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LIFE is PLAY #2


さてNEWアルバム LIFE is PLAYについて
私が感じたことをここに残します。

どうやったって私の語彙では語り尽くせぬ程
ではあるけど、今の私の感覚と言葉だけで
今という旬をここに。



1.「  PLAY 」


・時代遅れと言われても今日が最新のわたし
・PLAYボタンで何度だって再生しようわたしを

アルバムタイトルにもなっているPLAY
NAOKINOがこの曲を先頭に持ってきた本当の意図は想像することしかできない。
きっと他のどの曲も伝えたいことをギュッと詰め込んで散りばめた曲たちばかりだろう。

それでもタイトルにするくらいだ。
特に今、伝えたいことなんだと思う。
PLAYは「遊び」「戯れ」「再生」など
色んな意味がある。

NAOKINOが伝えたいPLAYはアルバムの紙ジャケにお手紙のように綴ってくれているので、是非手に取って読んでみてほしいところ。


これはNAOKINOからのラブレターだ。


私がNAOKINOの歌を好きになって、
NAOKINOという人間に惚れてしまって、
指を動かしてボタンを1つ押すだけで
心を突き動かされるような音楽を
聴くことが出来るだなんて
どうしようもないくらい奇跡みたいなもんだ。

わたしは同じこの指先で、
たった今それに対する感謝をここに残している。

何度だって再生しよう、わたしを。
言葉にするのが直接伝えることが難しいなら
今を生きるための愛をこの指先で伝えていこう。



2. 「 I 」


・ただいまと呟いて思い出した
    ただ いま それだけがここにあることを

・全てを丸ごと包み込むほどの
   優しさを誰もが持ってるのに

・ちっぽけな自分抱きしめて生きよう
    誰よりも近くにいてくれる友達さ
   「I」という名の友達さ


今まさに、この曲聴きながら
これを書いているのだけど
だめだ….何度聴いても泣いてしまう。
両目からぽたりとそれぞれ1粒ずつ涙がこぼれた

聴いているとどうしようも無いくらいの
あたたかい気持ちがむくむくと湧き上がってくる

NAOKINOの曲は一曲逃さず大切で
愛しているから、順位などつけられないけど
この歌に関してはどうしても依怙贔屓してしまう
私の中では順位など超えて、
殿堂入りを果たしている曲。

私は人の気持ちを考えすぎて苦しくなりすぎて
しまう厄介なタイプの人間で、どうか私の周りの
人たちだけでもいいから穏やかに過ごせますように
と自分以外のところに気を回しすぎて背負わなくて
いいような荷物を誰に頼まれた訳でもないのに
請け負って背負い込む癖がある。

賢い人間でもないし、いつも不器用で損をする。
だから人より歩みも遅いし、人を傷つけない
言葉を、、と考えすぎて話そうとすると言葉が
詰まってしまうこともよくある。
言葉が出ないから周りと馴染めない、馴染もうとしない事もある。

上手く呼吸ができなくなった時、
この曲に何度救われたか、
何度深い呼吸を思い出させてもらったか分からない

でも結局のところ、私は全てを愛したいし
あなたもあの人も私のことを蔑んだあいつのことも
なによりわたし自身のことを愛したいんだよ。

ここにいる私のことも愛することができないで
全部を包み込みたいなんてそんなビッグマウス
チープすぎる。

本当の意味で全てをゆるして、
全体を包み込めるわたしに気づけるまで
私は何度だってこの歌を聴く。

毎日必ず自然と脳内再生されるくらいの
私が大切にしている曲だ。



3.「 命の讃歌 」


・悲しみの数 数えるよりもありがとうを数えてみよ     う 君が君を超えていくことを証明してやれ

・臆病でもいいじゃないか 誰も信じられなくたって     構わない でも自分自身を愛することを諦めないで

・汗と涙を拭いながら人は強く優しくなる
   君が君を生きていくことを讃え続けてる
   響け命の讃歌

HANICAMとして2014年にCD発売された曲

私が出会う1年前に世の中に作品として爆誕したんだなー。
YouTubeでMVとして上がっていたのを初めて家で聴いたのを鮮明に覚えている。HANICAMといえば命の讃歌というくらいの代表曲だったと思う。

NAOKINOがまた新しい色と温度を添えて
息を吹き込んで届けてくれる命の讃歌

より一層、沁みちゃうのはなんでだろう

もちろん聴く側の私も数え切れないくらい
聴き込んできたし、それなりに歳も重ねたから
受け取り方も少しずつ変化してきたんだろう。
それに加えて、今のNAOKINOの声で
今のNAOKINOの思いがぎゅーっと
込められてる気がして胸が熱くなる。

ハモリやコーラスまで1から10まで全て
今のNAOKINOであることも推せる。

この曲を聴くとね、今日泣きながら仕事をした人も
泣きたいのに泣けもしない夜を過ごして朝を迎えた人も、顔で笑っていても心では咽び泣いていた人も、みんなみんな大丈夫だよ。大丈夫だから安心してねって無責任にもそんな言葉を言ってまわりたくなるような気持ちになるんだ。

わたしの心なのか何なのかわからないけど、真ん中の部分に1本、揺るがない芯みたいな支えができたような感覚になるの。

ただしこれは俯瞰で私のことを見つめる事ができている時に限るだけどね。
ということは、だ。やっぱりそう在れる為の余白が必要なんだ。私の中に遊びがないと、きっとそう思えない。やっぱりLIFE is PLAYなんよ。
なに?やめて?またPLAYの話するの?
何この幸せな堂々巡り。
結局そこに行き着いちゃうじゃん。
面白ろ…これはNAOKINOの意図を感じるな
、、、悔しい(最高)

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ふぅー、、、待って。まだ3曲目?!
もっと簡潔に書きたいけど無理!!!
読んでくれてる方はもう少し、いやまだまだ
頑張ってください。まだまだ続きます。

次のblogに続きます𝐧𝐞𝐱𝐭…🧸𓈒 𓏸

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