GPSを置き換える技術!? 量子コンパスとは?

突然ですが、みなさんは位置情報システムはよく使いますでしょうか? 筆者はよくお世話になります。新しい土地を訪れる時、友人などと待ち合わせをする時、はたまた行きたいお店の場所を調べる時など、まずスマートフォンを開いてGoogleMapが示してくれる位置情報を利用します。この位置計測にはスマートフォンに搭載されている「GPS」という機能が使われています。GPSは20年以上にも渡って利用されていますが、実はここ最近、GPSに変わる新たな位置計測技術が研究されています。今回は、新たな位置計測技術である「量子コンパス」についてお話したいと思います。

1).量子コンパスとは何か?
2).量子コンパスを使うとなぜGPSがいらなくなるのか?
3).量子コンパスの研究の現状は?どこで研究・開発が行われている?
4).参考文献


1).量子コンパスとは何か?

近年の技術の進歩のスピードはもの凄いものがあります。自動運転技術、3Dプリンター、バーチャルリアリティ(VR)、拡張現実(AR)をはじめ、すでに私たちの生活の中に身近になっているものもあります。これらの技術は「エクスポネンシャル・テクノロジー」とも呼ばれ、社会基盤、産業基盤を大きく変化させるものであり、テクノロジーが人智を超えると言われる2045年に向かって指数関数的に発達しています。
エクスポネンシャル・テクノロジーは28のテクノロジーに分類されていますが、今回紹介する「量子コンパス」も28のテクノロジーの一種であり、「位置計測」と呼ばれるセンシング技術に「量子技術」をかけ合わせたものです。

位置計測といえば、冒頭でも触れましたスマートフォンなどにも搭載されている「GPSセンサー(Global Positioning Systemの略。」がお馴染みかもしれません。GPSは、アメリカが開発した「衛星測位システム」のことで、地球の衛星軌道上に設置された人工衛星から電波を飛ばすことによって位置を計測しています。ただし、屋内や海中などの電波が届かない場所の計測には弱いという問題があるため、現状では、Wifiアクセスポイントや地磁気測位などを併用して計測しています。
この衛星測位システムですが、アメリカのGPSだけなく、日本の「準天頂衛星(QZSS)」、ロシアの「GLONASS」、欧州連合の「Galileo」など、いくつかの国で開発されていますが、まとめて「GNSS(Global Navigation Satellite System/全球測位衛星システム)」と呼ばれています。

量子技術と言えば、代表されるのが「量子コンピュータ」です。かなり有名であるため、読者の皆さんの中にも耳にしたことがある方も多いかもしれません。
量子コンピュータは、現在私たちが使用している「半導体で構成されたデジタルコンピュータ」とは違い、「量子力学的特性を持ったコンピュータ」です。
デジタルコンピュータは、掛かっている電圧の大きさに5ボルトなどの境界値(閾値)を設け、境界値となる電圧がかかったか、あるいは電圧がかからなったか(0V)によって「1」または「0」を表現します。この電圧の変化は、ムカデのような形をした「ICチップ」と呼ばれる半導体についているピン(足)が検知しますが、このピン1本1本のことを「ビット」と呼びます。
対して、量子コンピュータは、量子力学的特性によって「1」と「0」の両方の状態を保持することができます(こちらは「量子ビット」と呼びます)。これは、デジタルコンピュータでは、ある時間的瞬間にはONかOFFのどちらかしか表現できないのに対して、量子コンピュータでは、ON/OFFの組み合わせが2の量子ビット乗個持てるため、量子ビット数が増えれば増えるほど瞬時に多くの計算を実行でき、より緻密な計算も可能になるという利点があります。また、デジタルコンピュータの進歩は、ムーアの法則が崩壊したことからもわかるように現状停滞しているため、量子コンピュータが注目されているという実情があります。

 表:デジタルコンピュータと量子コンピュータの比較
  ・物理的な構成素子  デジタル:半導体      量子:光子と電子
  ・情報表現の最小単位 デジタル:ビット      量子:量子ビット
  ・瞬間的に可能な表現 デジタル:「1」か「0」   量子:「1」と「0」の両方
  ・将来の成長期待度  デジタル:低い(ムーアの法則の崩壊) 量子:高い

量子コンピュータについて詳しく知りたい方は、シンラボでも別途紹介していますので、そちらを参照ください(リンク:https://sinlab.future-tech-association.org/tech-article/shinlabo_hensyu_bu/suzuki-exponential-quantum-computer/)。

量子コンパスは、「自己位置推定」と呼ばれる位置計測技術に、量子技術による正確さを組み合わせることによって生まれた新しい技術であり、GPSを使わずに位置計測が行えるという点で世界中から注目されています。


2). 量子コンパスを使うとなぜGPSがいらなくなるのか?

量子コンパスを使うと、GPSを使わずに位置計測が行えると話ましたが、それはなぜでしょうか?
まず、車に搭載されているカーナビゲーションシステムを想像してください。街中や平地を走行している時はカーナビが目的地へスムーズに誘導してくれることでしょう。これが山の中を走行することになり、トンネル内に突入した場合はどうでしょうか。 GPSの電波はトンネルにより妨害され、車を見失いますが、代わりに「自己位置推定」機能が働きます。自己位置推定機能は「加速度計(加速度センサー)」や「角速度計(ジャイロセンサー)」といった慣性センサーから構成され、慣性センサーから得られた結果は、時間軸上で積分することによって自車の位置、速度、姿勢を把握することができます。ちなみに、加速度センサーやジャイロセンサーは、ソニーのプレイステーションや任天堂のSwitchのコントローラーなど、エンターテインメント系の用途でも利用されています。

これら慣性センサーですが、実は精度が粗く、時間の経過によって「ズレ」が蓄積していくという問題があります。
海中においても同様で、例えば、石油、天然ガス、レアアースなどの海洋資源を探査する「自律型無人潜水機(Autonomous Underwater Vehicle:AUV)」を例にとると、自律型無人潜水機は10,000mほどの深さを潜航することもありますが、海中はGPSの電波が届きません。そのため、慣性センサーを搭載して自己位置を推定しているのですが、現行の精度では潜航や浮上に数キロ単位で誤差が生じるため、母船からの音響信号等も併せて位置を特定しています。
また、原子力潜水艦ともなると、数カ月もの間海中に潜水しているため、蓄積した誤差を補正するたびに海上に浮上していたのでは潜水艦の意味がなくなります。

図:AUV(出展:東京工業大学 上妻研究室)
http://www.kozuma.phys.titech.ac.jp/img/resource.png

図:ジャイロセンサー、加速度センサーの誤差(出展:東京工業大学 上妻研究室)
http://www.kozuma.phys.titech.ac.jp/img/error.png


ここで注目されている技術が、量子コンパスです。量子コンパスは、自己位置推定の方法に「原子干渉計」というものを使っていますが、原子干渉計には自己位置推定の誤差がないため、位置ずれが発生しなくなります。
量子コンパスは、原子レベルの非常に小さな物体の挙動を観測する「量子物理学」の技術を応用しているそうで、2001年にノーベル物理学賞を受賞した「ボース=アインシュタイン凝縮」が基になっているとのことです(このノーベル賞は、かの有名な理論物理学者であるアインシュタインが1925年に発表した論文を実験的に実証したものです)。原子にレーザー光を当てて絶対零度近くにまで冷却すると、「原子の雲」と呼ばれる超低エネルギーの圧縮状態になるのですが、この状態になると、地球の電磁気に対してのみ過敏に反応するようになります。この電磁気の変化を計測することによって、量子コンパス単独で自己位置の計測ができるということです(※アスタミューゼ株式会社調べ)。
結果、GPSを使わずに位置計測が行えるということになります。


3.) 量子コンパスの研究の現状は?どこで研究・開発が行われている?

量子コンパスの研究は世界中の様々な企業や研究機関で行われているようで、実用化も2025年以内に目指されています。量子コンパスは、位置情報の取得以外にも、大規模断層崩壊など地球内部の活動を検出し、地震の予兆も行えるそうです。また、各国が人工衛星の覇権を争っている現状で、人工衛星が不要になることから、ステルス戦闘機に搭載することによって軍事用途でも有利になるということです。

図:量子センシング・量子センサー領域における主要な国の研究開発費とロードマップ(出展:アスタミューゼ株式会社)
https://prtimes.jp/i/7141/116/resize/d7141-116-162864-0.png

現在、最も研究が進んでいる研究機関に、イギリスの大学であるインペリアルカレッジとM-Squared社があります。彼らは、共同で「SolsTiS」という量子コンパスを構成するシステムを開発しました。このシステムは、「量子加速度計」、「量子ジャイロスコープ」、「量子時計」から構成されています。大きさは現状では1メートル程度とのことです。

動画:インペリアルカレッジとM-Square社が共同で開発した量子コンパス(出展:インペリアルカレッジ)
https://www.youtube.com/embed/xcqkXkWZhbM

現在、研究中の段階のためか、外部への貸し出しや販売は行われていないようですが、日本から研究者に直接連絡を取ることは可能です。
SolsTiSの仕様がわかるデータシートが掲載されていますので、興味がある方はご覧になってはいかがでしょうか?(※データシート:https://www.m2lasers.com/quantum-datasheet.html?file=M%20Squared_Quantum%20Accelerometer.pdf)

私たちシンラボも、量子コンパスの今後の研究状況を引き続き追っていきたいと思います。


4.) 参考文献
・GNSSとは(国土地理院)
https://www.gsi.go.jp/denshi/denshi_aboutGNSS.html
・第3回 量子センサーで実現する微小センシング(アスタミューゼ株式会社)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000116.000007141.html
・屋内の人やモノの位置はどう把握する?屋内測位の手法まとめ(Techfirm Blog)
https://www.techfirm.co.jp/blog/indoor-localization
・「量子コンパス」はGPSを置き換えるか
https://ascii.jp/elem/000/000/896/896793/2/
・GPSに依存しないナビゲーションシステム
https://www.trendswatcher.net/032018/science/gps%E3%81%AB%E4%BE%9D%E5%AD%98%E3%81%97%E3%81%AA%E3%81%84%E9%87%8F%E5%AD%90%E3%83%8A%E3%83%93%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3/
・自己位置推定機器(東京工業大学 上妻研究室)
http://www.kozuma.phys.titech.ac.jp/research_category/entry15.html
・「量子コンパス」はGPSを置き換えるか - プロトタイプが3~5年で登場?(ASCII)
https://ascii.jp/elem/000/000/896/896793/2/
・インペリアルカレッジ(イギリス)
https://www.imperial.ac.uk/news/188973/quantum-compass-could-allow-navigation-without/
・M-Squared(本社:イギリス)
https://www.m2lasers.com/quantuminnovation.html
・SolsTisデータシート(M-Squared)
https://www.m2lasers.com/quantum-datasheet.html?file=M%20Squared_Quantum%20Accelerometer.pdf


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