ワン・モーニング・オブ・タイアード・ブレイド


いつからだろう。
嬉しさも楽しさも感じなくなった。
怒りも悔しさもかすれていった。
今は苦しさばかりが私を満たしている。

恥ずかしい思い出の一つ一つがセンタ試験の勉強めいて反復されニューロンに映される。
怒られ、追いかけられ、苦しめられる夢ばかり見る。

忘れられたらどんなに幸せだろう。
反復されるのが楽しい思い出ならどんなに救われただろう。
だけど嫌な記憶は全く薄まらず、楽しい思い出は記憶の隅まで探しても見当たらなかった。
一つ一つの悪い記憶を反復するはめになっただけだった。

誰も助けてなんかくれないさ。いつもみたいに笑うか怒るだけなんだ。
そうさ。家族だって、ニンジャだって、きっとセンセイだって…

今日も任務で失敗した。
肝心なときにジツもカラテも上手くいかない。
いや、いつものことか。
きっとみんな心の中では怒ってるか嘲笑しているんだろうなぁ。
本当は一人で任務に行きたいんだ。
恥ずかしい思いをしないで済むから。
でもこんな頼りない私一人で行かせるなんてきっとないだろう。

自分の無能さが嫌になる。
いつもそうだ。運動、勉強、芸術、なにをしても上手くいかなかった。
私に出来ることなんてなにひとつないんだろう。
だから誰も…認めてくれない。信頼してくれない。
長所もない。人付き合いも悪い。あーあ、自分が憎くて仕方がない。

…セプクしようかな。
どうせ誰も止めないんだ。
止めたってそれは自分をよく見せるための演技なんだろう。
解ってる。自分が生きるに値しないことなんて。
なんにもないよね。あの日、ニンジャになってアパートに火を放った火から変わったと思ってた。
死ぬためのしがらみを焼いたと思えば無駄じゃないか。
毛皮の下もフェイクファー。
所詮、何もないんだ…

そうか、苦しみしかないのはこれ以上希望を抱いて嫌な思いをしないでいいようにするためなんだね。
少し楽になったよ。

ああ、外が明るい。朝なんだね。
せめて余計な心配はかけないよう、普通に振る舞おう。
フートンの中でずっと眠っていたい。
でも…そうか。結局どこに逃げても同じなんだ。逃げられる所なんかないんだ。

早く起きて、何か口に入れて任務にあたろう。必死になればちょっとは楽だから。
あれ、起きれない。体が重い。無茶したかな。
こんなことで起きれないなんて、情けない。
ほらもうみんな朝食を摂っている。
私の分は…そうだね。ないよね…席もない。やっぱりそうなんだ、あはは、あはははは…
あれ、誰だろう。ワーキツネ…?私…?まて、彼女になにを…やめろ、やめろ、ヤメロー!!
嫌だ!止めてくれ!!誰か!!なんで…なんで…みんなも…みんなも…やめてくれ…やめて…止めてよ…どうして…みんな…殺しちゃったんだよ!!
お前が…お前が生きてなんか…お前がこの世に存在してなければ…うわぁぁぁぁぁぁあ!!!
グワーッ!?グワーッ!?
やめろ…生かすなよ…殺してくれよ…グワーッ!?
嫌だ、死なせてくれ!死なせてくれえぇぇぇ!!!

「死なせてくれぇ!!…はっ!?」
旧世代UNIXゲームと前時代子供用玩具が飾るサップーケイな部屋で目覚めた。
夢…か。嫌な夢を見てしまった。
手から何かがこぼれ落ちる。それはハイク。いつでも死んでいいように。
さて…もう10時。また寝坊か。
乱れた毛並みのまま部屋を出る。

心配してくれるのかい?…そう。私は心配されるような弱いやつなんだね。
もっと、強くて有能で優しい人に生まれたかった。
自分で盛って朝食を摂った。ほとんど喉を通らない。
一緒に食べる勇気もなかった。
…違うよ。私は優しいんじゃない。少しのシツレイでも怒られるかと怖くて優しくしてるだけの、卑しいキツネだよ。
一緒に食べようって?…私にそんな権利はない。皆の楽しみに水を差したくないから…

うん、わかった。そう言われたら、そうするよ。
心配かけないよう、あとちょっとだけ生きるよ。
それじゃ、行ってきます…

…この所々滲んだ手記は無造作に棚の奥に放り込まれていた。
空白の前、記入されている最後のページには、こう書いてあった。
「孤狐の 夢の続きを あと少し」
この手記は起床用ZBRと共に仕舞われて、きっと2度と出てこない。

不器用で、長所もなくて、性格もねじ曲がっていて、いいとこなんかまるでない。
そんな自分が変わったなんて全く思ってない。
ただちょっとだけ、羨ましくなったんだ。諦められなくなったんだ。
"他人が見ればきっと 笑いとばすような よれよれの幸せを" 追いかけたくなったんだ。

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