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お茶をしながらシャーロック・ホームズを囲む会 グラナダTVドラマ『バスカヴィル家の犬』

犬じゃありません!シャーロック・ホームズはねこです!

こんにちは、こんばんは。シャーロック・ホームズ猫派の針衣です。
グラナダ版『シャーロック・ホームズの冒険』もとうとう『バスカヴィル家の犬』にさしかかりました!

この長編はドラマとしての出来があまり良くないといった意見もあるようですが、筆者にとっては原作の『バスカヴィル家の家』からして助長でじっとりと曖昧な空気感の続く作品ですのであまり気になりません。
しかし、それは決してこの話が面白くないというわけではなく。
そこで今回はグラナダTV版『バスカヴィル家の犬』について語るにあたり、「シャーロック・ホームズは犬か猫か問題」と「シャーロック・ホームズ作中唯一の手料理」を取り上げていきます。


この記事はお茶をしながらシャーロック・ホームズを囲む会の第6回目になります。
(前回はグラナダ版『ブルース・パーティントン設計書』とマイクロフトについてでした。URL: https://note.com/siptea_readbooks/n/nd970a68c3ac0)

☆ネタバレ注意☆
正典『バスカヴィル家の家』、グラナダTV版『バスカヴィル家の家』、そのほか放送済みのグラナダTV版エピソードのネタバレが含まれる可能性があります。

お茶の準備...?

こんにちは、こんばんは。
さて、本日ですが筆者のお茶がありません。
多忙によりまさかのお茶を楽しむ暇がないという事態に陥っております。

というわけで、せめてドラマ『バスカヴィル家の犬』と合わせようと考えていた飲み物について紹介しておきます。

ずばり、エアコンの効いた部屋でココア80%のビターなホットチョコレートを舐めながら視聴するというのはいかがでしょうか。

霧の立ちこめるムーアに囲まれた家で、ひとときの安心を享受する夜の気分を味わえる、かも......

紅茶であれば、日本販売のトワイニング・プリンスオブウェールズがスモーキーな風味が強かった覚えがありますので、これも今回のエピソードに合いそうです。

お時間のある方は、ぜひお好みの飲み物をご用意してドラマを楽しんでくださいね!

・シャーロック・ホームズは犬か猫か

なぜか、この世は犬っぽいシャーロックホームズのイメージで溢れています。
実際に宮崎駿監督のアニメ『名探偵ホームズ』やコリン・ゴスリング(Corrine Gosling) の『Sherlock and the Baskerville Beast』という絵本などは、ホームズを犬のキャラクターにしていますよね。

原作に関して言えば、確かにホームズを犬に例えている描写は存在します。
そもそも正典(原作)にはヴィクトリア朝の人々の犬に対する愛着ゆえなのか、犬への言及がよくみられます。ドラマをご覧になった方はお気づきだと思いますが『バスカヴィル家の犬』もまた犬が多く登場する作品の一つで、モーティマー医師が連れているのは「巻き毛のスパニエル」、タイトルでもある荒地の怪物は「ハウンド」です。

しかしながら、シャーロック・ホームズという人物に関して『バスカヴィル家の犬』は間違いなくネコチャンの作品なのです。

それがこちら、原作『バスカヴィル家の犬』第12章の冒頭に現れています。

「In his tweed suit and cloth cap he looked like any other tourist upon the moor, and he had contrived, with that catlike love of personal cleanliness which was one of his characteristics, that his chin should be as smooth and his linen as perfect as if he were in Baker Street」(ツイードのスーツとハンチング帽を身に纏ったホームズは荒地にいる他の観光客と変わらないように見えた。しかし、彼の特質の一つでもあるその猫じみた身綺麗さでホームズは剃り残しも出さずに髭をあたり、シャツを完璧に整えていて、まるで今この時もベーカー街にいるかのようだった。)(注1)

荒地に潜伏していたホームズと再会したばかりのワトソンの語りです。
この『彼の特質の一つでもある、その猫じみた身綺麗さで』という部分から、ワトソンは普段からホームズ(の身支度を整え方)を「猫みたいだ」と考えているらしいことがわかります。

そうです、はっきりホームズ本人の性質が猫っぽいと書かれているんです!

ホームズの部屋を散らかし放題にするところや、浮き沈みの激しい気まぐれ(?)な性格、ワトソンに対してのツンデレな態度も考慮すれば、シャーロック・ホームズのイメージは犬というより猫です。ネコちゃん。

残念ながらドラマ版にはこの「猫のような」というナレーションは存在しません。
ドラマの後半、荒地の洞窟でワトソンと久しぶりに顔を合わせたホームズは、ロンドンにいるときと同じ黒いコートとスーツ姿です。
ツイードの代わりにいつもの衣装を着ていることで、荒地(ムーア)の風景から浮いた印象を持たせているのでしょうか。
ドラマの該当シーンをご覧の際は、ぜひ「ホームズってネコチャンみたいなんだなぁ」ということを頭の片隅に置きながら視聴してみてください。

注1) Conan Doyle, A. “The Hound of the Baskerville”, in The Hound of the Baskerville & The Valley of Fear. Pan Macmillan, London, 2016, pp.153-154.

・シャーロック・ホームズ、作中唯一の手料理

「猫みたいなホームズ」には言及しなかったドラマ版ですが、その一方で非常に面白い翻案部分もあります。

それは上で話題にしたのと同じく、ホームズとワトソンが荒地(ムーア)で再会する場面。
潜伏の拠点にしていた洞窟で、なんとホームズがワトソンに手料理を振る舞うシーンがあるのです。

「Now let me see what meagre refreshment I can provide」(さて、貧弱ではあるが軽食を提供しようか)
と言ってホームズがワトソンの前に出してきたのは、白っぽいべちょべちょのシチューらしきなにか......

ワトソンの「it’s quite disgusting」(これは酷いよ)という直截な台詞にはほとんどの視聴者が同じことを思ったでしょう。
ホームズ自身はニコニコと自信ありげに食事を出しているのがまた面白いところです。(注2)

ワトソンも手を付けないようなこの洞窟ご飯ですが、味はまずいと本人も自覚しているところが仕事中の食事には頓着しないホームズらしいですね。

『バスカヴィル家の犬』はグラナダ版で唯一ホームズが料理をしているエピソードだと思います。
もちろん原作『バスカヴィル家の犬』にはこの場面はないのですが、原作にもたった一度だけホームズがワトソンに料理を振る舞うというシチュエーションが存在します!

原作では長編作品の『四つの署名』にて、ホームズがワトソンに手料理を作ったことが示唆されているんです。(注3)
ただし、ワトソンだけでなく客人(警察官)にも食事を出していることを考えると、原作のホームズはそれなりのクオリティーの料理を作ったようです(笑)

色々なことに長けているホームズなので料理も一通りこなせるのかもしれませんが、筆者はドラマ版『バスカヴィル家の犬』で微妙な見た目の食事を食べさせてくるホームズも好きです。

注2)筆者はいつもこのシーンで笑いを堪えることができませんが、ワトソンが断るとため息をついて「Yes, it is. But it’s better when it’s hot.」(うん、そうだけど... でも温かいときはまだマシなんだ)と呟くホームズを見ていると、愉快であるの同時に可哀想な気分にもなってきます。

注3) 『四つの署名』の第9章の終わりで、ジョーンズ(警察官)を食事に誘ったホームズは次のように話します。
「I have oysters and a brace of grouse, with something a little choice in white wines. Watson, you have never yet recognized my merits as a housekeeper.」(牡蠣に雷鳥が2匹、あまり名柄の選択肢はないが白ワインもある。ワトソン、君はまだハウスキーパーとしての私の優秀さは知らないよ。)
Conan Doyle, A. “The Sign of the Four”, in A Study in Scarlet & The Sign of the Four. Pan Macmillan, London, 2016, p.267.

まとめに代えて

筆者が日常に忙殺されており、今回は変則的な紹介になってしまいました。
『バスカヴィル家の犬』はそのほとんどがワトソンからホームズに宛てた手紙で構成された物語です。ドラマ版では、ロンドンを離れるワトソンへ宛てたホームズの手紙が印象的でしょうか。他の正典作品とは一味違った語りになっていますので、興味を持たれた方がいらっしゃいましたら原作の『バスカヴィル家の犬』もぜひチェックしてみてください。

最後まで読んでいただいた方はありがとうございました。
それでは、みなさま良いシャーロック・ホームズライフを!

針衣

以上で取り上げたドラマの台詞・本の引用などで日本語訳がなされている場合は、筆者の自訳になります。


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