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パステルR&Bは新しいムーブメント。

このル・プチメックのwebサイトでも『好物歳時記』というコラムを連載している岡本仁さんが2000年頃に編集長を務めていたrelaxという雑誌があった。伝説的にすらなっていて、影響を受けた人も多いこの雑誌をあらためて書くことも躊躇われるので多くは書かない。僕は書店でrelaxを購入する際に背表紙をまず見るのが好きだった。例えば「いちばん保守的だと思っているものが、一番過激だったりすることもあるよ。(2001年No.50)」、「流れていくものの中から流されないものを見つけることが上手になれたら、と思う。(2002年No.68)」といった具合に。それは時にrelaxという雑誌のステートメントのようであり、全体にはゆるい雰囲気であったrelaxの中で僕の(僕らの)心の教訓になっていたりする。姉妹紙relax for girlsのNo.02の背表紙にある「何かをいいと思う理由が、他人の目ではなく、きちんと自分の中にあるキミに捧げます。」が中でも一番好きだ。

様々な生き方、あるいはLGBTなど多様性や包括性が求められる現代だけど、難しいことはさておきこの「何かをいいと思う理由が、他人の目ではなく、きちんと自分の中にある」というのは非常に大事な気がする。自分の中にある好きを大切にすることは、他人の中にある好きも同様に認めることだなと思う。


さて、音楽の方に目を向けると最近では10代のミュージシャンをこのコラムでも何度か紹介しているけれど、続けて追っているとうっすらシーンとも呼べそうなものが見えてくる。シーンと言うよりはもっと気軽なコミュニティみたいなものと言った方が良いだろうか。Clairoがベッドルームで制作した音楽が世界中で大ヒットしたことを発端に、10代の音楽家たちがベッドルームから発信する曲が次々に注目を集めていった。Lo-Fi HiphopやR&Bマナーをベースに彼女たちの作るポップミュージックは実に自由で軽やかだ。ClairoはプロダクションプリンセスというガールズコミュニティをSophie Meiersらと運営し、音楽機材の使い方からプライベートな悩みまで様々な問題解決が共有されているという。Youtubeがあらかじめ身近だった世代というだけでなく、こういうネットワークも彼女たちの早熟な音楽センスの理由なのだなと納得させられる。


L.A.の10代女性SSWのDenyahは「From one indie black kid to another and the others that aren’t black.(黒人インディーキッズから全てのインディーキッズへ)」と自己紹介をする。彼女はまた自分の音楽をPastel R&Bと定義した。ルーツであるR&Bをベースにしながら彼女が好きなインディーポップを無理なく消化するボーダレスな音楽性を定義する。同時にパステルR&Bという言葉は世代の音楽の多様さを実に上手に内包している。僕はそれが気に入って今年に入ってからこれらの音楽を形容するのによく使っている。ふわっとして軽やかなのに自分たちの「好き」をはっきり主張している強ささえ感じる。


最近知ったパステルR&Bの中で一番気に入っているのはカナダのSSW、Mileenaだ。高校生の時から地元ラジオ局で取り上げられたりしていたそうだけど、2018年に発表された作品では先述のムーブメントに触発されたようなパステルR&B的ポップミュージックだ。ミュージックビデオがまた良い。友達と思わしきルーツのバラバラの女の子4人が楽しそうに戯れる。アイスクリームのようなパステルトーンに統一された色合い、しかしテイストはバラバラの服装。彼女たちの可愛さ、美意識は一つじゃ無くてよいというふわっとしたメッセージもかっこいい。これって日本のChaiが言うところのネオカワイイじゃないのかと、ふと思った。そう思うとChaiが今、海外でもものすごく受けている理由が見えてくる。ネオカワイイは世界で起きている新しいガールズを中心とした「何かをいいと思う理由が、他人の目ではなく、きちんと自分の中にあるキミに捧げる」カルチャーのど真ん中にいる。この音楽ムーブメントは2019年ますます拡大する気がする。


※この文章はル・プチメックのWebサイトに連載した「片隅の音楽」をアーカイブしたものです。初出:2019年1月

mileena「Look at Me EP」(自主制作/2018)

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