未来猫

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未来猫

エピローグ

風が強く吹いている。風の音しか聞こえない。彼女の黒髪がなびく。私は彼女の名前を呼んだ。彼女は振り向く。
「今、私の名前を呼んだの?」
「やっと、見つけた」
 彼女に駆け寄る。彼女は変わらず、彼女のままだった。もう一度、彼女の名前を呼ぶ。彼女は私を抱きしめる。抱かれるのは好きではないが、今だけは悪くない気分だ。
「みらい」
 泣いてるのか、笑っているのかよく分からない表情だ。美人が台無

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未来猫

第五章 柏木いずみ

 魔法をまだ研究する者がいるという噂を聞いた。村といってもいいような小さな町だった。本当にこんなところに研究者がいるとは思えなかった。ただ、最近は不確かな情報にも飛びついてばかりいた。だから、何の手がかりも得られなければ、すぐ別の場所へ行けばいいと考えていた。
 大きな柏の木のある家だった。庭には、ハーブやら花やら何やらが咲き乱れている。蝶が数匹、ちらちらと飛んでいる。追いか

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未来猫

第四章 雨宮陽子

 ようやく梅雨が終わったものだと思っていた。そこに、この雨だ。無人の野菜販売所の中に逃げ込む。私の先に、買い物袋を持った女性が一人、困ったように立っていた。私と同じく、雨でびしょぬれだ。
「あら、ピンクの猫なんて珍しい」
 私はこの町をそろそろ後にしようと思っていたから、彼女の言葉には応じなかった。最近、家や土地に居座るのが癖になりつつある。
早く、彼女を探し出さねばならないと

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第三章 赤塚竜平

「もしかして、あんたが、みらいとかいう名前の猫なのか」
 紅葉したかえでが鼻の上に落ちてきた。ひらひらと舞いながら落ちてきた。塀の上で昼寝をしていたところ、一人の男に話しかけられた。
「そうだが、どうして私のことを知っている」
「街の情報屋に聞いた。あんた、けっこう噂になってて、知ってるやつは知ってるぜ」
「そうなのか?」
「全国歩き回ってるんだから、知られてるに決まってるだろ

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第二章 神山桜

 彼女は、墓場という場所が好きだった。私たちは、彼女の親が残した、街外れにある屋敷に住んでいた。街に行くことはほとんどなかったが、たまに行くと、彼女は必ず帰りに墓場に寄った。だから、そんな彼女が墓場にいるのではないかと思って、木枯らし吹く中、私は今、ある街の墓場にいるのだ。どうして、彼女は墓場が好きだったのだろう。
 数週間ばかり、ここを根城にしている。墓石が風除けとなって、意外

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第一章 笹川夏樹

 私の名前は、みらいという。百年ほど前に名付けられた。だから、人に出会うたびにそう名乗っている。だが、正直に言うと、みらいというこの名前を気に入っているわけではない。おそらくは、私にこれ以上適している名前はないと思われる。どこぞの猫と違って、一生を名無しのまま終えるのは嫌だ。自分で自分の命名をできるほど、偉いとは思わない。名前を授けてくれた彼女には感謝している。それでも、だ。そ

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未来猫

プロローグ

ある日、彼女はいなくなった。

嫌がる私に構わず、尾をなでてきた彼女はいなくなってしまった。あなたは猫らしくないのね、と笑う彼女はいなくなってしまった。最後の魔女にして、私の最初の恋の相手であった彼女はいなくなってしまった。

彼女と共に過ごした家も庭も、彼女を覚えていない住人の住む街も、どこを探しても彼女はいないということに気付いたとき、鉛のような安堵感を覚えた。そして、とても寂し

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