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愛おしい日常の音楽。

今年は桜も咲くのが遅れ、なかなか寒い春だったのですっかり油断していた。蓋を開けてみたら8月半ばまで30度を下回らないなんて予報もあるそうで、早くも今夏を乗り越えられるかどうか不安だ。子どもの頃は真夏日なんて聞くと最高ランクの暑さだと思っていた。しかし今や猛暑日なんてさらに暑い日が訪れるのも普通のことになってしまった。数年前までは地球温暖化を防ぐためにエアコンの設定温度は下げましょうとか、なるべく節電しましょうなんて言われていたのに、最近では逆に室内でも熱射病の危険があるので積極的にエアコンを入れましょうとかなんとか。縁側で風鈴の音色をBGMに涼むなんて昭和な夏の風物詩もそのうち忘れ去られてしまうのかも。少し寂しい気もする。


夏は苦手だけれども好きな夏の曲を一曲挙げろと言われたら「夏なんです」を挙げる。ギンギンギラギラの夏なんですのフレーズでお馴染みのはっぴいえんどの名曲。すごく日本的な風景が目に浮かぶ曲だけれども元々は60年代のサンフランシスコのサイケバンドMoby Grapeの「He」から影響を受けたと言われている。イントロの妙に頭に残るフレーズはまさにそこから来ている。曲調もそう違いがあるわけでもないのに、西海岸から日本に印象を180度変えてしまう松本隆の歌詞の文学性、言葉を音楽に乗せる手腕に驚かされる。


2011年に発売された「遠くへ。前園直樹グループ第二集。」というアルバムに「夏なんです」のカバーが収録されている。もちろん有名な曲だから数多くのミュージシャンにカバーされている。しかしあの不思議なギターフレーズ抜きのカバーで成功しているのは僕の知る限りこれのみだ。前園直樹グループは小西康陽もメンバーとして参加するバンドだ。小西はオリジナルのフレーズを別のトランペットの旋律に置きかえている。ジャジーでクラシックソウルなトランペットが田舎の畦道から都会の路地裏へと場面を刷新する。アレンジャー小西康陽のセンスにひれ伏すばかりだ。


小西は自分でもこのアレンジが気にいてるようで、別の曲でも再び取り入れている。2015年に発売された星野みちるのシングルEP「夏なんだし」がそれだ。「夏なんです」のアンサーソングとも言える要素を散りばめながらヒップホップアイドル歌謡曲に仕立てた痛快な一曲。その中で先の「夏なんです」のカバーで入れたトランペットのフレーズを効果的に配置する。田舎の畦道が今度はSNSで写真をアップして夏を満喫する現代若者の夏模様である。しかしそんな中にも盆踊りや花火大会と変わらぬ日本の夏の風物詩を描き出す。


そんな若い女の子の日常の中にふと、日本は永遠に戦争放棄という一節が飛び込んでくる。声高に叫ぶ反戦歌ではもちろんない。日常を歌う曲だからこそ日常の大切さを歌っているのだ。そういえば小西康陽は自らプロデュースしたピチカートファイブのトリビュートアルバムのタイトルを「戦争に反対する唯一の手段は。」としている。吉田茂の息子であり文芸評論家の吉田健一が1950年代に新聞に書いたコラムの一節からの引用だ。元々の文章はこうだ。「戦争に反対する最も有効な方法が、過去の戦争のひどさを強調し、二度と再び、……と宣伝することであるとはどうしても思えない。~(中略)~戦争に反対する唯一の手段は、各自の生活を美しくして、それに執着することである。」 まったくその通りだと思う。なんだか「夏なんだし」に描かれる日常がとても愛おしいものに思えた。


※この文章はル・プチメックのWebサイトに連載した「片隅の音楽」をアーカイブしたものです。初出:2017年7月


星野みちる 「夏なんだし」(ViViD SOUND/2015)

AKBも初期メンバーでもある女性アーティスト、星野みちるの10枚目のシングル。ViViD SOUND独特のCD+7インチレコードというフォーマットでのリリース。作詞・作曲・編曲・プロデュースを元ピチカートファイブ小西康陽が手がけるA面「夏なんだし」、B面は同じく元ピチカートファイブの高浪慶太郎による作曲(作詞ははせはじむ、編曲はマイクロスターの佐藤清喜)と渋谷系ファンにも嬉しい一枚。星野みちるはその確かな歌唱力とまっすぐな歌声で音楽関係者からもファンが多く色々なミュージシャンと共演、曲提供を受けている。6枚目となるアルバム「黄道十二宮」が6月12日にリリースされたばかり。


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