『楽園』5~悲しくて優しい物語~

前のページへ

 ノアエディション(フリーペーパー社)に雇われている前畑滋子の元に、中年女性・敏子が訪ねてくる。敏子には夫はおらず、40歳を過ぎてから産んだ一人息子・等を事故で失ったばかりだった。敏子は等には超能力があったのではないかと思っており、滋子に捜査を依頼に来たのだ。
 等が生前に描き残した絵には不思議なものがあり、それがサイコメトラー能力のなせるものではないかというのだ。
 滋子はこれを敏子が息子の死を受け入れ、思い出にするための「喪の作業」ととらえ、依頼を受けることにする。
 その過程で、焼け跡から16年前に失踪した娘の遺体が発見された土井崎家が絡んでくる。娘を殺したのは両親だったが、すでに時効は成立しているのだが――。


※ネタバレあり


鳩子登場から茜の思い出まで


  滋子は、誠子との幼馴染である直美・勝男と一緒に、当時の茜の友達に会います。

 鳩子は、文章からも色気が漂ってくるような女性でした。
 当時は茜と一緒でグレていて、悪いことをやっていたと。
 茜が両親に殺されていたことを知っても、驚きませんでした。「やっぱりね」と。
 大人から見れば、茜が家出するのはおかしく見えなくても、近くにいた子供からは不自然に思える。
 そう考えると、大人たちは誰も、ちゃんと茜のことを観ていなかったのではないでしょうか。誰にもちゃんと見られず、ただ不良だったことだけが独り歩きして、残酷な話です。

「真面目な親の方が始末が悪いんだよね」

 茜側(ある意味で)だった人の言葉は重いです。ようやく土井崎夫妻のやったことへの批判が作中に出ました。

 しかし、鳩子は途中で茜グループと袂を分かっています。
 茜と些細な喧嘩をしたとき、別の友達に愚痴を漏らした。それが巡り巡って「悪口」となって、茜の耳に届いたと。そして、茜をアイドル扱いしていた不良少年たちから、報復を受けたと。茜がけしかけたのです。

「こいつら限度を知らないなっていうような、そんな感じ」
「やっていいことと、悪いことの区別がつかなくなる」

 背筋がぞっとします。

 その「事件」が起こっているあいだじゅう、茜はそばで観て笑っていたと鳩子は言います。
 だから怒るより悲しいより恐ろしくなったと。
 人間、本当に理解できないことをされると、その他の感情すっ飛ばして「怖い」になります。

 今のガキだともっとひどいことになっていたという昭二の言葉を否定できませんでした。
 広島のリンチ殺人をそのまま思い出してしまいました。

 鳩子は脱出することができて幸いでした。

 鳩子は水商売の世界に入って、いいママに出会って、昔の自分の愚かさに気づきます。
 水商売は大人ぶってるガキじゃなくて、本当に大人の世界です。
 そこに入ると、自分のやっていたことが恥ずかしくなるのだと。

 大人になれた鳩子と、子供のまま死んでしまった茜。
 対比が効いています。

 茜は愛情に飢えていたと鳩子はいいます。「妹ばかり可愛がられていた」と。
 だから悪い男(シゲ)にどっぷりはまってしまったのです。

「女の子が悪くなっちゃうときの典型だった」

 という滋子の言い回しが、初見時から心に残っていました。

 鳩子初登場のシーンは、勝男と鳩子がいい感じなのがほほえましかったです。
 あと、昭二が茜に対して初めて怒ったのが印象的でした。


 その後、滋子は誠子の父・土井崎元と高橋弁護士事務所で顔を合わせることになります。
 元は真面目な人でした。そのことが滋子の胸を突きます。こんな人を自分は追いつめているのだと。

 相変わらず高橋弁護士は真面目で優しく素敵です。

 滋子はボーイフレンドが強請りの犯人だと見抜きます。茜が家出するはずがない、そこに違和感を持つ「資格」がある立場。茜がべったりだったシゲしかいないでしょう。
 やっぱり茜を愛してはいなかったんだなあと思うと、茜が可哀想になります。

 それにしても、「シゲ」という間の抜けたあだ名が面白いです。

 土井崎夫妻の「シゲは天罰」という意識について、シュールな響きですが本人たちにとっては極めて真面目であるところに悲哀を感じます。

「シゲが誠子に接触する可能性がある」と言ったことへの、元の反応が予想以上に大きく滋子は動揺します。
 ここで、「今までもシゲが誠子さんに接触しようとしたことがあるのか」と推理・質問できる高橋弁護士はやはり何枚も上手です。

 シゲは誠子に金を持ってこさせようとしたり、時効間際には誠子と結婚させろと言ったりしたそうです。
 もちろん土井崎夫妻はそんな要求は突っぱねます。
 夫妻は誠子を守るためにお金を払っているのです。だから誠子への接触を許すくらいなら警察に行くと突っぱねていました。
 ベストではないがベターな選択です。一番大切なのは誠子を守ることなのだから。

 シゲの連絡は一年や三年といった間が空くことも多かったと夫妻はいいます。
 もう、大丈夫ではないか。そんな希望を持ち始めたころに連絡をして揺さぶりをかけるという点がいやらしいです。

 そして、シゲの情報が少しずつ出てきて、なんとなく断章とつながってきます。

 元は強請りのことは、誠子にだけは知られたくないと思っていました。
 しかーし! すべてを聞き出した後に、滋子はこの話を誠子に伝えるべきだと言い放ちます。なんという鬼畜。

 別に言わなくたって守れるのではないだろうか、とも思ってしまいます。
 今まで必死に隠してきたこと。誠子に教える必要があるのか?
 傷つけたくなかった。悲しませたくなかった。
 でも本人が知りたがっているのなら仕方がないのかもしれません。それがどんなに痛みを伴うものであっても。知らなければ前に進めないのなら。

 高橋弁護士は夫妻の隠し事については察していました。しかし追及はしなかった。しない選択をした。

「そんなことをしても、誰のためにもならない種類の秘密だろうと感じたからです。それは、今だってそうですよ」

 まだ隠されていることがあるのだと察せられます。
 高橋弁護士の言うこともわかります。どういう選択が本当に幸せにつながるのかは、後々になってみないとわからないものです。


 滋子は土井崎元の話をICレコーダーで盗み撮りしていました。ひどすぎる。滋子ってけっこう人格に問題があると思うのは私だけでしょうか(笑)。


 シゲとの利害関係――シゲの秘密、茜の秘密が浮き彫りになっていく様にはぞっとします。

 時効間際の、誠子と結婚させろという要求は彼のゲームのルール変更の宣言だったのです。
 シゲの時効がくることによる、終わりのない地獄。それが出頭につながったのでしょうか。

 それにしても、秋津刑事に対してと言い、野本刑事に対してといい、ペラペラしゃべりますね。土井崎夫妻の秘密を。恐ろしいです。
 茜の、クラス会でのつるし上げで「クラスにとってよくない生徒」と言われたエピソードは、とても胸が痛くなります。
 泣いて帰ってきた。そりゃそうだ。可哀想に。子供は残酷です。
 と思う反面、自分に害をなす生徒にはこのくらいのことをしたくなる気持ちもわからなくはないから、難しいです。
 ただ、やっぱり思うのは。人に存在否定されるのは本当につらいであろうということです。心だってめった刺しにされると簡単には元に戻りません。したほうにとっても、大きな心の傷になるかもしれません。人を傷付けたという事実はね。それを知ったうえでどういう手段をとるか考えなければ自分が後悔するかもしれません。
 また、茜は、誠子がずるく立ち回って茜だけ悪く見えるようにふるまっていると主張します。
  そんなことはなかったと思いますが、茜にはそう見えていたのです。
 姉でも妹でも親の愛し方が下手だとこうなってしまうのだと思うと、やるせないです。土井崎夫妻に関しては、えこひいきしていたわけでもないですし。

 親戚は、茜は愛情に気づかず背を向けていただけだと言います。きっとそうなのでしょう。でも、それが茜の見える世界の現実なのです。後ろ側には気づかない。目の前に広がる、荒涼とした世界しか見えない。それが茜の世界だったのです。
 それでも茜に同情しきれないのは、やはりいろいろとやることがひどすぎるからでしょう。

 祖父母の店にお金をせびりに来るエピソードは特にひどいです。甘やかすと図に乗りどんどんたかりにくる。
 人の厚意を踏みにじる行為には、小説の世界でも胸が悼みます。


 →その6(シゲ登場から事件解決まで)へ  

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?