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“視点”の時代。

20数年前、学生の時作っていたZINEでのインタビューで「あなたにとってインディーミュージックとは何ですか?」の問に「インディーミュージックは僕にとって外の世界に開かれている窓みたいなものだ。色々な人の見ている景色を音楽を通じて僕も見ることが出来る。」と答えたのはアメリカのバンドTullycraftのシーン・トレフソンであった。それ以来、僕の中でのインディーミュージック、というよりは音楽やアートに接する時のスタンスは一貫してそのようなものになっている。僕が音楽に求めているものは、その曲をつくるミュージシャンを通じて彼らの見ている窓の外の景色を覗き見する楽しさだ。つまりは「視点」という言葉に置き換えてみてもよい。100人いれば100人の世界の見方がある。何かが新しいわけではなくても、違う人間の目を通じて見た世界は新たな気付きが溢れている。20世紀にあらゆる音楽技法、メロディはやり尽くされたと言われていても、僕にとって今も音楽シーンが新鮮であり続けるのもそういう事だろう。


ひとみナルドというアーティストを初めて見たのはTwitterでフォローしている福岡の方がアップされたライブの映像だった。T-SQUAREの有名すぎるF-1のテーマを小さな太鼓を叩きながら、勝手に歌詞を乗せて歌っていて仰け反る。他にもエンヤのカバーをチープなオケに乗せて日本語歌詞で(調子外れに)歌いキワモノとも取られかねない音だが(実際会場には笑い声が漏れていた)、そこはかとないポップセンスを感じてしまったのだ。名前を初めて見たので調べたところ、その他の短編ズの森脇ひとみさんの変名ユニットだと知る。なるほどそりゃ一筋縄ではいかないわけだなと納得したのを憶えている。


その他の短編ズは福岡の女性2人組ユニットだ。アコースティック・ギターとチープなキーボードとリズムマシンという編成から奏でられるミニマルな音は、ラップとフォークを行ったり来たりする独特な言語感覚とメロディとハーモニーを持ち音楽性もジャンル分けが難しい。緩くて不思議なキャラクター同様独特な存在感を放つ。地元福岡で活動するよりも東京で先に見つけられたというのも、どこにも属さないその存在感ゆえだろう。女の子2人が部屋で気の趣くままコソコソと楽しく作っているものを覗き見している感覚。そういうものにどうも自分は惹かれてしまうようだ。


森脇ひとみさんのソロによる自主制作によるCD-R「young」がこの夏発売された。その他の短編ズと基本姿勢はまるで変わらないと思うけれども、より森脇さんのつくる親しみやすく懐かしいメロディーの作品が多く並ぶ。どこにでもある、あるいはどこにもない郊外の町の景色が浮かぶフォークソング。そこには何も大きな事件も起きないし、特別な何かがあるわけではないけれど、人々が生活して常に新しい時が刻まれる。森脇さんが暮らしの中から感じたものをとりとめもなく綴ったエッセイを読んでいるような感じのする1枚だなと思った。多分僕はこれをずっと愛聴するだろう。


その他の短編ズも10月に新アルバムが発売されるそうだ。さらにはヨーロッパツアーが待っているらしい。誰かの窓から見たパーソナルな景色はいつだって世界に通じている。音楽をはじめアートや写真、デザインなども「個人の視点」が重要なキーワードになる時代がもう来ている気がしている。


※この文章はル・プチメックのWebサイトに連載した「片隅の音楽」をアーカイブしたものです。初出:2018年9月



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