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「虹獣(コウジュウ)」4章:イレス 2話:退行(タイコウ)

 イレスは初め何もしなかった、主導権を握らず、ただただ他の獣格の愚痴を聞いて頷き時に共感を示していた。イレスは物理的にこの世を生き抜く為に生まれたのではなく、精神的にこの世を生き抜く為に生まれたのだ。リルト、ドグマ、ルフゥの精神面を支える為に生まれてきたのだ。だからイレスは体が変化しない、脳内のみに存在する獣格。

 そのイレスの存在を感じ取りリルトがしきりに甘え出す。
「ママは?…ママは?…いた!ママだ!」
「ママ…僕もう走るの疲れちゃったよ…?僕を置いていかないでね?」
リルトは母犬との出逢いの頃まで退行していた。退行する事によって当時得られなかった母犬からの愛をイレスを通して得ようとしたのかも知れない。そんなリルトにイレスは優しくも淡々と応える。
「ママはここにいるからね。ちゃんと傍に居るよ。一緒に居ようね」
そんなイレスの温かみを感じリルトは堰を切ったように甘えが増す。
「ママー!今日はね、色んな花々の匂いを嗅いだり舐めたりしたんだ!とっても良い匂いだったし甘い蜜のある花もあったんだよ!今度ママも一緒にしよ!」
「良かったね、リルト。今度はママも一緒にしたいな」
「ママー!今日はね、色んな虫さん達と遊んできたんだよ!虫さん達は小さいのにとっても頑張り屋さんだったり、ちょろちょろ動いて凄く楽しかったんだ!今度ママも一緒に遊ぼうよ!」
「良かったね、リルトが楽しいとママも楽しくなっちゃうな。うん、今度は一緒に遊ぼっか」
どっぷりとイレスに甘え出したリルトは、当時抱いていた悲しみや辛さを愚痴としてイレスにぶつける。
「ママ…?どうしてママは僕に厳しく叱ったりするのさ?僕のせっかくの楽しい気持ちがどこかに吹き飛んでしまうよ。僕はママに怒られたくないんだ、優しくして欲しい可愛がって欲しいんだ」
「ごめんね、リルト。ママもリルトに優しくしたいな可愛がりたいな。でもね、リルトの事が大事だからこそ怒ってしまう叱ってしまう事もあるのよ。ママこれから気を付けるからね、ママの事を許してね」
簡潔ながらも解りやすくリルトに応え優しく温和に接するイレス。そんなイレスにリルトは甘え続ける。
「ママー!僕ね、今日はちょっと遠くまで探検しに行ってきたんだよ。川沿いの塀の上をずっと歩いて端の所まで行ったんだ。静かで自然の空気が美味しくて、川の流れを眺めるのも楽しかったよ!今度ママも一緒に行こうよ!」
「そう、それは楽しかったね。今度は一緒に探検に行こうね、ママも楽しみだな」
楽しい安らかな脳内対話は、やがて大きなトラウマとなる出来事を想起させるに至るのであった。
「ママ…?四八どうしちゃったの?動かないよ?いつも僕と遊んでくれてたのに、前足で催促しても遊んでくれないんだ。四八…どうしたのかな?僕の事嫌いになったんじゃないよね?僕嫌われてないよね?僕は四八の事好きだよ!四八…遊んでよ、ねぇ遊んで!」
「リルト…四八さんはね、亡くなってしまったのよ…。残念だけど、もうリルトとは遊んであげられないの…。四八さんが安らかに眠れるように、温かく送ってあげましょうね」
「やだよ!四八とバイバイしたくないよ!僕はもっと遊んでもらうんだ!」
「そうね…、お別れはとても悲しい事ね。でもいつかはお別れする時が来てしまうのよ。ママとも…」
「なんでさ!ママともバイバイしちゃうってどういう事さ!ママは僕を置いていかないって言ったじゃないか!傍に居るって言ったじゃないか!一緒に居るって言ったじゃないか!」
「ごめんね、リルト。ママもね死期が近いのよ。でも嘘はつかない。ママはずっとリルトの心の中に居るから。ずっと一緒に傍に居るから。リルトにはママの事を忘れずにいつも感じていて欲しいな」
「やだやだやだ!何でママまで死んじゃうのさ!僕はもっとママに甘えたかったんだ!それなのにママは僕を一人にして見捨てるんだ…。僕を一人にしないでよー!」
「リルト、ママはリルトの心の中に居続ける、ずっと一緒に傍に居るんだよ。だからリルトには長生きして欲しいな。じゃないとママ居られなくなっちゃうから…。生きていると色々な事があるけど、もちろん辛い事もあるけど、それでも力強く生き抜いて欲しいな。いつも傍でリルトの事を見守っているからね…」
「ママ…ママー…。ほんとだよ?一緒に傍に居てね…。僕頑張って強く生きるよ。でもそうしたらドグマくんが出て来ちゃったんだ。僕どうしたらいい?強く生き抜こうとしたんだよ…。ドグマくんもルフゥくんもうまくいかなかったんだ…」
「そうね、生きるのは難しい事だもんね。でもリルトは凄く頑張ったよ、よくやったね、ありがとう。ドグマやルフゥともお話をしていこうね、これから良き獣生を送れるようにしようね」



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