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「虹獣(コウジュウ)」6章:タウォ 6話:融合(ユウゴウ)

 七三一と別れ家を出たルノアは鋭敏な嗅覚を頼りにタウォの行き先を追跡するのであった。普通の水であれば無味無臭に近く追跡など出来なくあったが、強くなる為に大量の不純物を含んだタウォは腐敗した臭いを周囲に撒き散らしながら移動していたのであった。
「…今までよりも…、臭いが濃い……」
タウォの軌跡を嗅ぎながら追跡していたルノアは、今までのタウォを遥かに凌駕する臭いを感じ取り、そこからタウォの肥大化した欲望を推測想像するのであった。

 タウォが佇んでいた池は周囲を森に囲まれ、池には魚や水鳥達が、森には様々な鳥達が憩いの場として佇み過ごしていた。そんな中にいつぞやの鴉、ソルカとヴァロの姿があった。
「ソルカ姐さん、最近ここいら縄張りの動向がおかしくないかい?俺らの食い扶持が減少している…」
「そうだな……、ルノア達が人間に少なからず抗った影響だけではない。自然と生きる野生の生物が減少している印象がある…。何かがおかしいな…」
ヴァロの発言を受けて、ソルカは環境の変化を過敏に感じ取りながら、そう応えるのであった。
そんなソルカとヴァロを池の中から観察するタウォ。
「あの二羽…。確か鴉だったな。狡猾に都合良く他者を利用し、わらわのルノアすら利用しようとした…」
「人間に叛骨精神を抱く姿勢は共感するが、わらわの愛するルノアを利用しようとした点は許せんのじゃ。ルノアを利用して良いのは、わらわだけじゃ!」
タウォはそう独善的な想いに浸り、ソルカとヴァロを抹殺する術を熟考するのであった。タウォは意識を集中から分散へと移し、客観的にソルカとヴァロの様子を観察する。かの二羽は最近食糧不足でお腹を空かしているようだ。環境的に考慮しても、人間達は獣達に奪われ荒らされる畑やゴミ捨て場の取り締まりを強化した。野生生物はわらわが多くを吸収してきた。とすれば、彼ら二羽は大した食糧にありつけてはいないはず?
「そうだ…!ルノアにプレゼントしようとした形の良いネズミが居る!ルノアにプレゼントする機会は逸してしまったが、このネズミを囮として彼の二匹を捕え吸収してしまうのじゃ」
そう思うや否や、タウォは形の良いネズミを線状の細い水で操り、まるで生きているかの如く死んだネズミを巧みに操るのであった。
「ソルカ姐さんよ~、これからの食糧どうするんだ?俺は腹ペコだぜ…」
そう率直な気持ちを表したヴァロが続けて喋る。
「おぉ!あそこにネズミがいるじゃねえか、頂きっ!」
タウォが操作させたネズミを見て、お腹の減ったヴァロが勢い良く飛び掛かろうとするが、
「何か…変だ…」
そう呟きながらソルカがヴァロを制止する。
「何でい?せっかくの獲物だぜ?」
ヴァロが腹の減った感覚を覚えながら不快な気持ちで応じる。
「ネズミは群れで行動する習性がある。単独であんなところをまごついているのは何かがおかしい…」
怜悧なソルカはそう指摘しながら、まごつくネズミを観察するのであった。
「ほぅ……。鴉は賢い生き物じゃ。そう簡単に誘いにはのらぬか…。ならば…」
そう呟きながらタウォは、操るネズミを草木の陰へと入り込ませるのであった。
「これならば動きを正確に観察出来まい。空腹であれば多少疑問点はあっても近付いて様子を見に来るはずじゃ…」
タウォは、ほくそ笑みながらそう呟くのであった。
「ソルカ姐さん、ネズミが隠れちまったぜ?折角の獲物を逃したくねえ。近付いて様子を見てみようぜ?」
空腹に苛立つヴァロは気持ちが逸りソルカに同意を促す。
「…ん…、何かな、泥に足を踏み入れたような、気分の良くない悪寒がするが…」
そう伝えつつもソルカも空腹であった為に、食糧を得たいというバイアスが掛かり、選択がネズミを獲る方へと動いていた。ソルカとヴァロの二羽は対象のネズミをやや遠巻きにし地面に近い枝へと降り立つのであった。
「動きが無いぜ?姐さん。巣穴でもあるのかね?」
ソルカよりも食糧を得たい気持ちが強いヴァロは、頭を働かせながらも警戒よりも獲得へと意識が強まっていた。
「……、私があそこの草木をめくってみよう。ヴァロはそこから逃げ出すネズミがいたら、すかさず捕まえておくれ」
ソルカは自分の方が慎重に行動出来ると判断し、獲物を捕まえる役目をヴァロへと促すのであった。近場の地面を踏んだらその振動はネズミへと伝わり逃げられてしまうであろう。ソルカは低空飛行をしながらネズミが隠れた草木をめくるのであった。
「いたぜ!」
草木がめくられ隠れていたネズミを発見したヴァロは、そう心の中で叫びながらネズミへと飛び掛かるのであった。
「…?これは…?眼光が生きていない…?」
ネズミを間近で見たソルカは、ネズミの眼光が死んでおり生気が感じられない点に違和感を覚えた。
「水と金を融合させ…」
そうタウォは呟くや、高圧力の水鉄砲を作り出しソルカの体を貫くのであった。
「かっ!…」
突然の痛みに短く叫ぶソルカ、
「姐さん!」
ネズミへの飛行を軌道修正してソルカの下へと向かうヴァロ。
「二発目じゃ…」
そう呟いたタウォはヴァロへ向けて高圧力の水鉄砲を発射する。
「…バ…カッ……」
瀕死の状態でのたうち回りつつもヴァロを心配するソルカ。そんな心配すらも届かぬ合間にタウォに撃ち抜かれるヴァロ。瀕死の重傷を負った二羽の鴉は、得体の知れない動くものを最期に認識しながら、息絶えタウォへと吸収されていくのであった。
「意思を持った水は重力に逆らうのじゃ、憶えておくのじゃな…」
タウォは仲間であるはずの一滴達から罵詈雑言や誹謗中傷を受けた事や、自分も含め水は低きに流れるが定めでありつつも穢され軽んじられている現状や、高きを自在に飛び回る鳥を仕留めた事で高揚した気持ちになっていた。
「わらわは空を自在に行き来するものすら我が手に収めたのじゃ…。全知全能に近付いたわらわをルノアは喜んで認めてくれる事じゃろう…」
自画自賛で自分を称えるタウォは、ルノアへの想いを一層強くする。
「この調子であれば…、人間を駆除する事も容易い事であろう…」
「ルノア…、そなたをわらわが得た時、わらわは完全無欠な生命体となるのじゃ…」
「その時こそ、革命によって人類を絶滅させ、地球は浄化され平和が訪れるのじゃ…」
常に一滴であったタウォは独善性が酷く高まり、自身の腐敗したヘドロの体を省みずに、地球を浄化させるという矛盾した想いを一滴で呟き、その呟きに自己陶酔したタウォは激しく高揚し、
「人間同士が争って人口調整をすれば禍根を残す。戦争であれ、経済であれ、資源であれ、人間が起こした事は人間に返るのじゃ」
「だが、水が起こした事ならば禍根は残らない。だからわらわが人間を殺戮し、水質汚染により病魔を流行らせ、食糧腐敗により飢餓に追い込む」
「水が行う作為、これ即ち天為なり!天為に対し人為は非力!無為である水の作為を人間は味わう責任があるのじゃ。天意が人類を滅ぼそうと言うのじゃ!受容せよ!」
と叫び高笑いをするのであった。

 そんなタウォの下に追跡してきたルノアが辿り着く、辺りは暗く深夜となっていた。鋭敏な感覚を持ったルノアは、すぐにその場の何かがおかしいと違和感を覚え、慎重に耳を立て気配を感じ取ろうとし、周囲を注視しながら見渡すのであった。待ち焦がれていたタウォは、自身の腐敗した体を省みる事など思いもせずに、いや逆に自身の成長した姿を見て喜んで貰おうと恥ずかし気も無く、ルノアの前へ腐敗したヘドロの固まりである自身の姿を晒すのであった。
「化け物……」
ルノアは目の前に現れたタウォの姿を見てそう呟く。タウォは数々の死骸や数々の廃棄物を吸収しており、その大きさは牛四頭ほどで死骸や廃棄物の臭いが強烈に醸し出されていた。
「なっ…なっ……なっ………」
愛しのルノアに化け物呼ばわりをされ、嫌悪された事に激しく動揺するタウォ。
「ル…ルノアは、人間なんかと過ごしたり、不純な獣と過ごしたり、それでおかしくなっているのじゃ。躾けが必要なのじゃ!」
愛しのルノアに拒絶された事、その責任をあくまでルノアに求めるタウォは、自身の過ちを省みずに、ルノアに対して躾けと称した虐待を行うのであった。ルノアを躾ける為に包囲せんとするタウォのヘドロ状の触手。鋭敏な感覚を持って回避し続けるルノア。
「貴様はっ!何が目的だ!?」
単純な捕食者でもなく、一般的な生物でもなく、タウォという存在に不可思議さと焦りを感じたルノアがそう叫ぶ。
「わらわの目的はルノアと結ばれ一つになる事じゃ。わらわはそなたをこんなにも愛しておるのじゃ。だから結ばれなければおかしいのじゃ」
「わらわはそなたと融合して一心同体になるのじゃ。そうしてこそ地球に巣食う人類を絶滅出来るのじゃ」
タウォは独り善がりな想いに何の疑問も抱かぬまま、その想いをルノアへと押し付けようとするのであった。
「貴様のような化け物と、伴に生きる気持ちは無い!」
ルノアは最愛のパラを殺された憎しみ、今までどんな獣にも人間にも見られなかった醜悪な状態であるタウォ、ルノア自身の気持ちに配慮せず一方的な愛を押し付けてくるタウォ。それらが入り混じった気持ちからタウォに冷たく吐き捨てるのであった。
「なっ…また……。ルノア…………」
再び冷たい罵声をルノアから受けた事で激しく動揺するタウォ。
「ル、ルノア…ルノア……リルトーー!!」
「わらわは愛を食べているから、わらわは至高の女王じゃ!」
激しい動揺から支離滅裂な事を口にするタウォは、自制し切れないショックをルノアにぶつけるのであった。



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