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お茶をしながらシャーロック・ホームズを囲む会 グラナダTVドラマ『ブルース・パーティントン設計書』

これを読んでいるそこのあなた、牡蠣はお好きですか?

今週のNHK・BSプレミアムで再放送されている「シャーロック・ホームズの冒険」は『ブルース・パーティントン設計書』です!
シャーロックの兄、マイクロフトの原作では数少ない登場回とあって、マイクロフト推しの筆者はこのエピソードが多くの人の目に留まることを願ってやみません。

この記事はお茶をしながらシャーロック・ホームズを囲む会の第5回目になります。
今回も正典(原作)ファンが、原作とドラマ版の違いを踏まえてグラナダ版『ブルース・パーティントン設計書』の面白さを紹介できればと思います。

☆ネタバレ注意☆
正典『ブルース・パーティントン設計書』、グラナダTV版『ブルース・パーティントン設計書』、正典『ギリシャ語通訳』(ほんの少しです)、そのほか放送済みのグラナダTV版エピソードのネタバレが含まれる可能性があります。


お茶の準備

こんにちは、こんばんは。今日もお茶の準備からしていきます。
この記事をいつご覧になっているかはわかりませんが、画面の前のあなたも是非お好きな飲み物と一緒にドラマを楽しんでください。
(飲み物を用意できる環境にない方は目次の「マイクロフトのグラナダ版独自の設定・脚色」からどうぞ)

筆者は牡蠣といえばレモン派ということで、本日のお茶はバシラーティーのレモン&ライムというお味です。

筆者の本日のお茶

 紅茶に柑橘の香りがつけてあるフレーバーティーですが、このお茶は珍しくも果皮の匂いというより果汁のイメージ。
苦味の気配を感じることはなく、口に入れた瞬間にふわっとレモンとライムの華やかな香りが広がります。
爽やかな柑橘の味を楽しみながら『ブルース・パーティントン計画書』を見れば、ラストでお腹がすいてくること間違いなしです。

それでは、ドラマの内容に参りましょう。

マイクロフトのグラナダ版独自の脚色・設定

・シャーロックとの兄弟関係


『ブルース・パーティントン設計書』では、シャーロックホームズの兄マイクロフトが事件の捜査を依頼しにベーカー街を訪れます。
原作ではマイクロフトが引き連れているのがお馴染みレストレード警部であること(注1)
他エピソードでもみられるようにホームズの台詞のいくらかをワトソンが引き受けていること
など細かな違いはありますが、シャーロックとマイクロフトが事件に関して意見を交わしている場面は概ね原作の通りです。
ところが、原作に忠実な台詞の中に突然ドラマオリジナルの発言が混ざります!
それはこれまで行われた捜査について聞き終えたシャーロックが「What is there for me to do?」(それで、僕にどんなすることがあるんです?)と言ったことに対するマイクロフトの返答です。

「All my instincts are against this explanation and yours too, I think. We are not brothers for nothing.」

前半の「All my instincts are against this explanation.」(わたしの直感はことごとくこの説明に反発しているのだ)という部分は原作にも存在します。(注2)
ドラマ版ではそのあとに、
「おまえの勘だってそうだろう。我々は伊達に兄弟だというわけではない」
と続きが加えられているんです。
シャーロックとマイクロフトの知性の高さや、二人がお互いの思考回路をよく理解していることを示すこの台詞があることにより、視聴者のワクワクは一気に掻き立てられます。
二人が兄弟だという事実の強調にもなっていて、マイクロフト好きの筆者にはたまらない翻案です。

注1)筆者はグラナダ版のレストレード警部が好きなので、ここで登場する警察官がレストレードでなくて少し残念です。
ただ、ホームズ・ワトソン・マイクロフト・レストレードの面子が勢ぞろいするとキャラクターが濃くなりすぎてドラマが纏まらないだろう、というのは想像できました。実際は俳優さんのスケジュールの影響でキャスティングが違うのかもしれませんけどね!
注2)Conan Doyle, A. “The Bruce-Partington Plans”, in The Return of Sherlock Holmes & His Last Bow. Pan Macmillan, London, 2016, p.496.

・マイクロフト直筆の手紙

ドラマは中盤、221Bの部屋にマイクロフトからの書簡が届きます。

封を開けて中身を見たシャーロックは一言、
「He writes like a drunken crab !」(酔っ払いガニみたいな字だ!)。

筆者が a drunken crab で最初に思いついたのは「酔っぱらったカニ」という酒で蟹を煮る料理ですが、本当にその料理を指しているんでしょうか?
とにかく、かくも読みにくそうな字だったことは感じ取れます。

さらには、医者は悪筆に慣れているから君が読んだ方がいいだろう、とシャーロックから手紙を渡されたワトソンでさえ、一行目は読めないなどと言う始末。一体どれだけ癖の強い字なんでしょう。

これらの台詞ももちろんグラナダ版独自の翻案です。

原作でも確かにマイクロフトから手紙が届きますし、ドラマ版のようにシャーロックはその手紙を一瞥してワトソンに渡します。(注3)
しかしながら、手紙の内容が書かれているのみでマイクロフトの書き癖に関する記述はまったくないんですよね。(注4)
どこからこんなコミカルな場面が発想されたのかが気になるところです。
グラナダ版では別のエピソードでも「医者は字が汚い」という言説に触れているので、このマイクロフトの字が汚いという設定にもなんからのシナジーを感じます。
(『ブルース・パーティントン設計書』よりも後のエピソードなので題名は伏せます。)

注3)「Surely enough, a note awaited us at Baker Street. A government messenger had brought it post-haste. Holmes glanced at it and threw it over to me.」(その通りに一枚のメモがベーカー街で我々を待っていた。政府の使いがそれを急ぎで運んできたのだった。ホームズはそれを一瞥すると、私に投げて寄こした。)
Conan Doyle, A. “The Bruce-Partington Plans”, in The Return of Sherlock Holmes & His Last Bow. Pan Macmillan, London, 2016, p.508.
注4)Conan Doyle, A. “The Bruce-Partington Plans”, in The Return of Sherlock Holmes & His Last Bow. Pan Macmillan, London, 2016, pp.508-509.

・犯人を待ちながら一人だけ...

物語は進み、シャーロック・ワトソン・マイクロフト・ブラッドストリート警部の四人はオーベルシュタインの家に張り込みます。

罠にかかった犯人が現れるのを待つ緊迫したシーンで、マイクロフトはなんと居眠りをしているんです。
そして、シャーロックが「Wake up, Brother. He's here.」(兄さん、起きて。やつが来ましたよ)とゆすり起こすまで起きません(笑)

原作ではマイクロフトもそれなりに気を張り詰めさせていそうな描写がされているんですけどね...(注5)

グラナダ版『ギリシャ語通訳』のエピソードで犯人と一人で対峙しに行ったことといい、このドラマのマイクロフトは非常に肝が太いようです。

こうして一貫して豪胆な性格として表現されているところは、時には違法な家宅侵入までやってのけてしまうシャーロックとの兄弟らしさが感じられて筆者は好きです。

マイクロフトの物事への動じなさをうかがえる翻案は、このエピソードのラストシーンにもあります。

主犯のオーベルシュタインを首尾よく確保した後にマイクロフトは、
「(前略)and the Diogenese Club has the most excellent oysters. I should like both of you, gentlemen, to be my guests.」(ディオゲネスクラブに絶品の牡蠣がある。諸君にご馳走しよう。)
とすぐに食事に意識を向けています。

この牡蠣の話題も原作『ブルース・パーティントン設計書』には欠片も存在しませんが、不思議とマイクロフトらしい物言いです。
もちろん、筆者がルイス・キャロルの作品に登場する『セイウチと大工』からの連想でそう感じているだけかもしれませんが。(注6)

ところで、ホテルから退場する途中でマイクロフトが
「come along, Sherlock!」(ほらおいで、シャーロック!)
と付けたしているのは、シャーロックホームズがどんな食事にもあまり食指を動かさないタイプだとよく知っているからなのでしょうか。
すごく年上の兄弟っぽい...!
このエピソードで一番マイクロフトのお兄ちゃんみが出ている台詞だと筆者は勝手に思っています。

注5)原作では、「Lestrade and Mycroft were fidgeting in their seats and looking twice a minute at their watches.」(レストレードとマイクロフトはめいめいの席でそわそわと落ち着きなく、時計を一分に二回は確認していた)となっており、さしものマイクロフトもグラナダ版ほどはどっしりと構えていられないように読めます。
Conan Doyle, A. “The Bruce-Partington Plans”, in The Return of Sherlock Holmes & His Last Bow. Pan Macmillan, London, 2016, p.517.

注6)マイクロフトは原作『ギリシャ語通訳』のワトソンによれば「a broad, fat hand like the flipper of a seal」(あざらしのヒレのような幅広で太った手)をしているそうです。正確にはセイウチではありませんが、ヒレの部分はセイウチもあざらしも似ているんじゃないでしょうか。
Conan Doyle, A. “The Greek Interpreter”, in The Memoirs of Sherlock Holmes. Pan Macmillan, London, 2016, p.213.

結びに代えて ~マイクロフトの話をするときによく起こること~

本日はマイクロフト・ホームズについてたくさん語ってしまいました。

シャーロックの兄であり、シャーロックを超える知力の持ち主である彼は、その性格や日常生活も非常に魅力的なキャラクターです。
もし今回マイクロフトに興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、ぜひ原作の『ブルース・パーティントン計画書』や『ギリシャ語通訳』もお手に取ってみてください。

それでは最後に、携帯やパソコンを通してマイクロフト・ホームズの話をしていると、よく起こる現象についてお話して終わりたいと思います。

スマホやパソコンには予測変換の機能がついています。そのため、「マイクロフト」と打つと、かなりの確率で「マイクロソフト」に自動修正・誤変換されることがあります!
さらには、両者は一文字違いのため「マイクロソフト」は高い確率で「マイクロフト」に空目してしまいます。

よって、今回この記事の本文中に「マイクロソフト」表記があった場合、それは筆者の気づいていない誤変換になります……
もし見つけられた場合は、コメントで教えてくださいますようお願い申し上げます。

最後まで読んでいただいた方はありがとうございました。

それでは、みなさま良いシャーロック・ホームズライフを!

針衣

以上で取り上げたドラマの台詞・本の引用などで日本語訳がなされている場合は、筆者の自訳になります。

・参考文献
Conan Doyle, A. “The Bruce-Partington Plans”, in The Return of Sherlock Holmes & His Last Bow. Pan Macmillan, London, 2016, pp.485-522.

Conan Doyle, A. “The Greek Interpreter”, in The Memoirs of Sherlock Holmes. Pan Macmillan, London, 2016, pp.209-232.


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