リトル・リビング

夜は22時を回ろうとしている。前時代的トレーラーハウスの並ぶネジレシッポ・ジャンクヤードはネオサイタマとしては異様に早い夜の静寂を迎えていた。電気の通ってないこの地区はさながら周りから闇を集めてるかのごとく漆黒に包まれていた。
そのトレーラーハウスの1つにその女は眠っていた。菖蒲色の長髪の美しい女だ。スラム街に似つかわしくない美しさはさながら汚染物質の一部が結晶化して美しい宝玉になったかのようだった。だがそんな女がこんな場所にいれば間違いなくヨタモノの追い剥ぎに遭ってしまうのではないだろうか?
その心配はなかった。彼女は追い剥ぎに来たヨタモノの腕を捻り折り、スリの足にヒールで穴を開け、ヤンクの顔が真っ赤に腫れ上がるまで殴り飛ばし、ファック&サヨナラを試みた暴漢の股間を容赦なく破壊した。命を奪わない程度の反撃で自分を守ってみせた。
華奢に見えるその女は凄まじいカラテの持ち主だった。そもそも人ではなかった。銀色のワーキツネだった。そしてニンジャだった。このような姿をしているのは理由がある。彼女が相手を間違わせるジツの使い手、バカシニンジャ・クランのソウル憑依者だからだ。
だが読者の皆様は疑問に思うはずだ。なぜこれ程のカラテの持ち主がこんな場所で寝ているのか?なぜ襲ってきた相手を殺さなかったのか?そもそも女なのか?
これには彼女なりの理由がある。彼女はソウカイニンジャであり、自分のビジネスのためにネジレシッポ・ジャンクヤードを訪れたのだ。襲ってきた反撃で相手を殺さなかったのはビジネスに差し支えるためである。そして彼女は男だ、だが紛らわしいので彼女としておく。
シルバーフェイスというのが彼女の名だ。ソウカイニンジャである。ナムサン!ついにソウカイニンジャはが貧しい人々からまでも物資を奪い、苦痛を与えようというのか!?おおブッダよ、いい加減に起きていただきたい!
…確かに彼女が己の野望のためにこのジャンクヤードを利用することには何の疑いもない。だが余りにも紛らわしいが(そういうニンジャソウルなのでどうか許していただきたい)彼女が彼らから奪う予定なのは貧しさであり、与えるのは苦痛ではなく職である。
彼女の野望はネオサイタマに跋扈する負の連鎖を断ち切ることである。カロウシやケジメをなくしたい。思いの外素朴な野望だった。搾取し続ければいずれは枯れ果てる。ならば奪うのではなく育てなければならないと。
無論話せば笑われるようなことだとは彼女もよく解っていた。だから秘めていた。彼女自身には困難なことも解っていた。だからこそ余計に。しかし決心がついてようやく動き出した。
自分以外にも頼れる者がいると、ならばそれらを守り育てれば良いのではと…その思いでキツネミミ社を経営することにした。現在のところ業務はトラブルシューティングや探偵業のようなものだ。社員もまだいない。
そして彼女に決心をもたらした人物が同じトレーラーハウスで寝息をたてていた。中学生くらいの女だが明らかに学はない孤児だ。身寄りはないが今までその器用さを活かしてなんとか生きてきた。ザラメという女の子である。

「…そういうことで、私はこのネジレシッポをより奥ゆかしい場所にしたいと思う!衣食住のある町に!」歓声が上がる。シルバーフェイスの…表向きには敏腕経営者シロヅカ・ハルミの演説である。
まず彼女は今までも経営してきた大豆加工工場をここに設立することにした。安価で美味しいイナリ・スシの提供のためだ。(自分で食べたいという私欲であることは否定できない)食品を作り、それを食えるとなれば解りやすいだろうと考えた。
彼女の神獣めいた美しさと圧倒的なカラテのおかげで思いの外人々は素直に従った。あまりの学のなさに作業を教えるのには苦労したが、なんとかなった。まだ赤字ではあるが展望は悪くない。
働けばお金が貰える。それで生きていける。そういった認識が生まれればよい。シルバーフェイスは第一のステップは上手くいったなと安堵した。こういったことは出だしが肝心だ。できたてのイナリ・スシを食べた。prrrr!「食事中なんだがな。仕方ない行ってやる」

「やっすみーやっすみーなにしよっかなー」ザラメは休日の喜びを噛み締めジャンクヤードを歩いていく。女の子が一人でスラムにいれば瞬く間に身ぐるみ剥がされてしまわないだろうか?その心配はなかった。これは彼女がニンジャだというわけではない。
「アイエエエ!」「いい金持ってんじゃねえか。当たりだな」ヤクザのカツアゲである。貰いたての給料をまるごと奪われてしまったのだ。ザラメは口角を上げ、そしてこっそり近付いた。成人もしてない女性がヤクザとまともに挑んでも勝ち目はない。
「アバヨ!」ヤクザがザラメの脇を走って逃げていこうとする。「イヤーッ!」「グワーッ!?」足払いである!不意打ちにヤクザは転倒!「イヤーッ!」ザラメは脇に差していたバールの先端に何か重りをつけたようなもので転んだヤクザの頭を思い切り殴る!「グワーッ!?」
ヤクザは動かない。殺しちゃったかも。ザラメは罪悪感もなくそう思った。このような環境で育った彼女に倫理性はない。故に殺人への躊躇いもない。倒れたヤクザの懐から財布を取り返す。慣れた手つき、幾度となく繰り返してきたのだろう。
ザラメの手元にはヨタモノとヤクザの財布がある。「アイエエエ…」ヨタモノは痛め付けられ、余裕で逃げ切れそうである。安い手間で少なくない金を手にできる。ヨタモノも結局お金が戻らないだろうと確信していた。
ところがザラメはヨタモノに近付くと「はいこれ!もう盗られないようにね!」「ア…アリガトウゴザイマス!」ヨタモノはお礼もせずに走り去っていく。これがここでは当たり前なのだ。ザラメは当然お礼なんか帰ってくるわけがないと肌で知っている。何故こんなことをするのか自分でも解らない。
ましてやそんなことを考えたこともない。「ウーン…」倒れたヤクザが呻く。「やばっ」ザラメは再びバールめいた武器で頭を殴る!「イヤーッ!」「グワーッ!」更に殴る!「イヤーッ!」「グワーッ!」何度も殴り、今度こそヤクザは死んだ。
「ふー、おわり」ヤクザを放置し路地裏に入り自分の寝床へ行こうとし、汚れちゃったからセントー入ろ、と思い付いて道を変える。先に小走りで他の人とすれ違う男あり。ザラメはその手捌きを正確に捉えた。スリだ。盗られた人はまだ気付いていない。
ザラメは少しかがんですれ違うスリに手を伸ばす。この程度のワザマエの相手なら大丈夫。サッと手を伸ばすとそこにはスリの持っていた財布が収まっていた。ワザマエ!そして走り出して盗まれた人のポケットにこっそり入れた。
殺人も盗みも咎められたことはない。ザラメに良心など欠片も残ってないように見える一方で自分の特にもならなうような人助けをするという矛盾めいた行い。そんなことを考える聡明さは彼女には無い。ただ何故か悪いことをしてない奴からの盗みは好きじゃない、それだけだった。
「シロヅカさーんただいまー!あ、今日はいないんだった」セントーに入る前に適当に集めてきた金属の廃材を籠に入れてザラメは自身の壊れ…てはいるがいつの間にか普通に住めるくらい綺麗になったトレーラーハウスに入る。
「なーにつくろっかなー」彼女の部屋には廃材を組み立てて作った謎のオブジェが散乱していた。一部は斧やハンマーめいた武器のような形状だ。彼女は腰につけた泥棒ツールを取り出し、無造作に廃材を組み立てていく。まとまりのない廃材は歪ながら1つの形になっていく。
それは若干反った形の棒になった。中心の少し下あたりは細く持ちやすいようになっており、真ん中は何かが通るような薄い形状になっている。意識して作ったわけではないがどういうわけかある目的に沿ったような形状になった。
「うーん…」形に違和感を感じるザラメ。何かが足りない。そう、伸縮する細い紐のようなもの。ろくな教養のないザラメはそれが何をもたらすのか、あるいはどんな道具になるのかがわからない。だが読者の皆さんなら既に理解しているだろう。弓だ。
ザラメは悩んでいた。どうしてもそれが必要な気がしたのだ。だがいくら考えてもその答えにありつくことはない。まぁいーや、と投げ出そうとしたが異様に心に引っ掛かり思考が戻ってしまう。何か打開策はないか…彼女は考えた。そして目を開いて明るい表情をした。
「そーだ、シロヅカ=サンにきけばいいんだ!」そう思い付いたら行動だ。好都合にも今日はこうじょうでのおしごともない。彼女が知るよしもないが大抵の人なら今日はタイアンだと言ったろう。だがあなたの家にあるカレンダーをご覧いただきたい。この日付はブツメツである!
「シロヅカ=サン、どこにいるのかなー?」彼女はビジネスがあるから不定期に来る。次いつ来るかは解らない。それまでこの衝動を留めておくのは無理だ。「あ、ザラメ=サン!ザラメ=サン!」小走りのザラメを呼び止めたのは10歳ほどの男の子。
ザラメも知ってる男の子だ。「どうしたの?」「あのね…こわい人が…」男の子は泣きながら話す。「お母…さん…連れてっちゃっ…」言葉を話せなかった。だが母親がどこかに言ったというのは伝わった。
「わかった!さがしてくるね!お母さんの名前はなんていうの?」「ハネノ…」「ありがとう!じゃあオタッシャデー!」ザラメが困った人のお願いを聞くのは珍しいことじゃない。身なりは酷いが頼れる奴でもあるのだ。
「えっと、人からきいてみよ…」対重金属酸性雨コートをまといザラメはネオサイタマの市街地へ行く。直感的に市街地に連れていかれたのだろうと理解した。だが彼女は何故かあのオブジェを完成させられないままにしておいたのがどこか気になっていた。
ザラメは道行く人々にハネノの行き先を訪ねてみた。殆どは無視された。こんなろくでもない奴に構う人はいない。「ワッ」大柄なユーレイゴスにぶつかってしまう。逃げようとしたが、足がすくんだ。その目が恐ろしく怖いのだ!まるでオバケに金縛りにあったかのようにザラメは静止していた。
「ザッケ…」そのゴスはヤクザスラングを吐きかけて、やめた。「気を付けろよ」「ハイ…」ザラメは怯えていた。あの時、車でキカイの人に突っ込んだときよりも、もっと怖かった。だけど何かを直感し、勇気を出して話しかける。
「あの…ハネノ=サン…ヤクザに女のひとがつれてかれるの、みなかった?」「ああ?まあさっきそこの角を曲がっていったが?」「ありがとー!それと…」ビンゴ!ザラメは己の決断を誉めた。そしてもう1つ尋ねた。「ねえ、シロヅカ=サンがどこにいるか知ってる?」
ユーレイゴスは目を丸くし、直後警戒した。余りにも意外な名前が出てきたからだ。「…知らんな」「そう…ごめんね。あ、これあげる!オタッシャデー!」タッパーからイナリ・スシを取り出して手渡し、駆けていく。
「………」ユーレイゴスは沈黙し、考えた。シロヅカという名前、そしてイナリ・スシ。「…偶然だろ」だが否定しきれぬ。霊感のある彼はこういった直感はなにかしらの兆しだと思いやすいのだ。「俺は霊感が鋭いからな。こういったものは当たるのだ」彼はIRCを取り出し、メールを送った。

ザラメは路地裏を軽快に進んでいく。早く見付けて連れて帰ろうと思っていた。しかしウカツにも彼女は拐われたハネノがとある目的でヤクザに狙われている、ということに気付かなかった。
(いた!)ドアを通っていく見知った女性の背中。前後にはヤクザ。チャカで武装している。恐らく荒事になるだろう。こっそり忍び込まねばならない。ザラメは注意深く物音を探り、誰もいないことを確認するとツールを取り出し解錠を試みる。カチャリ、と音がしてロックが開く。
慎重に部屋を進んでいく。ヤクザが二人なら失敗は許されない。撃たれないように忍び込み、背後からの一撃で一人、もう一人は待ち伏せして殺す。そしてハネノが連れていかれた部屋にたどり着く。

「こいつで間違いありませんか?」「フム、ハネノで間違いない」ヤクザはIRCのカメラ機能を使い映像を送信する。「約束通り今回のミカジメはタダにしてやろう」「「アリガトウゴザイマス!」」「では俺は明日行くから監禁しておけ」「ハイヨロコンデー!」
勘のいい人なら電話の先にいたのがニンジャであることに気付いただろう。ニンジャがただの人さらいをするだろうか?これにはハネノの体内に秘密があるのだ。
ハネノは実はカネモチの家系の娘なのである。だが親は死んでしまい彼女は身寄りもなく気付けばネジレシッポ・ジャンクヤードに流れ着いていた。その途中のオイラン・ビズにより一人子供をつくった。
その親の遺産は取り決めにより相続権利書を持ってきた者に渡ることになっている。そのありかが…ハネノの体内なのだ!このことを知った先程のニンジャ…ソーサラーはハネノの捜索をヤクザに依頼したのだ。
(これで夜逃げの準備ができる…!)ヤクザは心の中で喜んだ。ソーサラーは邪悪なソウカイニンジャである。このヤクザも高いミカジメにやっていけなくなり、夜逃げを決意した。こっそりやらねば殺される。モータルとニンジャの力の差は絶対的なのだ。

それはそうとザラメはこんなことを知るよしもない。あとはどうやって背後を取るか。周囲を観察する。その時壁にかけられたパイプ椅子がひとりでに倒れる。ガシャリ、と目立つ音を出してヤクザは振り替える。「エ?」その視線の先には…ナムサン!ザラメが映ってしまった!
「ザ、ザッケンナコラー!」「イヤーッ!」ザラメは反射的に物陰に隠れる!素早い状況判断!銃弾が脇を掠める!だがカラテもない近接武器だけの少女がチャカで武装したヤクザ二人には勝てぬ!ザラメは不利を確信し逃走!
「ダッテメオラー!」ヤクザは走ってくる!持ち前のすばしっこさで逃げ回るがジリー・プアー(徐々に不利)!ザラメは手当たり次第置いてあるものを道に引き摺り落とす。即席のトラップだ。「ザッケグワーッ!?」足をとられたヤクザが転倒!見事な状況判断!
(あいつを捕まえないと…死ぬ!)ヤクザの目は血走っていた。あの女はきっとハネノを取り戻しに来たに違いない。逃がせばまた誰か来る!そうして取り戻されたらソーサラーに殺される!
ザラメは物を引き摺り落としながら逃走!だが次に掴んだものが引っ掛かって落ちない!(やばっ!)「シネッコラー!」かがんだザラメの上を銃弾が通過!アブナイ!「イヤーッ!」ザラメはハンマー的な物を投げる!「グワーッ!?」実際賭けであるが命中!しかしヤクザは止まらぬ!
「チェラッオラー!ダオラー!」ヤクザ発砲!アブナイ!だがザラメはいない!「エ?」そしてチャカが手をすり抜けていく。「イヤーッ!」「グワーッ!?」ヘッドショット!ザラメは隠れてチャカを盗み、射撃したのである!
チャカがある。ならハネノを助けよう。ザラメは戻ってハネノを確認しにいく。だが一人殺した安堵感が彼女を一瞬油断させてしまっていた。片方のヤクザはまだ殺していない!「ザッケンナコラー!」「!」追い付いたヤクザがチャカを放つ!「グワーッ!」脇腹に命中!
激痛!だがここで死ぬわけにはいかない!チャカを手放さず構え「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「グワーッ!?」ヤクザは半狂乱して連射する!次々に命中!ザラメは弾かれ倒れた。
「ハァー、ハァー…俺は…死にたくねぇ…」空になったチャカを数初カチカチと鳴らしたあとヤクザは正気に戻る。目の前の女は何発も銃弾を受けた。まず死んでいるはずだ。「…もしや協力者がいるんじゃ?」ヤクザは不安から思い至る。もしかして殺してしまったら何も情報を引き出せないのでは?

「…」体が動かない。痛い、怖い。こんなの初めて…視界がぼやける。ザラメの目には盗みをした光景、殺した光景、作った謎のオブジェ、食べたスシなどが泡沫のように浮かんでは消えていく。ソーマト・リコールである。
おもむろに彼女はそれらに手を伸ばす。触れた。じゃあ組み立てよう。何故か彼女は起き上がっていた。そしていつもの壊れたトレーラーハウスにいた。そしていつも通りに目的もなくそれを組み立てる。不揃いな金属の廃品がひとつの形になっていく。弧を描いた中心より下に持ち手のある変な棒に。
「うーん…」何かが足りない。決定的な何かが足りない。考えても思い浮かばない。そんなとき菖蒲色の髪の美しいワーキツネが入ってきた。「ドーモ、って今度は何を作ってるんだ?」「なんだろー?こーんなもの」片手でそれを持って引く動作をする。
「ああ、弓か。じゃあ弦が要るな。とはいっても持ち合わせはないから今度持ってこようか。矢も必要だな」「わーい!」ゆみ、げん、や。その響きが不思議なほど耳に馴染み、悦びを以て伝わった。シロヅカはじゃあ取ってくるからと後にしようとする。
「あれ?」ザラメはその背に違和感を感じた。いつもシロヅカ=サンの尻尾はもっふもふな筈だ。だけど今日は細い。ザラメには何かは解らぬ。だがいつもと違うことは解った。「しっぽ、へんだよ?」シロヅカは笑みを含みながら振り返った。
「…よく気付いたね」ワーキツネの輪郭が歪む。そしてそれはザラメのように髪を後方でふたつ結んだ…動物?黒い毛むくじゃらの人?瞳は細く、とがった大きい耳が頭の上のほうにある。「ドーモ、ザラメ=サン。いい洞察力だ」「シロヅカ=サン!?え?!え!?」
ザラメの目の前では理解できないことが起こっている。「さて、あとは弦と矢が足りないんだ。まず弦を張ろうか」そのザラメめいたワーキャットは己の毛皮を剥がす。ネコなのに何故か1束の緑色に発光する長い毛が取れた。しかもネコの毛皮は何事もない。
「ほら、できた。持ってごらん」「わぁ…」まるで長年使ってきたかのように手に馴染む。「あれ、やはどこにあるの?」「ここに」「ありがとう!」それは緑色に発光する半透明の矢だった。「これを…こう?」「そう、遥かに良い」ネコめいたザラメは笑った。
「じゃああれ目掛けて射ってみよう」
「え?」ザラメの目に映ったのは…銃弾を受けて血を流し倒れた自分。「え?え?!」自分を射つ?死んでしまう!「ザラメ=サン。人は小さな生き物だ。簡単に死んでしまう」ザラメは返す言葉が思い浮かばない。ネコめいたザラメはザラメに抱きしめる「だからぬくもりを分けてあげる」「…どうすればいいの?」「人じゃなくなるんだ。戻れる可能性があってもなくても、それでも進む?」
ザラメは迷わなかった。「やるよ!」ザラメは矢を構えた。「ちなみに僕はネコだよ。ネコも小さな生き物だ。覚えてね」「うん!」弦を弾く。強弓を信じられないほどの力で引く。肩が外れてしまいそうだ「ま…まけないよ…!」ネコめいたザラメは答えない。
「僕は生き物だ。僕はネコだ。僕はニンジャだ。僕は君だ」よく狙って、外さないようによく狙って。「出会えるって思いもしなかった。もう一度…」矢を放つ!「イヤーッ!」それは真っ直ぐ正確に倒れたザラメに飛ぶ!「グワーッ!?」命中!そして自分にも命中!激痛で体が熱を持つ!

負けないよ 僕は生き物で…

そこから先は霞んだ。体の熱さに消された。アホな夢見てるみたいだが、不思議と夢なような気はしなかった。重力がザラメを現実に引き戻した。ヤクザが何か話してる。「もっと警備を増やさないと危険です!」頭の上のほうから、はっきりと聞き取れた。
カラン、カランと体に入り込んだ銃弾が零れ落ちた。落ちた箇所の衣服は破れているが、傷はなかった。痛みも同様になかった。全身には熱が帯びる。そして不思議なぬくもりを感じる。また尻のほうに蠢く細い物を感じる。それらをいずれも不自然には感じなかった。
「早く…アイエエエ!!!」ヤクザが悲鳴を上げて失禁した。目の前で倒れた人間が毛皮を生やして蘇ったら無理もない。さながらライカンスロープとゾンビの伝説の悪夢的融合!慌ててチャカを放つが弾倉が空!「アイエエエ!」
熱がこもる身体には感じたことのないほどの力がみなぎっていた。それは…「イヤーッ!」「アバーッ!?」ザラメは回転蹴りを繰り出す!ヤクザの首が一撃で飛ぶ!その正体は溢れんばかりのカラテ!ニンジャの、カラテ!
その体躯からは想像できない威力!
「…あっ!ハネノ=サン!」目的を思い出しザラメは走る!途中顔を隠したくなってそこらへんにあった布で口元を隠した。ニンジャだった。ワーキャットのニンジャだった。さらに適当にガラクタを掴んだ。真ん中少し下に細くなった持ち手のある沿った棒になり、緑色の光が弦と矢の形になった。
「ハネノ=サン!大丈夫!?」「だ、誰アイエエエ!?」突然現れたワーキャットにハネノ失禁!「…?ザラメだよ!私はザラメだよ!」「アイエッ?」よく見ればその身体的特徴はザラメと一致していた。「はやくかえろ!」「ハ、ハイ!」
不安定な場所をネコめいて軽々と飛んでいく。ハネノは途中まで走っていたがザラメは抱き抱えて走った。とても軽かった。なんでもできる感じがした。そして頭の上の大きな耳で物音を感じ取った。「ちょっとまっててね」
廃材の弓矢を構える。「イヤーッ!」現れざまに矢を射る!「グワーッ!」「アイエエエ!?」ヤクザが8名ほど!増援に駆け付けたのだ!一人は矢を胴に受けて死亡!矢の当たった場所は球状に抉りとられるような負傷!サツバツ!「イヤーッ!」宙返りしながら矢を一本、二本放つ!なんというアクロバティック射撃!「「グワーッ!」」ヤクザ二人死亡!
「アイエエエ!?ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」残ったヤクザは狂乱してチャカ乱射!だがそのネコの目は弾丸の軌跡を正確に捉える!「イヤーッ!」スライディングして避けながら矢を三本発射!「「「グワーッ!」」」三人死亡!ワザマエ!
ザラメは跳躍しながら残りの二人に狙いを定める!「「アバーッ!?」」死亡!何事!?その首筋には…スリケン!ニンジャの仕業!ザラメは飛んでくるスリケンを弓で受け着地!

スリケンを投げたニンジャがアイサツを決める。「ドーモハジメマシテ。ソーサラーです」ザラメは衝動的にアイサツを返す。「ドーモ、ソーサラー=サン。ザラメです」したこともないオジギを流暢に行う。
「貴様、相続権を横取りする気だな。許さぬ!イヤーッ!」投げられたスリケンは火炎を纏う!カトン・スリケンである!「イヤーッ!」ザラメはスリケンに素早く矢を放つ!空中で相殺し落下!
「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」空中でいくつもの光の矢と炎のスリケンが連続して相殺、目映い爆発を起こす!花火めいた美しい光景、だがそれは相手を殺すという意思で放たれた攻撃の応酬による超常のヒガンバナ!
「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」ソーサラーは跳躍し空中で回転しながらカトン・スリケンを放つ!「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」壁を蹴りつつザラメは矢を放つ!だが一つは狙いが逸れた!カトン・スリケンがザラメに刺さる!「グワーッ!」
毛皮が焦げる嫌な臭いがするが怯まず矢を放つ!「イヤーッ!イヤーッ!」だがアサッテ!「もらった!イヤーッ!」「イヤーッ!」ザラメは相殺のための矢を放つ!だがこれもアサッテ!?集中力が途切れたか?!否!飛翔する光の矢を見よ!それは曲がってソーサラーを狙う!「グワーッ!」命中!皮膚が抉れる!
「イヤーッ!イヤーッ!」残りの矢をスリケンで相殺しつつソーサラーはじりじりと間合いを詰める。「イヤーッ!イヤーッ!」ザラメも負けじと矢を放つ。しかし狙い損じいくつかスリケンを浴びる!「グワーッ!」その一瞬の隙にソーサラーは大振りの構え!「イヤーッ!」ひときわ大きい炎をまとったカトン・スリケン!
「イヤーッ!」ザラメはそれを撃ち返す!が、推進力が違う!落ちぬ!矢を弾き返しザラメ目掛けて一直線!「グワーッ!」ザラメの肩を焼きながら引き裂いた!弓を手放し吹っ飛ばされるザラメ!今のはソーサラーのヒサツ・ワザである!そしてそれをもう一度準備するソーサラー!
ザラメは視線を戻す。弓がない。それどころか手を握れない。これでは矢が射れぬ。妨害も間に合わぬ。万事休すか。だが負けるわけにはいかない!利き手でないほうで近くにあった石を投げつける!「ムッ!」一瞬動きが止まるソーサラー。だがヒサツは止まらぬ!
「イヤーッ!」致命の炎のスリケンが投げられる!それは凄まじい弾速でザラメに迫る!ザラメは…避けられぬ!「グワーッ!」爆発!

視界が開けると炎をまとったスリケンは空中で静止していた。いや、なんかぼやけてる?その先には…オバケめいた存在がスリケンを止めるために手を伸ばしている!ニンジャだ!ザラメにはスリケンは届いていない!しかしこのニンジャは一体?
「ドーモ、スプーキーです」「ドーモ、スプーキー=サン。ソーサラーです」オバケの姿が戻る。その姿、先程のユーレイゴスではないか!「やはりな、俺は霊感が強いんだ」「スプーキー=サンだと!?まさか相続権を横取り来たのか!?」
ソーサラーがビビるのも無理はない。スプーキーはソウカイニンジャの中の精鋭…シックスゲイツである!8年ほど前のシックスゲイツの一員なのだ!当然、そのワザマエは並のものではない!
「イヤーッ!」カトン・スリケンを放つソーサラー!「相続権?面白いものを持ってるな。俺がいただこう!」スプーキーは半透明の4mほどある大きなオバケに変わる!これはヘンゲヨーカイ・ジツの一種、オバケヘンゲである!「イヤーッ!」オバケの手が伸びてスリケンを弾き飛ばしつつ拳を叩き込む!「グワーッ!?」一撃で吹っ飛ぶソーサラー!なんという破壊力!
「アバー…」このオバケは実体がある。そしてその破壊力は圧倒的だった。ソーサラーはたった一発で体の半分ほどの骨が折られてしまっていた。「どれ…相続権とはなんだ?」「アバーッ!?アバーッ!?」「話さんと死ぬぞ?」「ハネノ=サンの…体内の…」「よしわかった。死ね」「アバーッ!?サヨナラ!」オバケの半透明の手の中でソーサラーは爆発四散した。

「お前、シロヅカ=サン…いや、シルバーフェイス=サンとどんな関係だ?」「え?…えーと…たまに一緒に寝てる?」それを聞くとスプーキーは笑いだした。「何っ!?あいつがついに女を作ったか!からかってやるか!!」「え?え??」話についていけないザラメ。「……んなわけないだろー!!」「グワーッ!?」
ツッコミの主は菖蒲色の髪の銀のワーキツネ…シルバーフェイスである、「お前にしては遅かったな?もう少しでお前の女は死ぬところだったグワーッ!?」「違うと言っているだろ!」「いやーお前もやはり男なんだな!前後せずにはいられなグワーッ!?」「そういう事ではない!」
ザラメの目の前、オバケとキツネが激しいカラテの応酬をしている。それはネオサイタマでも滅多に見られないほどの高度なカラテ…シックスゲイツ同士が喧嘩しているようなものだ。だがこの一見サツバツとしたような応酬、をする彼らの瞳は、楽しそうだった。

「ご機嫌だな?」「当然だ。俺のクラブが新しくなるんだ」シルバーフェイスとスプーキーは廊下を歩きながら話していた。二人は同期であり、しばし任務を共にした仲である。今は互いに非凡なカラテでネオサイタマに跳梁する。
ハネノの体内にある相続権はスプーキーが持つことになった。ハネノは相続権争いが嫌で逃れてきており、相続権証明書を進んで渡してくれた。彼女はちゃんと男の子のもとに戻れた。もう狙われることはないだろう。いや、仮に狙われても今度は簡単にはさらわれまい。何故なら…おっと
二人はある部屋に入る。そこにいたのは行儀悪くスシを口に詰め込むワーキャットで、ニンジャで、ザラメ。「おいしいー!!」普通のスシなのだが、この世の天国のような表情であった。
「ドーモ、シルバーフェイスです」「ドーモ、スプーキーです」「もぐもぐ…おーも、ざらめです」これはかなりのシツレイだが、二人は気にしなかった。「ザラメ=サン。早速だがお前のニンジャネームが決まったぞ。俺の偉大なる先祖が教えてくれた」「…」シルバーフェイスは無言で突っ込んだ。スプーキーは大のオカルト好きであり、多数のユーレイゴスを従えている。
「シャイニングボウだ。輝く弓だ。いい名だろう。さすがは俺の先祖だ」「全く…全うな名前なのが余計に腹立たしい」「???」ザラメはいろいろと理解は出来なかった。だが自分の内側でその名前を快く受け入れる自分を感じた。
「わかった!私はシャイニングボウ!私はザラメ!」「まあ、気に入ったのならいいか…改めてシャイニングボウ=サン。ネジレシッポ・ジャンクヤードをこれから頼むぞ」「うん!」ザラメは…これからはシャイニングボウは…どちらにせよネコで、小さな生き物は最後のスシを口に運んだ。「全部一人で食いやがったな、こいつめ」「………やはり最低限の礼儀は教えるか。モシモシ?」シルバーフェイスはスシを追加注文した。


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