模倣犯

『模倣犯』宮部みゆき(6)~ヒロミの死後~

小説の感想です。

2001年出版(日本)
著作、宮部みゆき  

 高校生の塚田真一は、犬の散歩の途中、公園で人間の片腕を発見する。そこから明らかになる連続誘拐殺人事件。失踪したと思われていた女性たちは殺されていた――。片腕とは別に発見されたハンドバック の持ち主・鞠子の祖父、義男。事件のルポを書くライター、前畑滋子。犯人を追いかける警察、武上・秋津・篠崎……そして犯人たち。
 マスコミにかかってきたキイキイ声の電話による犯行声明から、事件は動きだす。

 →前(ピースとヒロミについて)へ


※ネタバレあり


~ヒロミの死後~

 ピースはヒロミを殺すつもりでさしむけたのではなかったようですね。
 本当に、カズと、ヒロミくんと、世間を舐め切っていただけだったのか……。映画を先に観ているので、ピースはてっきりヒロミを死なすつもりで送り出したと思っていました。なのでちょっと拍子抜けしました。
 ピースはやっぱり、ただの「子供」で、後先考えない嘘で大人を騙せると思っていたということなのでしょうか。
 サイコキラーを描いたというより、子供(大人子供)の愚かさを描いた作品だと思いました。
 すごい完全犯罪、解き明かせない謎、怪物に迫る話ではない、いつかはほころびの出る幼稚な犯罪として描いています。そこが貴志祐介さんの描くサイコパスとは違うなと思いました。
 そう、ピースはサイコパスではありません。
 けれど、サイコパスとはまた違う不気味さとか怖さが、この犯人にはあります。子供って確かに何するかわからない一面がありますからね。

 ピースは予想外だったとはいえ、ヒロミの死を悲しみません。それはそれでいいと笑います。あんなにヒロミくんはピースを好きだったのにと思うと可哀想になります。

 ヒロミの死によって、ヒロミの自宅に保存されていた被害者の写真が明らかになります。
 被害者遺族の中で、妹が犠牲になった家族の話が印象的でした。

 問題児の妹と、我慢ばかりしていた姉。ダメダメな妹の心配ばかりする両親が姉は許せません。
 そんな中で家出だと思っていた妹が被害者として見つかったのです。
 妹(みどり)が行方不明になった時に、妹と面識のある刑事に捜索願を出すように進められていました。

 みどりは本当は悪い子ではない。
 捜索願を出すのも、みどりが帰ってきたとき、ほらお父さんもお母さんもお姉さんも、警察に駆け込むくらいにあなたのことを心配していたんだよと本人に知らしめるためだと。

 それに姉は反発します。妹に迷惑かけられっぱなしで、自分はずっと我慢してきた。そんな中で、さらに心配していたことを教えてやる必要なんてない。捜索願を出すくらいなら自分が家出してやる、と。

 ここで捜索願を出していたら、結果は違っていた……かもしれません。
 長女の気持ちもわかるから複雑であり、悲劇です。

 宮部さんの小説は姉妹とか兄妹間の問題が描かれることが多い気がします。特に姉の出現率が高いような(『楽園』と『模倣犯』はつながっているので「あえて」かもしれませんが)。
 家庭環境が子供の人生や人格を左右するということがテーマにあるのかなと思いました。

 写真の中で、暴行されていない綺麗なものを選んでみせるものの、それでは納得しない姉。「妹は犯人の共犯だったのかもしれない、それくらいのことはやる人間なんだ」と。
 強引に他の写真を見てトイレに駆け込むのがいたたまれません。でも長女の気持ちもわかります。それだけ我慢させられてきたのでしょう。
 だからこそ残酷。今後の人生の彼女の悔恨を考えれば。
 直接的に書かれていない、しかしトイレに吐きに行くというだけでどんな悲惨な状態だったか想像ができるところがすごいです。
 姉は、妹が被害者なんて(同情されるなんて)思われたくないという反発だけではなく、犯人グループの一員としてでも生きていて欲しいという気持ちもあったのではないかと感じました。

 長女の頭の良さに感心したし、その頭の良さがちっとも彼女を幸せにしていないことに暗澹とした。

 という文章がやりきれないです。

 カズの妹・由美子は、カズが犯人扱いされているので、周囲の目におびえて生活しています。
 誰もが自分を知っているような恐怖や被害妄想の描写がリアルです。

 交差点で混乱している由美子の前に颯爽と現れる網川浩一――ピース。
 正義のヒーローのような顔をして、由美子を手中に収めるわけです。
 この登場は鳥肌が立つような怖さがありました。

 一方、義男は、知らず知らずに犯人の手伝いをさせられた女子高生(日高千秋)の母親と会います。
 鞠子が品行方正で落ち度がなかったのに対して、千秋は援助交際をしていて気軽に知らない男性についていくような女の子でした。

 義男は、「無垢の鞠子と自ら危険地帯に足を踏み込んだ日高千秋は違う」と、一緒にしてほしくないと考えます。
 同じ被害者の身内でも気持ちが違って、複雑ですね。
 それでも、千秋の母と話すうちにだんだんと気持ちが変わっていく義男は偉いと思いました。

 作中で、人気声優のやっている女性番組が出てきます。
 投稿の仕方はメールではなくハガキにこだわっているという話が、なるほどなと思いました。
 たしかにデジタルだと、気軽に安易に、アナログでは言いよどむことを書きこんでしまうところがあります。
 自分の手で書き、ポストに運ぶ。その間に冷静になるから、出来心での問題的な内容なら投稿をやめられます。その分、届く内容は本心に近く熱量が多くなります。
 現在(2017年)はさらに時代が進み、ツイッターなどで思いついた言葉を息を吐くようにつぶやくことができます。思考がそのまま垂れ流せる状態は「新世界より(貴志祐介)」で言うならゴウマになりかけているようなものです。自分もネットに書き込む言葉には気をつけようと事あるごとに思います。
 後半で「言葉は残る」と出てきますが、まさにそうだよなと。

 この人気声優は、女性差別に対する意識が高い人です。
 彼女に限らず、「女性が被害者になる」といったニュアンスの表現がよく出てきます。
 おそらく、男女観について意識の変わる過渡期の時代で、ジェンダーについていろんな角度から切り取ってみた作品なのかなと思いました。
 過剰な女性被害者論に違和感を覚えることができるのは自分が今、幸せな時代を生きているからなのかもしれません。

 宮部さんはこの小説を通じて、「世の中には怖い男がたくさんいるから、女の子は気を付けるんだよ」という教訓を描きたいのもあるのかなと思います(笑)。

 ただ、こういうことを言っているのは被害者側で、意外とピース&ヒロミくんサイドは女を見下して食い物にしようって目的でいるわけじゃないのが興味深いです。
 ヒロミくんが一番怯えているのは「お姉ちゃん」「お母さん」ですし。一番見下しているのは「カズ」ですし。そして一回荒れたとき以外は、割と由美子には優しいのよね(笑)。
 最後にはお姉ちゃんを抱きしめて一緒にお母さんから逃げなくちゃとまで思えたのは非常に感動的だと思います。

 ヒロミくんはさらに、「いつか自分が本物のエリートになったら、それにふさわしい女性と人生を歩むのだ」と、無駄にピュアな未来予想図を持っていたりします。
 ピースは言わずもがな、男の不倫に潔癖ですしね。母親にも「恨み」が強そうです。

 どんなに男女平等になっても、ジェンダーは否定したくないですね。男女の性差をなくしたいなら人間はカタツムリにならないといけないから(もちろんトランスジェンダーを肯定しないということではなく)。

 とかなんとかって思っていたら、滋子の口から「女性を消費物として扱う男性優位社会の産物と事件をとらえるのは違う」という言葉が出てきました。
 違和感を持たせてくれたのは間違いではなかったのだと思いました。さすが、よく考えていらっしゃる。

 物語が進み、学生時代のピース・ヒロミ・カズの様子についての記述が出てきます。
 カズはピースに会うまではヒロミくんは優しかったと回想していますが、それより前からいじめられていたと学校の先生は証言しています。カズの記憶が塗り替えられているのか、いじめることもあったが優しい時もあったのか……気になります。人間って精神状態によって優しい時もあれば意地悪になるときもありますからね。カズが思い込んでいるだけだとしたら、救われないので、後者であってほしいです。

 ヒロミくんは、当時から女子生徒には人気がありましたが、男子生徒には性悪を見抜かれていました。
「一見愛想がよいが、自分より下だと思うものには意地悪で嫌な態度をとる。上だと思うものにはこびへつらう」と。見る人が見ればわかりやすいヒロミくん。
 対するピースは誰からも評判がよく人気者でした。
 それが真犯人であることが恐怖です。

 カズの妹(由美子)は、「カズが犯人だとは思えない」と周囲に訴えます。
 由美子のこの主張は、真一から見ればめぐみと一緒なのですよね。
 そこが考えさせられるところです。ここにきて、読者は初めて、樋口めぐみの心情を本気で考えるようになるのではないでしょうか。
 由美子に感情移入をさせたうえで、樋口めぐみを異常だと思った読者を、本当に彼女を異常だと、彼女の立場になって言い切れるかどうかを投げかけている点が深いです。

 由美子が何も知らないままピースにすがっていることにぞっとします。

 由美子は自分の訴えを聞いてほしくて、ルポライターの前畑滋子に接触します。滋子は世間と同じくカズが犯人だと思っていますが、加害者遺族の話を聞けることを貴重に感じ、接触します。
 そんな滋子に、由美子の気持ちを裏切るであろう滋子に、被害者遺族側の義男が苦言を呈すのがグッときました。

 そしてここから滋子の過ちが始まります……。

 →その7(由美子の運命)へ(つづく) 

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