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劇団チョコレートケーキ「無畏」@東京芸術劇場(2020年初演)

誰よりも日中友好を願いながら戦犯として葬られた陸軍大将、松井石根(林竜三)の生涯を描くことで、なぜ南京事件(中国側からは南京大虐殺)が引き起こされたかの謎に迫った作品である。松井を中心にその周辺の人物に起こった南京事件の前後の出来事が回想によって描かれるが、それをつなぐ蝶番のような役目を果たしているのが、極東国際軍事裁判東京裁判)で松井の弁護人となった人物(西尾友樹)。この物語は単に過去を回想するような形式だけではなく、戦犯の被疑者となった松井に弁護人が当時の状況を聞きただす形で進行していく。
南京事件は虐殺事件ではあるが、それはアウシュビッツのような指導者による確信犯としての戦争犯罪ではなく、戦場での兵士たちの偶発的な暴走による犯罪であった。事件は最初にそのように説明されるが、弁護士はそれに対しさらにその先に突っ込んで問いただしていく。南京への進軍で兵士たちが中国人殺戮を行ったのは上官の命令はなかったが、上海占領後、当初の予定に反して日本本土への凱旋帰国もかなわずそのまま南京に転進させられたことによる兵士らの士気の低下、規律の低下を招き、それが残虐行為につながった。
 この間、指揮官としては綱紀粛正を再三にわたって命じたこともあり、当初は自分には直接の責任はないが、隊の最高責任者としては責任は免れないと認める松井を弁護人はさらなる詰問で追及していく。軍の規律が乱れたのは上海占領の後、物資の補給の目処がたつまで上海にとどまれとの大本営からの指示を無視して、食料等を現地調達することを前提として、補給路の確保を待たずに南京への進軍を進めたのは誰か。それは松井だった。そして、松井には当時上海占領の功績を鑑みて、功労のため現地最高司令官の任を解き、本土への帰任をうながす意見も中央では起こっていたことから、そういう思惑を鑑みて、一刻も早く南京の蔣介石を攻略するという強い動機があったのではないかと論じていく。

松井石根は中国と中国人を愛し、日本と中国が手を取り合って欧米列強からのアジアの解放に邁進するという「大アジア」主義を信奉する人物であった。孫文を「大アジア主義」の師として仰ぎ、蔣介石とも面識があったが、かつて蔣介石に面談し、そうした理想に一緒に取り組もうと持ちかけた時に取るに足らない人物の言うことは聞くに値しないと冷たくあしらわれたことが無謀な南京攻略を強行した真の動機だったのではないかというのが「無畏」という作品で作者の古川健がこの事件について考えた揚げ句にたどり着いたひとつの結論であったからだ。

松井石根 孫文蒋介石と親交を結び誰よりも日中友好を願いながら戦犯として葬られた陸軍大将 その男の悔恨と最期の日々

【出演】
浅井伸治、岡本 篤、西尾友樹(以上、劇団チョコレートケーキ)
今里 真(ファザーズコーポレーション)/近藤フク(ペンギンプルペイルパイルズ)/原口健太郎(劇団桟敷童子)/林 竜三/渡邊りょう

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