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スイッチを押すとき(前編)


2017年10月


世間ではプレミアムフライデーが始まったり、ハンドスピナーが流行したり、上野でパンダが生まれたり、安室ちゃんが引退を表明したりしていた



そんな中、私はひとり絶望していた



アホほど彼氏ができないのである




私が気づいてないだけでこの世ってもしかして“彼氏”という概念消失した?



友達に聞いてみましたが「していない」という返事がきました



これまで出会いがないわけではなかった



元カレと別れてから二年。合コン、街コン、相席屋、知人の紹介、異業種交流会、行きつけのバーの開拓、同窓会、結婚式の二次会、逆ナン……思いつく限りのあらゆる手を尽くしてきました


良い人は本当にたくさんいた


ただ、みんな私にとって眩しすぎた。光っていた。ギンギンに「光属性」だった


私は闇属性なので光属性の人を目の前にすると「ショワアアアアアア」と溶けてしまう傾向にある



男性A『休日は子供たちと触れ合うボランティア活動をしています!』


男性B『今インドネシアに単身赴任中で、日本に帰ってきたら家族と過ごしています!しりさんにもお土産があるのでよかったら受け取って下さい!』


男性C『実はまだ女性とお付き合いしたことがなくて、結婚を前提にお付き合いしたいと考えています!』


しり『ショワアアアアアア!!!!!』



小林製薬「トイレかんたん洗浄丸」のごとく溶ける私



彼らは間違いなくいい人たちだった



誠実そうだし、きっと私のことを大切にしてくれるだろうと思った



でも、もし私が「夕飯はだいたいちくわ4本で済ます」という話をしたらどんな顔をするだろうか



「暇な日は、力こぶを作ったときにできる腕のくぼみに水をどれだけ溜められるかというチャレンジをして時間を潰しています」という話をこの人たちにしても良いのだろうか


きっと困らせてしまうに違いない



私がこの人たちを不幸にしてしまう気がした



そんな感じで、当社の求める人物像とマッチングしないまま数か月が過ぎていきました



*********



彼氏ができねえ……彼氏が……できねェ……ッ!



ある日、ロックグラスに入った茶色い酒を傾けながら涙を流しているとき、ふと思い出した言葉があった


2年前に別れた元カレの言葉だ


『29歳になってもお互いに相手がいなかったら、その時は復縁して結婚しよう』


別れ際にそう言われたのだった


私は当時29歳では全くありませんでしたがなんかもうこのまま一人で老いていくことが当確していたし、とりま連絡してみよーっと!と思いました(軽い)


元カレとは6年の交際の末別れたのですが、決して嫌いになったわけではなく、まだ若い私たちには外の世界を見ることが必要である、という結論を出し、前向きに別れを決めたのでした



連絡を取るとすぐに返事がきて、スムーズに飲みに行くことになりました


しかし、久々に会った元カレは変わっていた



「いや~なんか俺モテちゃってるんだよね~」



殺すぞ



あの「もし29歳になって……」みたいなことを涙目で言っていたド純朴な青年はどこに行ってしまったというのか



私は尋ねました


「モテるって、出会いが大量にあるってこと? どこにあるんですかそんなのはよォ…」

「マッチングアプリ」


彼はスマートフォンを開き、マッチングアプリの画面を見せてくれました



女の子の画像が無限に画面上に表示されている……なんだこれは


彼は「マッチングアプリ商」のごとく私に滾々と説明を続ける


「こうやって、いい感じだったら『いいね』を押す。相手から『いいね』が返ってきたら、マッチング成立ってこと。そこからメッセージのやりとりがスタートできるっていうシステム。俺も何人かマッチして、映画見に行ったりデートしてるよ」

「なるほど。でもなんかさあ、こんなにお手軽なら遊び目的とかの人いるんじゃないの?」

「いや、このアプリは少ないんじゃない? 男は7,000円くらい課金しないとダメだし。女性もそれより安いけど多分課金するはず」


7,000円


ZARAで2、3着買える値段



それだけのお金を払ってでも人類は誰かとマッチングしたいというのか


そして元カレもガチで女を探しに行っているということが自然にあぶり出されてしまいました


望みは薄いですが私は念のため本題である例の件について聞いてみました


「あのー、別れる時に『29歳までに恋人ができなかったら』的なお話をしましたよね? あの話は……まだ生きてるのかな……?」


「ああ、あったねそんなの(笑) 俺、このアプリで知り合った人と今年中に付き合って結婚するつもりだから」



ガッデム!!!!!!!!!!!!!



元カレとの飲みを早々に切り上げた私はその日のうちに彼と全く同じマッチングアプリをダウンロードし、そこそこ盛れていると思われる画像を登録しプロフィール文を投稿、躊躇なく課金を行って準備を万端にしました


そしてさっそく男性陣から「いいね!」の通知が来始める


私は目を見張りました


なんということでしょう……


一切色気のなかった私のスマートフォンの画面上に、妙齢のいい感じの男子が「いいね!」と言いながら大量に流入してくるではありませんか……!!!!!!


お、男じゃ……男じゃあ~!!!!!


私は呪いにかけられ女しか生まれなくなっていた村に数年ぶりに男がやってきたときの長老みたいな叫び声を上げてしまいました


この人たちは少なくとも私に「好意」を抱いてくれているということでいいんだよね?


うわ~モテちゃってるわ、私


鬼モテ委員長だわ


とにかくもう、やるっきゃない


元カレが年内に彼女作るとか言ってるし私だって年内に決めたるワイ!


そんな風にとにかくスピード重視で、プロフィール写真が上半身を脱いでいなければ全員「いいね」を押しとくことにした私。

「この人とか顔がぼんやりしてるけどプロフィール文に『寿司が好きです』って書いてあるしいい人かな……ひとまず、いいね、と」


その、初めて「いいね」を押した寿司好きの彼が交際後に訴訟を起こすような鬼であろうとは、当然ですがその時の私は知る由もありませんでした


次回につづく


後編はこちら



≪本日の一曲≫ Summer of Love / Yogee New Waves


ありがとうイン・ザ・スカイ