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「繋いだ手が熱を持つ」で始まり、「理由なんてないよ」で終わる物語

繋いだ手が熱を持つ。
「良いかい、焦らなくていいから、ゆっくり降りておいで。大丈夫、絶対に離さないよ」
声をかけても、彼女は静かに俯いている。表情は見えない。
夏の夜の屋上では、空気はじっとりとまとわりついて、ますます体温を上げるのみだった。顎から雫が落ちる感触で、自分が汗をかいていることに気付く。
繋いだ手が汗で滑るような錯覚に焦って更に強く握ると、彼女は漸く屋上の縁から、とん、と降りてきた。
制服のスカートがふわりと動いて、まるで止まっていた刻が動き出したようだ。
そのまま勢いで飛び付いてきた彼女を支えきれず、僕たちは屋上にほおり出された。
突如広がる濃い深い夜空に目を奪われたかと思えばその直後、背面が叩き付けられた鈍痛で現実に呼び戻される。
聞こえるのは自分の息と彼女の息、そして遠くに響く蝉の鳴き声とパトカーのサイレン。
彼女はゆらりと起き上がり、今夜初めて目が合った。
汗で張り付いた前髪から覗くその目は、想像と違い絶望に満ちていた。
「……どうして止めたの」
答えられず黙っていると、堰が切れたように彼女は話し出した。
突然始まった理不尽な虐め、見て見ぬふりの教師と級友、お前が弱いからだと叱りつける父親、休んでいいのよと口では言いつつ面倒事から避けたがっている母親。
どこにも居場所が無くて、帰る場所も無くて、毎分毎秒苦しくて、そんな世界から漸く逃げ出せると思ったのに、突如現れた貴方が私の手を掴んだせいでそれさえ叶わなかった。
私のことを何も知らない貴方が何故止めるの。
言い終わると彼女は俯いて嗚咽を漏らした。
「……君のことは何も知らない」
慎重に選びながら言葉を紡ぐ。
「ただ、屋上から下を眺める君を見つけて、止めなきゃと思った。僕は、君に生きていてほしいと思った。……それが理由じゃ駄目かな」
彼女が声を上げて泣き始めたので、そっと背中に手を回した。拒絶はされなかった。
……うまくいった。
確信を得て、喜びから唇を噛み締める。
1つ下の学年の彼女の境遇は知っていた。だからこそ目をつけた。
ただ馬鹿正直に正面から止めに入るんじゃあ、手元には何も残らない。
消耗していく彼女を眺めつつ、追い詰められていく様を伺いつつ、今夜このタイミングで手を差し伸べることに意味があったのだ。
そろそろ呼んでおいた警察が駆け付ける頃だ。サイレンの音がすぐそこまで近付いてきている。
これで僕は正式に、虐めを苦に自殺を図った生徒を救ったことになる。
生徒会長も務める僕の内申はこれで完璧だ。
「私、まだ生きてていいのかな」
腕の中の彼女がポツリと呟いた。
嗚呼、馬鹿だなあ。
君の役目はもう終わり、ここから先は、生きる理由なんてないよ。

しおりさんには「繋いだ手が熱を持つ」で始まり、「理由なんてないよ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字)以内でお願いします。

#書き出しと終わり #shindanmaker

https://x.com/siori__reality/status/1703103696098521345?s=46&t=mTwfI7IIRXqkFF9Wxc85hg

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