マドンナと政治と日本

マドンナが、SNSを使って、大統領選挙の期日前投票で民主党のバイデン候補に投票したことを報告し、他の人にも投票を呼びかけたという。

マドンナは、今でこそ社会的活動を積極的に行うアーティストとしてよく知られているけれど、彼女が「ライク・ア・ヴァージン」でブレイクした頃、誰もそんなふうになるとは予想しなかったはずだ。

あれは1984年、自分が大学に入った年だった。1981年にアメリカで放送開始されたMTVの影響で、ロック/ポップス系のアーティストはこぞってミュージックビデオ(当時は「ビデオ・クリップ」と呼ばれていた)を作っていた。日本でも以前からあった小林克也がMCを務める「ベストヒットUSA」(テレビ朝日系)に加えて、ピーター・バラカン司会の「ポッパーズMTV」(TBS系)という音楽番組が始まり、洋楽好きの若者は必ず見ていたと思う。

そして、これらの番組で頻繁に流れていたのが、「ライク・ア・ヴァージン」のビデオ・クリップだった。

https://youtu.be/s__rX_WL100

これはおそらく本国アメリカでも同様だっただろう。マリリン・モンローを意識した第二弾の「マテリアル・ガール」

https://youtu.be/6p-lDYPR2P8

もそうだったが、女性のセクシーさを強調するこれらの曲の映像が、マドンナのブレイクを強力に後押しした。確かに初期のマドンナの楽曲には蠱惑的なヴォーカルとノリの良さを含めた秀逸なアレンジが施されているが、完璧に作り込まれたこれらの映像がなければ、あそこまでブレイクしたかどうかはわからない。(実際、当時のマドンナやシンディ・ローパーといった新人たちは、みんな「MTV時代の申し子」と呼ばれていた)

折しも、東京には「カフェ・バー」という、従来のカフェでもバーでも、ライブハウスでもないオシャレ空間が雨後の筍のように出現し始めており、そうした店はどこも大きめのビデオモニターやスクリーンにミュージック・ビデオを流していた。マドンナのクリップはそうした店でしょっちゅうかかっていたわけで、ヒットしないほうがおかしい。

少し話がそれたけれど、つまりブレイク時のマドンナは、「男に性的対象として見られるような可愛くてセクシーな女性」というイメージを打ち出していたわけだ。言い換えれば彼女は大衆消費社会のアイコンのような存在だったのだ。もちろんこの頃のマドンナに、ボブ・ディランやジョーン・バエズといったフォークシンガーたちのような、政治や社会に対する発言はない。それが現れるのは、十分に功成り名を遂げた後、21世紀になってからの話だ。

しかし、そうであっても、自分は素晴らしいことだと思う。当初のマドンナは、決して「ロック・アーティスト」という見られ方はしていなかった。むしろ、「MTVの恩恵を受けて出てきた一発屋風ポップ・アイドル」という一種のイロモノ的な見方が、アメリカでも日本でも強かったはずだ。それを地道な活動で少しずつ実績を積み上げ、現在ではアメリカを代表するアーティストとしての地位を築いたのである。

顧みて、この日本ではどうだろうか。アーティストを自称するプロの音楽家は山ほどいても、政治や社会問題を口にする人間は両手で数えられる程度しかいない。それも新人だけではなく、ベテランの域に達した人もである。その中には「ロック」を標榜する「アーティスト」も多いが、しかしそういう人たちがこだわっている「ロック」とはいったいなんなのだろうか。

自分は、決して「ロック・アーティスト」を名乗らないマドンナのほうが、彼らよりもよっぽどハードでタフだと思うのだが。

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