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【短編小説】スマホ機種変更して新しいスマホケース欲しいなーと思ってるときに書いた小説

“スマホにはケースを。”

 グ・ラマス市のスローガンである。
 生活に欠かせないスマホにはケースを装着して落下などの強い衝撃に対する安全性を高めよう、という意味もあるが、これは、もはや身体の一部であるスマホを用いた一種の慣用句である。

「えっ、そうなん?」
 パンクバンドTを着こなす女――アレギレは、わら巻の水戸納豆型のケースを装着したスマホから顔をあげた。
「おれも昨日しってさ」ケースを装着していない白いスマホを片手に、ジェスターが言う。リーゼントがクールな青年だ。「なァ、聞いてくれよ」
 駅ちかくのコーヒースタンド《ファントム&バイブス》のカウンターに並んで腰掛けるふたりは、若いグ・ラマス市民だ。
「おれきのう機種変更したじゃん?」
 と、すっぴんのスマホを掲げる。
「知らんけど、うん」アレギレはいつも冷めた目をしているが、内面はホットなヒューマニストだ。友人が話し始めると、ピンクオレンジ&ポップンベリートニックという派手なビバレッジをひと啜りして頭を冴えさせた。「で?」
「ショップでケースもいっしょに買おうと思って探してたんだけどさ、いいの見つからなくてさ、そのままケース買わずに帰ろうとしたんだけど、そしたらスタッフが言うわけよ。『できるだけ早くケースを手に入れたほうがいい。そうしないと事故や病気といった厄を呼んでしまいます』って」
「はあ」
「ってなるじゃん。おれも『はあ』みたいな返事したら『ほら、昔から言うじゃないですか。スマホにはケースを、って』とか言って説明になってない説明されてさ。まあその場は『まあ、はい』って感じでショップ出たんだけど」
「帰りに事故にあったん?」
「いや……でもちょっと背中ににきび出来た」
「えー地味」
「いやまあそれは良くて。にきびパッチ貼るし。じゃなくてよ、スタッフの言ったことが気になってさ、帰ってからレイブロックに訊いたんだわ」
「あァ、ジェスターのお父さんにな、うん」

「やあ、レイブロック」リビングに入るなりジェスターは冷蔵庫からトニックウォーターの瓶を取り出した。開栓し、ひとくち。「ぷはっ、聞いてくれよ」
「いや、パパって言えよ。あと俺の分も取れよ」
 ソファでスマホゲームに興じるダンガリーシャツの紳士が顔をあげる。そのスマホケースは、堅牢なブルーメタルのアルミバンパータイプである。
「ははっ。それよりもさ、レイブロック」
 ジェスターもソファに腰掛け、もう一本のトニックウォーターをローテーブルに置く。
「パパ、な」瓶を手に取り開栓し、ひとくち。「ぷはっ、俺は、オマエのパパだ」
「えー、ははっ……あのさ、聞いてほしい話があるんだけどさ」
「パ・パ」
 言いながらレイブロックはまたスマホゲームを再開する。
「……どうしんだよ、レイブロック?」
「…………」
 レイブロックは耳をかさず、スマホの中のフルーツ缶めいたロボットに農作物を収穫させる。
「…………ごめん、パ……パパ」
 やや照れながらジェスターが言うと、
「ヘーイ! おかえりジェスター!! ヤー!」
 レイブロックはゲームをやめ両手を広げて、急にニッコニコしだしてハグした。
「ああ……パパ!」ジェスターもレイブロックを抱きしめる。やっぱり笑ってるパパが大好きだ。

「知ってっし!」アレギレはちょっとびっくりして、ジェスターにわら巻水戸納豆をびしっと突きつけた。「アンタがパピー大好きなの知ってるし! てか何の話してんの」
「ごめんごめん。おれは、レイブロックが、大好きだ」
 真顔で言う。
「きめえよ。何アピールだよ」
「ごめんごめん、ははは。なんか急に、レイブロックの顔みたら、大好きだわーってなったんだよね。ってかアレギレも、いつもさ、こんなさ、おれみたいなのと遊んでくれて感謝してる」
「え? 急に何キャラよ、何よ。そんなキャラじゃねーじゃん」
 戸惑うアレギレ。ふざけているにしては、ジェスターの顔が割とマジである。
「…………」
「…………」
「キミのことだって大好きだよ」
「ハァーン!」
 がたっ!
 びっくりしてヘンな声でるしカウンターチェアから落ちそうになった。
「えーいや、おま、えー!? いささか唐突過ぎではあるまいか!?」
 アレギレは冷静さを取り戻そうとするとき文士みたいな口調になることがある。
「いやァ、だって、マジで、すげえ感謝だなーって。おれこんなじゃん」
「いや、存ぜねーけど」ちょっとピンクオレンジ&ポップンベリートニックでクールダウン。「ふー」
「ハロー。いいですか?」
 と、背後から知らぬ声。
 ふたりが振り返ると、ベースボールキャップをかぶった初老の紳士。そのスマホのケースは、使いこまれて光沢を帯びたオリーブグリーンのブランドル・カウレザー製である。
「あァ、すまねえな」
 店内で大声を出したのを咎められたと思い、アレギレはカウンターチェアから降りて謝罪する。
「なんだ……アンタ!」
 ジェスターは、異様にびびっている様子だった。
「オマエ、マジでどうした?」
「いやいや、そうじゃない。ああ、わたしはドードー」と紳士。ふたりも名乗る。「あんた達の話を聞いていたら、おや? と思ってな。いや盗み聞きじゃないぞ。聞こえてきたんだ」
「あー、いいよ、アタシらもこのクソせめー店で配慮が足りなかった」
 アレギレが言うと、奥でコーヒースタンド《ファントム&バイブス》のマスターが静かにほっぺを膨らませた。そのスマホケースは、カートゥーン調のフグのキャラクターがエンボス加工されたものである。
「で?」
 アレギレが紳士に続きを促す。
「これだよ」と、カウレザーケースのスマホを掲げる。
「ん?」
「ほれ」今度はジェスターのすっぴんのスマホを示す。「彼の様子がいつもと違うのだろう。そりゃそうだ。スマホにはケースを付けないと」
「あ? それって……」
 アレギレはグ・ラマス市のスローガンを連想する。

“スマホには、ケースを。”

「ここは世界有数のスマホ特区だということは知ってるだろう。当たり前すぎるほどに当たり前にそこにあるスマホは、まるで自分の手足や臓器だ。例えば自分の脳みそが、頭蓋骨や頭皮に包まれておらず、テーブルの上にむき出しに置いてあったら不安じゃないか? 警戒心も、逆に仲間への安堵感も過剰にもなろうよ」
「あーそういうこと……」
 言いながらジェスターを見ると、第三者の登場にまだびびっているのか、
「えっ、何!? だだだ、誰なのこの人?」ちょっと涙目になっている。「いやマジで」
「ふむ。フツウならモバイルショップでそのままケースも手に入れるはずだが、彼はこだわりが強いのか、振り切ってきたのだな」紳士――ドードーはどこか面白がっているようだ。「邪魔したね」
 言って、自分の席にもどっていった。
「あー、びびったァ。恐ろしいじいさんだったぜへへへ」
 安心したのか、へらへらしだすジェスター。
「…………」
 憮然とするアレギレ。まだ半分ほど残っているピンクオレンジ&ポップンベリートニックを一気に飲み干すと、
「おい。ケース買いにいくぞ」
 さっさと店を出ていってしまう。
「ヘイ! なんだァ。急に機嫌わるくしちまって」
 ジェスターも後を追った。

《ファントム&バイブス》を出ると、夕刻の駅前は喧噪にあふれていた。人人人。
 誰もがスマホを持っている。スマホケースを装着している。
 アースカラーの手帳型ケースの主婦。クリアケースと人気キャラクターの背面パネルを併用した男子小学生。高級車のファブリックのようなケースの実業家。ギターのリサイクル・ウッド製ケースのバンドマン。
 誰もが、外付けの器官をケースで守り、またファッショナブルに飾っていた。
(アイツのさっきの言葉……ありゃあ極度の不安から出た、言わば刹那的な気持ちだったっつーことかよ)

“キミのことだって大好きだよ”

(ヤツとはダチだが……なんだ、けっこう嬉しかったんだけどな)
 スマホケースが集まる駅ビルのショップに向かいつつ、嘆息する。
「ヘイ! 待てってば! ひとりにするなよ。寂しいじゃねーか」
 小走りでジェスターが追いつく。
「遅ぇーよ、ひょうろく玉が!」
 毒づきながらふと見やる。
 ジェスターはまだ涙目だった。
(そういやコイツ)アレギレは昔を思い出して、ふっと笑った。(ガキのころはえらい泣き虫だったっけな)
 ジェスターは今でこそノリの軽い男子だが、子ども時代は大人しくて、思うようにいかないことがあるとすぐ泣いた。
 スマホケースは、覆い、守り、飾るもの。
(ってことはスマホに何もケース着けてない今のコイツって……)
「なァ、ジェスター」
「なんだよ」
「オマエのスマホケース、アタシが選んでやるよ」
「えー、良いよ。おれはおれのバイブスに合うケースをおれのハートで――」
「つべこべうるせえよ! アタシが選ぶったら選ぶんだよ」
「なんでそんなに……まぁいいけどよ。クールなの頼むぜー?」
「へへっ、まあまかせろよ」
 アレギレは二カッと笑った。
 ジェスターも、アレギレが機嫌を直したようで嬉しくて、
「へへへへ」
 と笑って頭を掻いた。これも子どものころといっしょ。

   了

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