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【短編小説】ホワイトアウト・セッション

 その小さなホルモン屋は、白い煙が充満していてもうホルモン屋なんだか何なんだかわからなくなっていた。
 何人かが同時にホルモンを焼くとすぐにこうなる。
 風呂に入っても丸1日は身体から匂いが消えない。

「でもうまいんすよね、ここのホルモン。ねっ、津軽ちゃん」
「津軽ちゃんなら、外で電話してるぜ」
「あっ、加地さんいたんですか」
「いや、途中参加。ってか、キミ誰? 水戸くんだっけ?」
「水戸は来てないです。俺、草間です」
「草間かあ。久しぶりだな。元気そうだな、煙で見えないけど」
「ええ、まあ。加地さんこそ。煙で見えないですけど」
「草間くん来てるの!?」
「あれっ? 三田さん?」
「そうだよー」
「お久しぶりっす! 三田さんも今来たんすね。お変わりないようで」
「草間くんもー。煙で見えないけどー」
「何だ、草間と三田ちゃんは顔見知りかよ」
「まあ、はい」
「ふーん、まあいいけどよ。なあ、草間、いま仕事何してるんだ?」
「フリーターっすよ。喫茶店で珈琲淹れてます」
「まだフリーターかよ。もうすぐ30だろお前」
「えーでも草間くん、喫茶店似合いそうだもんね」
「三田さん、あざっす」
「似合う似合わないじゃなくてだな。お前そのままふらふらしてるつもりか?」
「そーいうわけにはいかないでしょうね」
「お前、何か考えてるのかよ」
「草間くん、前会ったときは自分のお店持つんだって言ってたよねー」
「なるほど、今は修行中ってわけか」
「そーいうわけでもないですけどね」
「じゃあ、どういうわけなんだ?」
「加地くんホルモン焦げるよ」
「おっと……わりぃな三田ちゃん……んでよ、くひゃまよ、ひゃあなんできっさへんのバイトなんてひゃってんだよ」
「加地くん、お行儀わるいよ」
「ひょんなこといったってほ」
「あはは、相変わらずっすね。完全無欠の加地さんの唯一の欠点ですもんね。食べながら喋るのが苦手なのって」
「うるへえひょ……んごく……うるせえよ!」
「あー、ビールで流しこんだ。もったいなーい、よく噛まなきゃ」
「何の話でしたっけ」
「草間くんは喫茶店が似合ってるって話よ」
「そうでしたね」
「違うけどな」
「でも似合うよー」
「あざっす!」
「なんかやりたいことがあってフリーターやってんのか?」
「ええ、まあ。実は」

 がららっ。
 ドアが開く。

 がららっ。
 閉まる。

「うわ、煙すっごいわねー」
「津軽ちゃんおかえりー」
「草間くんごめんね急に抜けて」
「いいんすいいんす」
「そういえば、草間くんと津軽ちゃんが付き合ってたなんてアタシ知らなかったー」
「サンちゃん、違うわよ」
「えー、だって、ふたりでホルモン屋に来る仲なんでしょー?」
「いや、ホルモン屋に来る仲ってどういう仲なんすか」
「草間さあ、みなまで言うなよお前、そりゃあそういう仲だろうがよ」
「ねー」
「加地さんも三田さんも何言ってるんすか。ねえ津軽ちゃん」
「なによ、お互い煙たがってる関係ってこと?」
「わっはっは!」
「キャハハ、津軽ちゃん、草間くんのこと煙たいんだー」
「そうなの?」
「そういう意味で言ったわけじゃ……あっ、あたしのホルモンがベストコンディション」
「キャハハ、ごまかしたー」
「あのですね、そういうんじゃなくってですね」
「なんだ草間」
「加地さん、これはセッションなんすよ」
「なんだセッションって」
「今日俺は津軽ちゃんとセッションしに来たんす」
「セッションしてきたのか?」
「いや、今ここでしてるんです」
「いやお前ら、ホルモン食ってるだけじゃん」
「メジャーリーガーは何故ガムを噛むのでしょう」
「脳に刺激を与えて集中力を高めるため……ってそれでホルモン屋ってのはこじつけだろう。っていうか、だから、セッションって何だよ」
「あたしから説明するわ」
「なになに津軽ちゃん」
「覚醒中の人間の脳のリソースはとくに視覚に割かれているわ。それにメジャーリーガーがガムを噛む理由。加地くんの言った通りよ。そしてホルモンはおいしいしビールが進む」
「つまりどういうことー?」
「そのままよ、サンちゃん。おいしくてビールが進むホルモンと、狭いために煙が充満して視覚以外に脳のリソースを割振ることのできるこの店だと、話がとても弾むのよ!」
「デートじゃねえか」
「セッションっす。テーマがあるんす」
「そうよ。テーマがあるのよ」
「そのテーマってのは何なんだよ」
「加地さん。テーマっていうのはですね、“しあわせな人生を送るには”です」
「なるほど。おれ達が来るまでそのテーマで話しこんでたのか」
「そーいうことです」
「どういう話になったのー? アタシもしあわせになりたいのよー、草間くーん」
「しあわせになれるかわからないけど、一応の結論は出たのよ、サンちゃん」
「出たね、津軽ちゃん。結論が」
「なになにー?」
「おれも興味あるね。草間が具体的な目的もなくフリーターやってることにも関係してるんだろ」
「ええ、そういうことです。いや、俺自身今日のセッションで気付いたことなんですけどね」
「そうね、草間くん。今日のセッションンも、たくさんの気付きをもたらしたわね」
「草間くんも津軽ちゃんも、もったいぶらずに教えてよー」
「そうだぞ。ホルモンが焦げるじゃねえか」
「では、お教えしましょう」
「教えてあげるわ」
「……」
「……」
「“しあわせな人生を送るには”――その答えは…………」
「お客さん、ビールおかわり入れやしょうか」
「いただきますあざぁーっす!」
「ありがとう嬉しいわおいしく入れてね」
「……」
「……」
「あいよっ」
「……っぷはあっ! うんめー!!」
「……クゥーッ! おいしいわー染みるわぁー!」
「…………」
「…………」
「加地さんまだ一杯目じゃないんすかぁ?」
「サンちゃん、もっと飲まなきゃ!」
「……俺も生中」
「……じゃ、アタシもー」
「あいよっ」

 ホルモンが鉄板の上でじゅうじゅうと焼ける。油と匂いをたっぷり含んだ煙が充満する。きっとこの後丸一日は身体からホルモンの匂いが取れないだろう。

 しかし明日は休日だ。ビールが進む。

   了

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