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「虹獣(コウジュウ)」5章:ルノア 8話:循環(ジュンカン)

 エティとルナの亡骸を食し、古くなった引き戸の穴から空き家へと入り、一晩を明かし夕方近くまで深い眠りについていたルノアとパラ。どちらともなく眠りから覚め起き出し、互いに互いを見つめ安堵する二匹。仲間を立て続けに失った事により互いに相手を思い遣る気持ちが増していたのであった。ほっと安心すると同時に湧き上がる現実。エティとルナが居ない喪失感。二匹は見つめ合いながら感傷に深く浸るのであった。
「…、ねぇ?ルノア…?そっちへ行ってもいい?」
深い喪失感の悲しみから心に不安を感じたパラは、少し離れていたルノアへと声を掛けるのであった。
「…、うん…。来ていいよ…おいで」
悲しみつつ少し戸惑いつつも冷静さを装い、パラの気持ちを汲みながらも自分も欲していた感情に従い、ルノアはそう応えるのであった。体を寄せ合い互いの温もりを与え合う二匹。短くて長い沈黙の時間が二匹の気持ちを昂ぶらせる。どちらともなく顔を寄せ合う二匹。鼻先を近付け互いの匂いを嗅ぎ、キスをするかのように軽く鼻を付け合う。互いの頬を舐め合いグルーミングをし合う二匹。段々と二匹は熱情を昂ぶらせグルーミングを濃厚にし合うのであった。
「…、ルノア…?あたい…ルノアの子供が欲しい…」
熱情が昂ぶりつつも、なかなか行動に移さないルノアに少しの焦れを感じ、そうストレートにルノアを求めるパラ。
「…!。パラ…」
戸惑いつつもパラの発言がきっかけとなり本能や感情に強く従い出すルノア。そしてルノアとパラの二匹は、短くも長い濃厚な一夜を互いに求め合い過ごすのであった。

 一夜の交わりによって共に深く相手を心に刻んだルノアとパラ。エティとルナを失った事で、より深い絆を結び付けていくのであった。ルノアとパラは、エティやルナと過ごした排水路の穴へとは戻らず、古くなった空き家にて日々を過ごすようになっていた。排水路へ戻る事でエティやルナとの想い出が湧き上がってしまい、同時に失ってしまった悲しみを深く感じてしまう。失った現実から目を背けたかったのだろうか?ルノアとパラは互いにエティとルナの事に対して何も話さず、話す事は生きているルノアとパラの二匹のこれからについて程度に留めていたのであった。二匹だけとなり身軽になったルノアとパラは、あまり大きな食糧調達場所には近付かず近場のゴミ収集所にて、まだ食べれそうなゴミを漁り、その日暮らしの平穏な日々を送るのであった。そんな生活を二ヶ月ばかり続けていただろうか、パラが自身のある異変に気付く。ルノアの子を授かり妊娠したのであった。
「ルノア!、…あたい…、ルノアの子を授かったみたいだ」
まったりとした時間の流れを過ごしていたルノアは、パラの突然の発言に喜びと不安の気持ちが入り混じった複雑な心境を抱えながら、
「…、私の…、私の子供か…!」
と応えた。愛し合ったパラとの間に出来た子供への純粋な嬉しさ、その子供に対する今後の成長や責任感などの想い、自分が親として生きていく初なる事への不安や戸惑い、そんな幾多の感情が入り混じったルノアは複雑な心境を抱えながらも、
「ありがとう!パラ!元気な子を産んで欲しい!」
と喜びを伝えると共に祝福し、パラへの気遣いや共感を深く主張するのであった。

 子が出来る事が解ってからのルノアは、パラの身を以前以上に一層心配し、なるべくパラには休ませ食糧調達を一匹で担うよう頑張るのであった。一匹で行動する事が増えた事に比例し、一匹で考える時間も増えたルノアは、新しい棲み処としている空き家の外に晒されたままであるエティとルナの遺された骨について意識が強く向かうようになっていた。
「…、このままでいいのだろうか?エティとルナに何かしてやれないだろうか?」
そう疑問を強く抱いたルノアは、調達してきた食糧をパラと分け合い、食事を終え暫くの時間が経った後にパラへと話を切り出すのであった。
「パラ…。エティとルナの遺骨についてなのだが、彼らの遺骨を皆が過ごした排水路の穴へと運んでやりたいと思う」
「…、単なる自己満足かも知れない…。けれども、あの場所には皆の想い出が詰まっていると思うのだ…」
ルノアは空き家へと出入りする度に接するエティやルナの遺骨、自分達だけが幸せになろうとして良いのだろうか?パラとの幸せな平穏を過ごす日々に比例して、エティやルナへの罪悪感が増していくのであった。
「…ん、そうだね…。エティとルナをいつまでもあのままにしておくのは忍びない。せめて皆が仲良く過ごした場所へと連れて行ってあげて、彼らの冥福を祈りたいと思う」
ルノアの提案に快く賛同したパラは、ルノアと共に早速外へと出てエティやルナの遺骨を運ぶ準備を始めるのであった。
「エティは二匹がかりでないと難しそうだ。始めにルナの遺骨から運ぼう」
落ち着いた雰囲気でそうルノアはパラに向かって発言する。遺骨となったルナの首の部分と尻の部分を咥えて慎重に運び出す二匹。運びながら二匹の間に訪れる沈黙。ルノアもパラも、ルナとの想い出を深く想い出し回想に浸るのであった。やがて排水路の穴へと辿り着き、二匹は同時にジャンプしながらルナの遺骨を排水路の中へと運び進めるのであった。排水路の奥へと進みルナがよくお気に入りにしていた居場所へとルナの遺骨をそっと降ろす。
「…、もう少し待っていてね。いまからエティも来てくれるから…」
パラは悲しみに溢れながらも、亡きルナへの想いを心を込めて伝えるのであった。ルナの遺骨を運び終えたルノア達は、すぐさま空き家へと戻り今度はエティの遺骨を運び出そうとしていた。
「これは…、なかなか難しそうだ…」
エティの大きな体格に似合い、遺骨も大きなものであった為、思わずルノアは戸惑いを表さずにはいられなかった。
「…、それでも、なんとかなるさ!さっきと同じ要領で首元と腰の部分を互いに咥え運んで行こう!」
躊躇するルノアを励ますかのようにパラがそう叫ぶ。二匹は骨の一部を咥えながら慎重にバランスを崩さないように、ゆっくりと排水路へ向かって運び出すのであった。何とか排水路の前へと辿り着く二匹。ルノアはエティの遺骨を逆さまにし尻尾の部分を排水路の穴付近の上部へと向け引っ張り上げやすいようにするのであった。そうしたエティの遺骨の尻尾部分を咥え排水路の中へと引っ張るパラ、排水路の外からエティの遺骨を押し上げる事に精を出すルノア。何とか苦労の末、エティの遺骨を排水路の中へと運び上げる事が出来た二匹。改めてエティの遺骨を咥え先に居るルナの遺骨傍へとエティの遺骨を運び降ろすのであった。

「ルナ…エティ…。これからはいつまでも一緒だかんね…」
涙ぐみながらパラが亡き二匹へと言葉を掛ける。
「…、エティ…パラ…。短い間であったが君達と過ごせて私は幸せだった…」
涙が零れそうな想いを押し殺して言葉を掛けるルノア。暫しの感傷に浸りルノアとパラの二匹は排水路を後にしようとするのであった。そして排水路の出口に差し掛かった時である。
「ルノアはわらわのものさ!畜生風情が独占するではない!」
そう聞こえたかと同時に鋭利に尖った木の棒がパラに向かって飛んでくるのであった。
「危ない!パラ!」
咄嗟にパラの事を庇いつつ、愛する伴侶と子供の為に死ねるのであれば本懐であると決心するルノア。そんなルノアを逆に庇い前へ出てルノアを前足で弾き飛ばすパラ。
「ルノア…、あんたがいてこそのあたいなんだよ…」
そう呟くやパラは鋭利に尖った木の棒に突き刺さり、瀕死の重傷を負うのであった。
「…!、パラ!どうして?」
愛するパラや子供の為に、常日頃から何かあれば自らが犠牲になろうと考えていたルノア。しかし現実は、そのパラに庇われ無事でいる自分と瀕死の重傷を負ったパラがいるのであった。
「パラ!私はパラと子供の無事を得る為には、進んで犠牲になろうと考えていたのに!」
突然の事に動揺しつつルノアは想いの丈をパラへと伝える。
「…、ルノア…。あたいは…ルノアと出逢うまで活きた心地のしない日々を送り…仮初の生を何となく過ごしていた…」
そう呟きながら酷い咳をして血を吐くパラ。
「ん……、ルノアと出逢って…あたいは人生が生まれ変わったんだ…。生きる事に真摯になろうと思う事が出来たんだ…」
激しい吐血を繰り返しながら、ルノアへの想いを伝え続けるパラ。
「…、ルノア…。出来る事ならルノアとの子供を産み、皆仲良く幸せに過ごす日々を味わってみたかったよ……」
そう言うや否や息絶えるパラ。パラの喪失によって激高するルノア。ルノアは排水路出口を覆っていた何ものかに向かって突撃するのであった。排水路を覆っていたものは水のようなものであり、不純物を含んだ泥のようなものでもあった。
「水と土を融合させ…」
そう何ものかは呟き大きな土の盾を作る。その盾に弾き返されるルノア。
「ちっ!まだまだぁ!」
ルノアは意気盛んに何ものかへと向かって攻撃の手を緩めない。
「水と木を融合させ…」
そう何ものかは呟きルノアの手足体をツルによって拘束する。
「くっ…くそぉ…!遊んでいる暇があるならば、さっさと止めを刺せば良かろう!私は死など恐れてはいない!」
ルノアは怒りに任せた攻撃が通用しない事を知ると、潔い死を迎える事によってパラ達のもとへと逝きたいと想うのであった。
「うふふっ…、わらわはそなたを殺すつもりはない…。同志として迎えたいのじゃ。共に人間に穢されたものとしてな…」
そう言うや否やルノアを縛り付けていたツルは消え去り、謎のものもどこかへと消え去り居なくなっていたのであった。ただ一匹残されたルノア、パラの亡骸を傍らにして…。
「……、っぁ!……」
一匹となりパラが亡くなった現実に向き合わされたルノアは、声にならない呻きを上げ呆然とその場に立ち尽くすのであった。
「どうしてこんな事になった…?自分の何が悪かったのだ…?あの時もっと力強くパラを守ろうとしていれば!エティやルナの遺骨を排水路へと運ぶ事を提案していなければ…。自分にもっと力があれば…何かがあれば…パラは死なずに済んだのに…」
パラの亡骸を前にして声を押し殺しながら涙を流し、強い自責の念に駆られるルノアであった。

 時間が経ち少しの落ち着きを取り戻したルノアは、パラの亡骸をエティやルナの遺骨の傍へと運び、パラの亡骸の傍に腰を下ろして三日間近くを呆然として過ごすのであった。エティやルナ達が居た頃は、動物達の生活の為に、動物達の地位向上の為に生きる目的があった。エティやルナを失った後も、パラとの微笑ましい日々の生活、そしてパラとの間に出来た産まれる事のなかった子供…。パラと子供を守り伴に生きていく目的があった。だが…今は…、何も残されていない…。生きる目的を全て失ってしまった…。呆然としたまま排水路の中で天井を見つめるルノア…。自死するほどには想い至れず、生きる目的を失っても本能に訴え掛ける空腹感。傍に眠る腐り出すパラの亡骸。
「…、私だっていつまで生きているか解らない…。けれども…、少しでも長くパラと伴に居たい…」
そう呟きながら自らの体を起こしパラの亡骸へと口を近付けるルノア。
「…、単なる自己満足かも知れないが……」
そう呟くやルノアはパラの亡骸へと牙を立て、パラを食していくのであった。

 パラを食し終え一息ついたルノアは、これまでの事を走馬灯のように想い返していた。母犬や四八との出逢い、日々の生活、そして別れ。精神を病み自分に自分が振り回されていた辛い日々。エティやルナ、そしてパラとの出逢い、楽しく充実した日々、突然の別れ…。湧き上がってくる人間への憎悪、かといって力及ばずどうする事も出来ないルノア、行き場の無い怒り。発する事の出来ないエネルギーがルノアの脳に充満して激しい頭痛を起こさせる。そんな苦痛の状態をルノアは自嘲気味に一匹笑うのであった。
「人間…人間……!そうだ…、七三一が居た…。七三一は人間だけれども良くしてくれた。仲間を失った今、唯一頼れる存在…。取り敢えず七三一に会いに行こう…」
そう思い立ったルノアは排水路を後にし七三一の家へと向かう途中で養鶏場の付近を通る。養鶏場の隣には養豚場があり、現実を知らない豚達が幸せそうに暮らしていた。生殺与奪を人間に握られているにも関わらず、明日も明後日もこれからも長い平穏が続くものと思い込んでいやがる。ルノアは苦労をしてきた自分達が報われず、怠惰に生きる豚が平穏を得ている事に強い怒りを憶えた。怒りを発散するべく養豚場の中へと侵入するルノア、普段とは異質なものが侵入してきても何ら警戒を抱かぬ豚の群れ。ルノアは養豚場の中ほどまで進み多くの豚へと訴え掛ける。
「君らは一時の平穏に満足しているが、先々の事まで思考を巡らせた事があるのか?人間は牛、豚、鶏などを家畜と称し仮初の平穏を与え、その実利用し搾取し食糧とする事しか考えていない!」
猛るルノアが叫ぶ。
「あぁ~?人間が何だって?」
「人間は良い奴だぞ~。いつもたくさんの飯を食わせてくれるしな!」
「うんうん、良い奴だ。お蔭でオマエ最近太ったんじゃないのか?」
「おぉ~?そう言うオマエだって…」
豚達が各々に喋り始める。その発言に真摯な気概とは程遠い印象を抱いたルノアは更に叫ぶ。
「貴様らは野生の心を忘れたのか!猪の魂を取り戻せ!牙を人間に突き立てろ!」
怒りが増したルノアは、豚達を焚き付けるように激しく訴えた。
「あん?野生って何だ?猪?牙なぁ…これ邪魔なんだよな、食事をする時にたまに唇に当たって痛いんだなぁ」
「そうそう!何でこんなものが生えているんだろうな?必要ないのになぁ」
「食い意地張って焦って食べようとするからだろ~」
豚達は牙への不満や豚同士でからかい合い呑気に笑い合う。自分の矛であり盾であるものを不要のものと称す豚、自ら努力して自立を勝ち取ろうとする気持ちは微塵すら感じられない。怒りが昂ぶり激高するルノア。
「貴様らの未来を教えてやろう!一定の年齢を迎え一定の大きさになった豚は、殺され解体され肉として人間達に喰われる運命が待っているだけだぞ!」
豚達を軽蔑し吐き捨てるように怒りに任せ叫ぶルノア。
「あぁ~…、そういえば最近見なくなった奴がおったなぁ」
「あぁ、あいつらの事か?あいつら太り過ぎていたから別の場所に移動させられたんだろ?」
「別の場所かぁ…。体の大きさに見合った食事の量、より美味い食事、きっとそこにはもっと素晴らしい日々が待っているに違いないな!」
飼育される事に慣れ過ぎて平和ボケした豚達にルノアの想いも真実も届かず。豚達は都合良くルノアの言葉を曲げて受け取り、どれだけ話しても危機感を微塵にすら抱かぬのであった。
「もういい!勝手にしろ!せめて死ぬ時になってから、怠惰のツケが払わされる事に後悔するんだな!」
そう言い残すや養豚場を後にするルノア。
「弱い立場にありながら、その立場に甘んじて努力を放棄し、特権階級でも得て生きている気分になってやがる!」
「…!貴様らなど!さっさと肉にされてしまえ!」
夜空に向かって叫ぶルノアの姿があった。

 時を同じくして七三一の家。いつものように静かに本を読みラジオを聴いていた。本の方に集中していた為に、ラジオは何となく聞き流していたが聞き覚えのある名前が発言される事によって、七三一の注意はラジオへと向かうのであった。そう、白井純雄の名である。
「昨今の動物環境省の誤射事件についてお伝えしたいと思います。動物環境省は主に野犬や害獣の処理、警察犬や救助犬などの育成や管理、適切な家畜の飼育、そういった事を主に担当されている組織でありますが、野犬や害獣の処理において散弾銃を使用し流れ弾が人間に被弾して人命を奪う事件を起こしてしまいました。この事件に対して副大臣である白井純雄さんに意見を伺うべく本日当ラジオ局へお招きしております」
「皆様、こんばんは。白井純雄であります。事件についてお亡くなりになられた方には大変申し訳なく感じており、亡くなった方々のご冥福を祈るばかりでございます。事件が起きました要因として、指示系統がうまく働いていなかった事と、実験中であるマイクロチップによる警察犬の統率がうまく機能しなかった事が挙げられます」
白井は動揺を隠しつつも、淡々と事態を説明していた。
「今後に向けての改善案や安全性などは検討されているのでしょうか?」
インタビュアーが白井に向けて質問をする。
「もちろん、検討中です!指示系統の徹底はもとより、より力を入れるべきはマイクロチップによる統率、管理です。この実験が動物によって成功を収めれば、その技術は人類へと活かされ争いの無い平和な世を作り上げる事が出来るのです!」
白井は失態した恥の気持ちと、自分が推進する技術への自信が入り混じった気持ちにより、高揚しながらインタビューに応えた。
「マイクロチップによる統率、管理を人類へと活かすとの事ですが、その点を詳しくお聞かせ下さい。世界平和に向けて貢献されている事は大変素晴らしい事ですね」
インタビュアーは冷静に質問しながらも、聞き出したい点を巧みに誘導する。
「人類は各々が幾多の欲望を抱き際限無く求め続ける事で繁栄もしましたが、同時に大きな禍を生んできました。これは長い目で見れば人類を繁栄させる行為が、人類を滅亡させる結果を招く事を示唆しています。そこで重要になってくるのが徹底した統率、管理です。人類は自身ではコントロールし切れない欲望や感情を、機械の力を使う事によってコントロール可能にする事が出来るのです」
白井はある意味純粋であった、純粋であるが故に目標に向かって直線的であり、それから生まれる弊害まで考慮に至ってはいなかったのであった。
「た、大変素晴らしい構想と思いますが、全ての人類を統率、管理する役目は誰が担うのでしょう?また、人々の人権についても問題が出てきそうでありますが…」
白井の真っ直ぐさに少し圧倒されたインタビュアーは、控えめに質問を繰り返した。
「人類の存続、人類の平和、それらが掛かっている問題に対し、個人の人権などは小さき問題です。第二次世界大戦で思い知ったでありましょう?人類の欲望に限りは無く、増え過ぎた人類は同種族同士で争い出し資源を奪い合う。繁栄を望んだ結果に待っているものは戦争なのだと!」
自己陶酔したような雰囲気で白井は自論を力強く展開する。
「…、な、なるほど…。白井さんの貴重なご意見ありがとうございました。続きましては「地球の許容量、平和と均衡」についてお送り致します」
ラジオを聴き終えて椅子に座りながら呆然としつつも思考する七三一。
「白井…。君の言っている事は半分は正解だ…。しかし、機械で全てを管理するなど、それではまるでロボットのようであり、自由は消え人間本来の良さが失われてしまう…」
七三一は白井との過去を回想しながら、そう呟く。
「白井…。君は昔から論理性には強かったが、思考そのものは機械的で情感に薄くバランスが悪かった。バランスの悪い鋭利な才は、時に際立つが同時に折れやすい…」
白井と過ごした日々を回想しつつ、白井の長短を端的に呟く七三一。白井の動物を物扱いする冷たいところ、それでも同僚として死線を共に過ごした相手。七三一は少し複雑な気持ちで白井の事を想い考えるのであった。そんな時に縁側に現れた一匹の猫…ルノアである。酷く疲れ果てて生気が薄れているように感じ取れ、七三一は驚きつつも深い気遣いを込めて、
「おかえり。ルノア」
と優しく微笑み掛けるのであった。腰を下ろした七三一の胸へと飛び込むルノア。優しく包み込むようにそっと抱きしめる七三一。そんな折、ラジオから白井純雄失脚の報が流れるのであった…。


 ルノアを抱き撫でながら思索に耽る七三一。全ての物事には長短がある。だが、いつしか人は物事の長ばかりを優先し、短を見ないように考えないようになっていた。以前よりも便利なものがあれば使い、古くなったものは不便だと捨てていく。以前より有能なものがあれば使い、古くなったものは無能だと捨てていく。そして、それが常識となり、より便利なものを、より有能なものを、と見果てぬ先を追い求める。その先にあるものが定かではなくとも……。

 その流れの中で強い疑問を抱き留まるもの達を横目に、時に蔑み通り過ぎていくもの達。通り過ぎるのが善か、留まるのが善か……。答えは個々の中にある。しかし、個々の中にある答えに反した答えを強要され、疑問を疑問として打ち明けられず、ただただ多の流れによって少は強引に流されていき、自分でも気付かぬ内に疲弊した心身が存在する。その心身を癒すべく本能によって夢を求める。現実が苦であるならば、せめて夢では楽でいたい。そして、いっそ楽のまま夢の世界で過ごしたい、夢のまま終えたいと……。

 そんな中で、流れに適応出来ず苦しむ子供達、様々な事情によって流れから遠ざかる。可能性を内に秘め、流れによってそれを消されぬようにと。そんな子供達にとって本来、安全地帯と呼べるべき家が危険な場所、苦痛な場所となっている。過去に夫側からしか離婚請求権がなかった時代に駆け込み寺というものがあったように、子供達にとっての駆け込み寺のようなものが必要なのではなかろうか?そう、かつての自分が祖父母の遺したものによって、逃げ込める場所があったように……。

 居場所を追い求め子供達は人知れずそれぞれの道を歩む。逃げ場がなく追い詰められたものは玉砕覚悟の気を纏い、それすら善しとしないものは自決する。そうならない為に、駆け込み寺のような安全地帯を……。しかし、人は自分にとって身近なものを優先的に助けようとする。そして医学や栄養学などの進歩に伴い、人や人の身近な生き物は長生きをするようになった。となると、一見悪く思える社会、飢餓、病魔、天災などに抗う事は結果的に悪ではなかろうか?社会が善くなれば、それが常識となり、より高度な社会を求める。食料が溢れれば、それに慣れてしまい、より新鮮なものを求める。病に対抗出来る手段を発見すれば、治るのが常識となり、より高度な医療を求める。天災を防ぐ術を発見すれば、それに頼ってしまい、より強固な防災を求める。

 そして、より人や人の身近なものが死に難くなった状況で新たに生まれる欲望。欲望の渦が幾多の欲を引きずり込み、やがて巨大な渦となり他の渦までも己の物にしようと欲し、戦い争い合う。その結果、増え過ぎたものは均衡を保つ為に減らされる。全ては天の秤によって仕組まれた事なのであろうか?それならば、子供達にとっての安全地帯を創る事は、天意に逆らう事ではなかろうか?全てを助けられる訳もなく、助けた物が生きる為に犠牲となるものも必要になる。また、追い詰められた中で何かを生み出す可能性もある。その芽を結果的に摘んでしまう事にはならないだろうか?だとすれば、何も作為を施さず、ただただ淡々と己の生を水の如く無為に過ごせば善いのではなかろうか?

 天為に抗う為に人為を尽くす事は、是か?非か?



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