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6.先生とのおしゃべり


レッスンは おしゃべりから始まる。

家族のこと。
仕事のこと。
健康のこと。
昔のこと。
最近のニュース。
前のレッスンから今日までにあった
いろいろなこと。

個人レッスンだし 音も漏れない。
共通の知り合いも いない。
つまり ここでの話は
これ以上 どこにもいかない
という保証があるのだ。

***

ある日
お教室のドアを開けると
私は 荷物も置かずに言った。
「先生聞いて」

PTAの話だ。
前例を踏襲した 効率的とは言えないやり方。
お互いつかまらず すれ違う電話。
それは 前任の勘違いが発端だったのだが
結論だけ吹き込まれた メッセージは
決して覆らない 欠席裁判の判決のように
私には 思えたのだ。

先生は
あれこれと口を挟みながら
自分のことのように聞いてくれた。
たしなめなんか しなかった。

そして
とうとう話すことがなくなった私を見て
ひとこと言った。

「もう 時間だね。
今日は お金はもらわないよ」

お教室を出ると
汗ばむ陽気に 日差しがまぶしかった。
初夏の青空と同じくらいすっきりした私は
少し 反省した。

これから
「先生聞いて」は
1回 弾いてからにしよう。

***

学生生活 受験 進学 就職 結婚 出産
仕事と育児の両立。
先生は私をずっと見ている。

そのとき そのとき
親にも友達にも話せないことを
先生とは たくさん話した。

音楽のことも そうでないことも 
たくさん 学んだ。

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