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皐月賞、新馬先生はこう見る ~

プロローグ

勇敢と無謀は常に隣り合わせにある。
恐れとは、常に自分自身を写したもので、
恐怖を振り払う、その一歩を踏み出すまでは、
心にはインクの染みのように
じわじわと闇が支配していく。
自分に打ち勝つのに必要なこと、
それは羞恥心を振り払う勇気だ。

僕は一度だけ、
ランナーズハイという経験を
体感したことがある。
全ての音が遮断され、
動かす手足が理想的なフォームで機械のように
勝手に動いていく感覚。
網膜から見える全ての景色が白銀に見え、
時間間隔がまるでなくなっていった。
甘美な時間をもっと味わいたくて、そこから調子に乗った僕はスピードを上げた。

だけど、この夢が続いた時間はとても短く、
世界がいつも通りの色を取り戻したあと、
自分の体が鉛のように重くなり、
油の切れたブリキ細工のような軋みを立てて
残りの時間を過ごしていった。
僕は無謀だった。スピードを上げてはならなかった。
勇敢と無謀は実はとてもよく似ている。

そのギャップに、浮かんだ言葉は
「天国と地獄」だ。
その一歩が運命を強烈に変える瞬間がこの世界には存在する。

1997年の日本ダービー、
サイレンススズカはそれまでの逃げという戦法を取らず、控えた。
僕は今でも、考えることがある。
もし、サイレンススズカがそのまま逃げていたらどうなっていただろう。
上村騎手は、サイレンススズカに乗り続けられただろうか。


今日のnoteの主役は、サイレンススズカではない。

皐月賞を迎える興奮と共に、記憶の彼方から浮かび上がった同世代に誇るもう1頭の逃げ馬を今日は描こうと思う。

その男は、その直線が今まで何百回乗ったレースの中で一番長かったと語った。
中山の急坂。
もし、彼がその年の皐月賞を勝たなかっていたら、どうなっていただろう。
もう年齢は中堅騎手だが、
騎乗依頼は年々減っていき、
その年、彼の勝ち鞍はまだ1勝だった。
年明け1月に勝ってから、その後、1度も勝てていなかった、その男。
もう暦は4月も中頃。

決して、下手な騎手ではなかったという。
むしろ、騎乗技術はしっかりしていると評判だった。
しかし、口下手なこともあり、年々騎乗依頼は減少。
重賞勝ちは14年ほど前に遡り、
「忘れられた騎手」と揶揄されたこともある。
弥生賞を走り、3着となったその馬がいなければ、
彼はおそらく生涯、皐月賞に乗ることはなかったのかも知れない。

後に知ることとなるのだが、大西直宏は現役を退き、調教師試験を受けることを真剣に考えていたという。
彼のお手馬は太りやすく、弥生賞で皐月賞出走の権利を得ながら、
若葉ステークスに出走を決めた。
若葉ステークスで1番人気を背負った大西は弥生賞と同じく、
道中番手に控え4着に惜敗する。
その馬の名をサニーブライアンと言った。

もし、サニーブライアンがこの若葉ステークスを出ていなかったらと思うことがある。
既に弥生賞で権利を得ていたのに、若葉ステークスに出たことで、この馬に起きたいくつかのこと。
まず間違いないのが、皐月賞の時、サニーブライアンは11番人気よりは、人気を落としてなかっただろうということ。
そして、たぶん、大西直宏は皐月賞を逃げてなかったのではなかったのではないだろうか。

皐月賞の直前になり、大西騎手は突如「逃げ宣言」をマスコミに語りだす。
そして、枠番発表でまさかの大外枠を引き当てた時、大西騎手と関係者以外は不利を受けると信じていたと思う。
先行馬だけどスタートダッシュがあまり良くない馬と知る大西直宏だけは外から包まれない大外枠を事前に望んでいた。外であればサニーブライアンには逃げやすい。

サニーブライアンが勝ったレース、それは全て逃げていた。
人に作られたペースでは走れない。
それが、サニーブライアンだった。
トライアル、安全に乗り惜敗した大西騎手は若葉ステークスでその思いを強くしたに違いない。

皐月賞の1番人気は父メジロライアンのクラシック制覇のリベンジを託された、強烈な末脚を持つメジロブライト。
その他の有力馬も全てが差し追い込み馬。
一世一代の舞台はそこにあった。

大外から思い切って、
脚を使い勇気を持って追い出す。
スタートが決してそこまで早くないサニーブライアンに必要だったのは、
大舞台で彼を押し出すため、
皐月賞を初めて乗る大西直宏の勇気だった。

クラシックに必要なのは
「無謀と隣り合わせの勇気」。
いくつもの「もし」をくぐり抜けて栄冠にたどり着ける人馬。
先週、スターズオンアースの川田騎手が直線で取った進路を見たからだろうか。
改めてクラシックを取ることの難しさを焼き付けた。
さて、今年の勇気ある牡馬はどの馬であろうか。

それでは皐月賞の予想に入ろう。

データ

近年10年以内での3着以内に入った馬を参考にデータを調べると

①キャリア

・2戦以下の馬で皐月賞3着以内にきた馬→0頭
該当馬:イクイノックス、ダノンベルーガ

・6戦以上走った馬で皐月賞3着以内にきた馬→2
頭(1-0-1-49)
該当馬:グランドライン、ビーアストニッシド、ボーンディスウェイ、トーセンヴァンノ

②前走

・着順が6着以下で、皐月賞で3着以内にきた馬→0頭 該当馬:マテンロウレオ、ラーグルフ(トーセンヴァンノ、グランドライン)

残った馬は

アスクビクターモア、キラーアビリティ、ジャスティンロック、ダンテスヴュー、サトノヘリオス、ジャスティンパレス、オニャンコポン、ドウデュース、ジオグリフ、デシエルト

10頭も残ってしまった。混戦模様をよく表したデータだ。ただ、イクイノックスとダノンベルーガなど人気馬は結構消せた。

調教

先週の桜花賞もそうだったが、甲乙つけ難い出来のいい馬が多かった。
今回は「意図」が見えた調教を上位に推していこうと思う。

調教評価第1位
16 デシエルト

最終追い切り

1週前の追い切りはジェットスキー調教と言われていたが、厩舎側のコメントをよく読むと意図がわかる。
「短期放牧でテンションが上がってる」
のをブレーキして、直線で弾けさせる。
最終追いは、あえて騎手を乗せず、コーナーを綺麗に回って来た。芝2回目なので、坂路でピリッとしたものを入れてもいいが、これはこれで意図がわかる。岩田康誠騎手はとにかく調教が上手い。

調教評価第2位
12 ドウデュース

1週前追い切り

最終が軽めで安心した。本当に。中5週とはいえ2週前に7F、1週前に7F。そして、10日にも6F。
ダービーが目標なら、負荷をかけすぎている。
最終週はポリトラック。疲労抜きだ。
メンバー中、加速力ならこの馬だと思う。2000mで朝日杯と同じような脚を使うための調教。
意図が明確。弥生賞のレースを見て思ったが、キレる脚は短くスパッと使うタイプ。前に置ければ3着以内は堅いと思う。

調教評価第3位
8 ダンテスヴュー

1週前調教、吉田隼人鞍上

こちらも最終は軽めで。けど、2週前でムチ入れしてピリッとした馬が、1週前で良化している。吉田隼人騎手が乗った内容が良かった。
この馬はとにかく縦の比較で明らかに良化している。
ここで5着以内に入らないと、直接はダービー走れないことを考えるとここで仕上げてきています。1週前追切の後ろ脚、かなり可動域が広がり抜群の動き。

調教評価第4位
2 アスクビクターモア

最終追い切りは単走。反応良し。

最近はyoutubeで共同会見を見れて良いなと思う。調教の目的がしっかりと伝わるのだ。アスクビクターモアは大跳びの割にカーブや手前替えが上手い。中山の小回りコースで良績なのもわかる。しかしなぜか単走。これには理由があり、「メンタルに問題があった」とのこと。その名残だ。最終追切、田辺騎手が乗った上で制御されていた。弥生賞でも仕上げたが状態は維持出来ている。余談だが田村康仁調教師はカッコいい男だなと思った。

調教評価第5位
17 マテンロウレオ

典さん3週連続追い切りに乗る

正直に言うと3位から5位はあまり差はない。きさらぎ賞までは、CW中心だった弥生賞はいきなりの坂路メイン仕上げ。そこから2週前、1週前とCWの負荷を高めて最終が坂路。
ここからは個人的主観で、典さんが3回乗る時は課題がある時。
クラシックだからという可能性もあるけど、2回以内が良績傾向なのでここは減点して5位とした。

その他

これ以外で評価した馬は、15 ラーグルフ。
この馬が一番調教でよく見せたのが、ホープフルSの1週前。グイグイ伸びていき併走馬を見もせず突き抜けた。この時より少し落ちるが弥生賞よりは良化。

エピローグ

四半世紀前の皐月賞、映像を見返すと不思議なことがあった。
自分の記憶の中で、サニーブライアンは1コーナーから、先頭を譲ることなく、皐月賞を逃げ切ったはずだった。

だが、実際は違っていた。
途中、テイエムトップダンに先頭を譲り、第3コーナーから、先頭に立ち、最終コーナーから加速をつけ、ロスなくコーナーを回り、桃色の勝負服は躍動した。
大西騎手は、先頭を譲った。
サニーブライアンのペースを信じた。

中山の直線。
大西直宏騎手は、ヒーローインタビューでこう言った。
「(有力馬を気にする余裕は)なかったです。ゴールを目指すだけでした。」
「後ろから来てるのは見えなかった、前だけでした。」

310mのストレートな直線コース、35歳の大西は自身の騎手人生を賭して追った。今までの情念、悔しさや恐怖から、暗い闇の中から、一握りの希望を信じて、ゴールへ先頭で駆け抜けた。

もし、サニーブライアンが若葉ステークスを走らなかったら。はたして、大西直宏は騎手を続けていただろうか。
「1番人気はいらない、1着がほしい。」
という名言を残した、ダービーを走れていただろうか。
騎手を続けていたことで出会えたカルストンライトオのスプリンターズSはなかったのではないか。

その馬にとって、
生涯一度のクラシックに思いを馳せるのは、
何も関係者だけではない。
もしかすると、騎手だって、馬券を当てるファンだって金額より大きい何かを手にしているかもしれない。

若葉ステークスを走って皐月賞を買った馬はサニーブライアン以降、一頭。
2007年に皐月賞を7番人気で制したヴィクトリーだけだ。

ヴィクトリーもサニーブライアンと同じで、
皐月賞を逃げきった。
鞍上は田中勝春騎手。
彼もまた15年ぶりにG1を勝ち、久しぶりに美酒を勝ち得た騎手であった。

ただ一つ、ヴィクトリーとサニーブライアンが違うのは、ヴィクトリーの主戦騎手はそもそも田中勝春ではなかった。
若葉ステークスを勝ったとき、その背には違う騎手が跨っていた。

若葉ステークス組が、皐月賞を制す時、
老獪な逃げ切りと共に、
ベテラン騎手の老獪な意地を見ることが出来る。

15年前、ヴィクトリーで逃した金星を今度は自分の手で。
芝経験が少なく、ダッシュが早くないこの馬にとって外目の枠は朗報。
剛腕で勇気を持って、追い出していけ。
4年ぶりのG1をこのレースで。
皐月賞を勝った時の馬番は
サニーブライアン18番、ヴィクトリー17番。
同じ外枠の桃色帽、さぁ舞台は整った。

胸躍る皐月賞の季節がやってきた!
運命を変える2分。
岩田康誠騎手が直線を迎えた時、
その眼にはどんな景色が広がっているのだろう。

調教から過ごした時間、人馬一体で走りぬく。

2022年、僕の皐月賞本命は
16番 デシエルト

競馬が平和に見れる、この幸せに感謝して。

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