心だぜ。無駄に体力を消耗してそれが何になるってんだ?」
「ん…、それにな、見たところしっかり食べていないようじゃないか。慈善活動もいいが、死んだら終わりだぜ」
シガールはルフゥにそう告げると扉の前を通り過ぎ別の縄張りへと向かうのであった。それを早足で追うドインとイワン。立ち去る姿を眺めつつ苦い思いを抱くルフゥ。立ち尽くしルフゥの挙動を見守るウェンスとルンテ。ルフゥ達は少しの間、扉を見詰め佇んだ後に棲み処へと帰るのであった。



サポートよろしくにゃ(=^・▽・^)人(^・▽・^=)