【あとがき】 あいまいな過去 13~15

ひとまず、番号つきのあいまいな過去はこれで終わりに。

この後も、当時の思いをボチボチ書いていくかしれないけど、それはまた別のあいまいな過去として。

これまで読んでいただきありがとうございました。

ではでは、


13)
集団療法に参加した僕はそこで新しい友達ができます。

そこには一人の力強い(半ば強引な)コミュニケーションもありました。
当時の僕は、それこそ人見知りのひきこもり、おまけに社交不安障害もちだったので、グイグイ来る彼に戸惑いの部分も大きかったです。
それでも、結果として彼のおかげで友達ができ交流も深まっていきました。

唯一の彼(9に登場)との再開も、精神科の先生の交代とグイグイ来る彼がきっかけでした。
強引な彼にふとしたきっかけでこの唯一の彼の話をしたら、同じ様な容姿の人を知っているという話になり、どうもそれは先生繫がりのものらしく、先生に尋ねたら患者として診ている中に同じ名前の人物が居ると…いやぁ、偶然とは恐ろしいし、世の中狭いなと思ったものでした。

14)
小さい頃から兄は本当によく面倒を見てくれて、よく遊んでくれました。
趣味とか知識に関しての影響力は大きくて、軍事ものや車関係、パソコンやゲームの知識なんかは兄の影響で自然と身についていました。
(兄が離れて暮らすようになると知識も薄くなりましたが(笑))
兄がプラモを作っているところとか、車をいじっているところとかを見ているのも好きでした。
(なぜか自分でその趣味に走ろうとはしなかったんですよね)

引っ越す前も引っ越した後も、僕が不登校になろうと引きこもりになろうと変わらず接してくれた兄の存在には本当に助けられてきました。

ありがとう兄ちゃん。

15)
書き始めたら、ひとまずの終わりになってました。

僕は今、世間で言うところの青春をおくっているのだと思います。

そうして今味わっている喜びも苦しみも、もっと早くに経験しておくことなのだろうと感じています。

やはりこの歳には辛い、と言いたいところですが、中身の年齢も伴ってはいないので、結局皆さんの経験のありようと変わらないのかもしれません。
まぁ、辛いのは辛いんですけどね。
(もちろん、楽しいのは楽しいです)

そんな僕が最近思うのは、ひきこもりの空白の期間は勿体無かったかなと。
もちろん、今こうしてその考えに行き着いているのは、その期間があればこそかもなので、その自分がそう思っても仕方ないのですが、それでも避けられるものなら避けても良かったのではないか、と今は思ってもしまいます。

思い出の無いのは寂しいものですから。

この先の自分がどのような思い出を残すのか。
こうしてここに記していくのも大切な思い出となるのかな。

そうして思い出を作れるのは悪くないものですね。

そんな思い出にお付き合いくださった皆さんに感謝です。

熊本市で、ひきこもり自助グループ「かこかり」の運営をしています。 居場所作り活動中。