『楽園』3~悲しくて優しい物語~

前のページへ

 ノアエディション(フリーペーパー社)に雇われている前畑滋子の元に、中年女性・敏子が訪ねてくる。敏子には夫はおらず、40歳を過ぎてから産んだ一人息子・等を事故で失ったばかりだった。敏子は等には超能力があったのではないかと思っており、滋子に捜査を依頼に来たのだ。
 等が生前に描き残した絵には不思議なものがあり、それがサイコメトラー能力のなせるものではないかというのだ。
 滋子はこれを敏子が息子の死を受け入れ、思い出にするための「喪の作業」ととらえ、依頼を受けることにする。
 その過程で、焼け跡から16年前に失踪した娘の遺体が発見された土井崎家が絡んでくる。娘を殺したのは両親だったが、すでに時効は成立しているのだが――。

あおぞら会から○○よんでくださいまで


 ※ネタバレあり

 等くんは児童相談所の紹介で「あおぞら会」という団体に所属していました。ハイキングをしたり、読み聞かせをしたりといった、「大きな子供会」というような慈善団体です。
「あおぞら会」の描写はとても楽しそうで想像力を掻き立てられます。
 自分も子供の頃にこういう団体(?)の紹介で定期的に劇を観に行っていたのでそれを思い出します。
 図書館の描写は中でもワクワクします。 自分が子供ならぜひ利用したいです。
 家具の先が丸いというところとか特にいいなと思いました。
 こういう、観る者の想像をかきたてる描写はとても大切ですね。

 滋子は教育雑誌に載せたいといって取材をしますが、もちろんそれは嘘です。

 口から出任せもいいところだが、必要とあらばこれができなくては物書きは勤まらない。

 こういう嘘は取材の世界では多いのかもしれませんが、された側はいつ載せてもらえるか楽しみに思ったりもするので、読んでいて複雑でした(笑)。

 児童相談所の宮田先生の話で、滋子は「等の死は事故ではなく自殺ではないか」というショッキングな噂があることを知ります。
 噂はセンセーショナルならセンセーショナルなだけ面白いのです。 知らないうちに事実から離れていくのが怖いところです。
 無責任な噂は人を傷つけるのだと、改めて思いました。気をつけながら生きたいです。

 噂の原因として「あおぞら会」に等くんが加入していることがあります。「あおぞら会」は、いわゆる問題児の会だと誤解されているのです。
 何ともいたたまれない話です。

 さらに、等くんの担任をしていた川崎先生に「何か」あることを察します。

 花田先生は二度目会った時には半分ほどの美人にしか見えないというのが、滋子の心理を秀逸に表しています。
 それは滋子の「目」のせいかもしれないと。

 花田先生の最初の好印象からの株の下がりようがすごいです(笑)。

 そして、花田先生に鎌をかけて、川崎先生が「何を」したのかを探ります。
 黙っていることで墓穴を掘らせるやり方が怖いです。
 宮部みゆきさんの小説は嘘や隠し事をあばく展開が多くてひやひやします(笑)。

 さくら小学校の暗部を暴くつもりはない、といいつつ、やろうと思えばできますけどね。と弱味を握ってちくりと攻撃する滋子のゲス具合(笑)。まだ年若い花田先生が太刀打ちできようはずもありません。

 問題教師のたらいまわし。学校単位のババ抜き。
「学校単位のババ抜き」という表現が秀逸だと思いました 。
 セクハラ教師に不倫教師。

「隠蔽体質ですね」

 とチクリとやるのがすがすがしいです。

 今はもう、学校は聖域ではないのだ。

 学校とは無縁の生活をしている自分も、学校には聖域であってほしい気持ちがあります。だからこの一文には滋子と同じショックを感じます。

 そして等くんは、川崎先生の頭の中を観ていたのです。
 児童相談所の宮田先生は、等くんから話を聞いていたのに何もしませんでした。

「児童に対する性的虐待という犯罪を告発するために必要な資格とは何でしょう?」

 滋子の青臭さは変わっていなくてなんだかほっとします。
 しかし、超能力など非現実的である以上、宮田先生のいうこともわかるのです。等くんのあいまいな証言だけで、告発などできないということは。
 宮田先生が悪い先生でないことは十分に伝わります。

 こういう悪いことをする先生だったらいいのになと思った。川崎先生を嫌っている自分を正当化できる。

 と宮田先生は等くんの心を推測します。
 多かれ少なかれ、大人でもこういう部分はあるのではないでしょうか。 世の中の真理をついた言葉だと思いました。
 もっとも、等くんの場合は、妄想や願望ではなく、実際に川崎先生の行動が見えてしまっていたからなのですが……。

 たまらず、滋子は「等くんに超能力がある」と言ってしまいます。

 言ってしまった。

 宮田先生には呆れられますが、滋子自身は「ルビコン川を渡ってしまった」のです。
 滋子がようやく、等くんのサイコメトラーを事実として認めることになりました。

 再び断章について。

 昌子ちゃんは周りを馬鹿にしていて、それが原因で親には怒られ、クラスでは独りぼっちとなっています。
 勉強もまったくついていけず、楽しくありません。
 そんな鬱屈した気持ちの中、「おばけ屋敷」を毎日見上げることで自己満足に浸っています。

 そんなある日、白い手がカーテンの隙間からごみを捨てるのを見ます。それを何度も手が指さします。
  これはとても印象的なシーンでした。
 ディズニーアニメのヒロインのような優雅な動きでイメージが再生されます。

「ごみ」には言葉が書かれていました。しかし、勉強のできない昌子ちゃんにはひらがなしか読めません。

「――けて」
「――よんでください」

 とても。とても怖いシーンでした。
 気づいてもらえないという絶望でこの章は終わるのです。

 →その4(両親の話から警察よんでまで)へ  


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?