人の営みも、力ある自然写真の被写体に。北国の漁師が教えてくれたこと #03

過去2回野生動物撮影のお話をしてきましたが、今回は少し趣向を変えて自然写真の中における『ヒト』の存在についてお話してみたいと思います。

いきなりですがこの写真。…そう。イクラです。
これを何に使ったかというと、小学校での講演のお仕事で
児童の皆さんに見てもらいました。

道徳の教科書に掲載された「命の旅」という物語をもとに、ヒグマやキタキツネなどの動物たちの写真を交えながら、サケたち(シロザケやカラフトマス)が命を繋いでいく、「遡上」についてお話した時のことです。

■ 食卓の写真が、遠い自然を身近にしてくれる

当然、サケやクマの写真を「ばーん!」と見せていくわけですけど、その導入で上のイクラの写真を使ったんですね。
どういう意図だったかというと「食卓で見たことがあるもの」が出てこれば、大自然の物語がグッと身近に感じてもらえるのではないか、という狙いがありました。

子どもたちに問いかけた順番はこんな感じでした。
イクラって知ってる?→じゃあイクラは何の卵?→サケって見たことある?→じゃあ、サケが泳いでいるところは?
といったふうに子どもたちの想像力を、日常の食卓から、森や川の世界へと導いていきます。

今の時代、野生動物を鮮明に撮ることが身近になったことは前述しましたが、同時にテレビやネットの動画で、動物たちの大迫力の映像を簡単に見ることができるようになりました。安易になった分、「憧れ」の熱量が減り、ちょっと現実感が無い他人事というか…そんな感じになっている部分もあると思うんです。

急速な都市化によって遠のいた自然、野生動物。僕たちはそんな時代の中で育ってきました。しかし急激な自然状況の変化で、これからの子供たちは身近に迫った野生動物や自然の力と、近距離で対峙する状況に直面する可能性がとても高くなっています。シカの増加による森林の食害や、クマの市街地への度重なる出没など、年々深刻になるこれらの問題がその一例と言えます。(その辺りの詳しい事情はまた後日述べます)
だから、自然は遠い映像の世界の出来事ではなく「すぐそばにあるもの」として感じて欲しかった。そこで、イクラです。「食べたもの」はさすがに遠い世界とは感じないでしょう?

教科書の掲載や講演で伝えたかったことは「命の繋がり」です。
サケが産卵のために川に帰ってきて、動物が食べて冬を乗り切る力を授かり、川辺に食べ残されたサケが森を育てる…。

そんな生命力の輪廻の中に、僕たち人間もいるんだよ。だってほら、サケやイクラ、食べたことあるでしょう?…とそんな感じでお話ししました。
こんな物語の中でなら、食卓のイクラや大きなサケを捌く写真も「自然写真」の一要素として力を持ってきます。

■ 漁師が教えてくれた、自然との向き合い方

「人の営みも自然の一部」そんな当たり前のことを改めて気づかせてくれたのは、自然の中で生きていく人たちの姿でした。

もう6年以上、知床、羅臼の漁師さんを撮影させていただいています。
野生動物を追って北海道に通う中で、彼等との出会いが僕の撮影活動を大きく変えたと言っても過言ではありません。

被写体は人間。だから、人間関係を強く意識します。ズカズカと彼らの仕事場に踏み込むようでは、いい撮影はできないし、彼らの気分を害するだけでなく、仕事を邪魔してしまう。ましてや漁船の上という限られたスペースの中…。カメラを構える前に考えることはたくさんありました。だからこそすぐに成果を求めずに、時間をかけて撮るべきだなと感じたのです。

撮影する場所や相手に配慮する。もちろんそれは、動物相手でも同様なのですが、相手が同じ人間だとそれがより分かり易かったのでしょう。彼等を撮らせてもらうことで「今回の撮影で何としても動物撮らなきゃ」という焦りから「来年も再来年も、この土地、動物、人間たちに関わっていこう」といった感じに、撮影の姿勢が変化してきたのです。

一度きりの撮影で、素材として被写体を追うのではなく、幾年もかけて関り、感じとって、結果、その経験が写真となって積み重なっていく。
そうすることでまた来年、と季節が巡る幸せを感じることもできます。反対に「なんとしても今年撮る」という姿勢は、時に自然にも自分自身にも強すぎるプレッシャーを与えてしまう…。
時間をかけて関わり合うゆったりとした気持ちが、被写体である動物や人々はもちろん、色々なものを大切にする気持ちを撮影者の中に育てていく。
自然に向き合う姿勢を、僕はむしろ「動物たち」よりも「人間」という撮影対象から教えてもらったような気がしています。

現在は、本州でも動物たちと関わる人びとの活動も撮影しています。
これはまた別の形でまとめて発表していきたいと考えています。

■ 自然を語るうえで、人間の存在を切り離さない

自然写真において、より被写体の力強さや美しさを強調するために、人間の存在や営みの匂いを写真から排除するのはよくあることだし、必要なことでもあるのでしょう。
ただ僕たちが思っている以上に、自然は人の営みの影響を受けて成り立っています。田園風景、里山、サケの遡上さえも、完全無垢な自然ではあり得ません。人の力が良くも悪くも作用して、その中に多くの生き物たちが生活している。だから、人の営みも、そのまま写せばいい。それは僕の撮影活動において、無視できないとても重要なテーマの一つです。

また、自然にかかわる人の営みの写真や言葉は、
遠い世界の印象がある大自然を、見る人の心にぐっと引き寄せるという
大きな役割を果たしてくれます。
教科書に掲載いただいた「命の旅」という物語も、漁師を撮影していなければ、生まれることは無かったのかもしれません。
漁師という「仕事」と「食べる」という人の営みが、自然の物語を子どもたちの気持ちに近づけてくれているのではないでしょうか。

以上、人間を撮るという、僕自身にとっての「自然写真」を語るうえで、どうしてもしておきたかったお話でした。

もちろん、こういった撮影は人間関係の構築も必要で、時間もコストもかかります。だからあまり皆さんにお勧めできることではありません。
でもこういった視点を持てば、身近な動物や景色など、自然写真の撮影がグッと面白くなってくるんです。それは、動物写真を撮ったことが無い方にもすぐに実践できること。ぜひ皆さんにトライしてみて欲しい。
次回は、そんな感じの、ちょっと実践編なお話をしてみたいと思います。


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Sinh

自然写真家のnote

ヒグマや漁師... 野生動物や自然に関って生きる人達を撮影する二神慎之介の思うこと、自然感、撮影活動について エッセイ形式で綴っていきます。
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