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うそめがねチビ文庫

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筆者の創作noteです。ほとんどショートショートです。
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#喫茶店

珈琲人ダブルドラゴン〜おせっかい旅情編〜

「畜生。変わんねぇな」 どこまでも優しい珈琲だった。一口で虜にする強く華やかな一杯ではなく、路傍の名もない花めいて。 旅のドリップ屋(珈琲を淹れる者)をしながら訪れた海辺の町に喫茶テルミヌスはあった。 店主、夏日星ルリとは旧知の仲だが、俺のことを覚えていなかった。 「ルリは、ノラ猫のようにふらりとやってきたのさ。記憶を失ったままね」 バーで隣に座る女が言う。テルミヌスの管理人、マギーだ。 「原因は?」俺は地サイダーを片手に問う。 「断片的にわかるのは」マギーはスコッチを口

【短編小説】喫茶ダブルドラゴン 第2話

 からからん—— 「開いてるぅ?」  ドアベルを鳴らして入って来たのは派手なハイヒールの女だった。ロング丈のダウンジャケットから覗く素脚のラインが印象的だった。 「今日はもう終いだ。“CLOSED”の文字が見えなかったのかよ」  喫茶店のマスター、竜田隆一はぶっきらぼうに言う。 「あー、寒かった……」女はカウンター席に腰かけてテーブルに突っ伏した。「ううぅー」泥酔している。 「おいこら……ちっ、しゃーねーな」  舌打ちしながら、ストーブの電源を入れなおして女の近くに置い

【短編小説】喫茶ダブルドラゴン 第1話

 からからん  とドアベルが鳴り、暑気を帯びた夏の空気と一緒に入ってきたのは虎之介だった。虎之助は近所の小学校に通う4年生だ。皆からはトラと呼ばれている。タイガーと呼ぶものもいる。トラは、彼にはやや高すぎるカウンター席の椅子に飛び乗るように座ると開口一番、 「おっちゃん、いつもの!」  乱暴な注文を受けた男は、やれやれ、といった風情でゴブレットにかち割り氷をいっぱいに詰め、そこにマンゴージュースを注いだ。 「毎度毎度……こりゃタイガーのためのメニューじゃあないんだぜ?」