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ネズミ講編 その2 #2:玉越よ、お前もか!

前回まではこちらでございます

2週間後、新宿の西口小田急デパートの入口で18時に待ち合わせをして合流する。
玉越君はいつもよりキッチリした格好をしているので、おや?と思うがまあそういうファッションなのかなとツッコミもせず「じゃあいこうか!」と大きなビル群の方へ歩く。

あれ、こんな方に楽器屋あったっけ?
楽器屋といえば駅前だし、ニッチな楽器系商品なら大久保やお茶の水なんじゃないのか。

大きなビルにつき、エレベーターに乗り24だか25階を玉越くんが押す。
こんな高層ビル、俺みたいなもんが場違いで恥ずかしいよ。
いつも通り汚いTシャツにヨレヨレのGパンだぞ俺は、裾も破れてるし。

「さあ、ついたよ。これから説明会が始まるから座って」

説明会?
そんな大袈裟な?
とりあえずは座る。
座るしかないでしょう。
いや、帰るべきなんだけど。

60人ほど着席していただろうか、配置としては俺みたいなエモノ1名を幹部らしき人と勧誘員が挟む形で3名1組テーブルがズラっと並ぶ。
テーブルには機械のパンフレットと、申込書。

幹部らしき人がこれ以上無い笑顔で(そう、ねずみ講の人の「あの」笑顔です)俺に聞いてくる。
「木村です、ようこそー!玉越くんとは、どういったお友達ですか!」
グレーのスーツ、真ん中分けの坊ちゃんカットで良さそうな時計をしている。年の頃は27,8だろうか。

「あー、バイトが一緒なんですけど、お互いバンドもやってるってことで」
「そうですか!それはよかったですね。ではじっくりこの説明を聞いて見てください、素晴らしいものですから」

玉越君はニコニコしているばかりで、ちっとも詳しくは説明してくれない。
っていうか、この機械を触らせてくれたりしないんだね。
こんな人を集めているのに、本体は講師のとこに1台だけ。
いやそんなことある?

やがて「如何にこの機械が優れているか」についての説明がはじまる。
機械を動作させると、本体から伸ばしたデカめの眼帯みたいなやつに色とりどりの照明が明滅し幾何学的というか脳波をアルファからベータに導く(だったかな、よう覚えてない…)深遠なる音が流れるという。

「わずか1日5分着用するだけでアナタの能力が溢れ出し、より上のレベルの生活が手に入ります。今の収入に満足している方、どのぐらいいますか?働かずして今の数倍の収入になれます」

え、速弾き出来るようになった上に収入までUPできんの?!
玉越くんは牛丼屋でバイトしてるが??
どういうこと?

ていうか、とにかくはよ使わしてみてくれよその機械を!!

講師が一通り機能を説明したところで「さあ詳しくは隣の人からきいてね」といった感じで、俺の隣に座った上司と玉越くんが俺に説明を始める。

「すごい機械だってことがわかったでしょう、シリウス君!一緒に上の生活を手にいれよう!」
「マジですごいから、これを逃す手は無いよ。一緒にがんばろう」
ジャンジャンバリバリ説明をしてくるが一向に機械を使わせない。
まぁー使わせないよね。

「でさ、これ36万円もするから一見高いんだけど、買った後に友達を紹介すると君にもお金が入ってきて、その友達が販売するとその数%がまた君の収入になって、これがこういう図になって…下にこのぐらい子を作るとウン百万円入るあqwせdrftgyふじこlp;@」

おーーーーーーーい!
それは無限連鎖講取引いわゆるネズミ購ですやん!

販売システムとキックバックの仕組みを滔々と30分ほど続け、周りの数人は契約手続きに入っているようだった。おいおいおい。
そして講師が先ほどの場所で声を上げる。

「私たちはネズミ購ではありませーん!心配しないでください!」

自分でいっちゃったよ!ネズミ購って!

ハンコ事件で多少耐性がついていた俺は不思議なほど落ち着いていて、さあどうやって玉越くんをこの会から引きずり下ろそうかと思案し始める。

「いやー、まあこんな高いのは買えないっすねぇ。俺は。36万でしょ?区民税も滞納してるし」
と言うと、玉越くんがすっかり熱くなった目つきで俺に言う。

「シリウスくん、大丈夫だよ!俺がすこし貸すから。一緒にがんばろうよ!」

いや何を?販売を?速弾きを?

「いやいや、そんなこと言ったって玉越くんもバイトだしさ。これ一括で払ったの?」
「いま分割で払ってるよ…」

「分割かい!ていうか使わせてよ、効果全然わかんないよこれじゃ」
「契約すれば使わせてもらえるから、大丈夫分割なら月々そんなに」

「いやー無理無理、しかも購入を今決めろってやつでしょ?」
「そうだよシリウスくん!チャンスっていうのは目の前にあるときに捕まえないと…」

上司うるせえ!おめーはスっこんでろ!


「玉越くん、俺は絶対に買わないから。もう帰ろう。」

モメているのは俺だけのようだったので、
上司数人がこちらに集まってくる。
「どうしたの、納得いかないのかな?」
「最初はそうだよね、よくわからないかもしれないけど仲間が沢山いるし」
「俺なんか先月300万超えたからね、収入」
「そうそう!林田さんはポルシェ乗ってるからねぇ!」
有象無象の会員達が勝手に喋っているが、不思議なほど心が落ち着いている。

「いやー残念、すみませんね、今日は帰ります」

俺はそう言い捨ててエレベーターホールに一人歩いていく。
エレベーターを待っていると玉越くんが追いかけてくる。
「シリウスくん!どうしたの」
「どうもこうもねえ!とりあえず帰るぞ」

二人で再び新宿駅までのビル街を歩き、途中のイスに腰掛けて話す。

「お前、わかっててやってんの?あれネズミ講でしょ」
「ちがうよ、マルチレベルマーケティングっていうやつだから。」
「は?よくわからんけど、友達にモノ買わせてお前が儲かるって仕組みだろ。それまずいよ。」
「納得した人だけだよ、無理に進めたりはしてない」
「いや、納得っていうか一回も使わせてくれてないじゃん」
「まあ、それは…」
「お前、ウチの店舗の他のやつにも勧めてんのか」
「いや、シリウス君だけ」
俺がチョロいと思われたんんだな。
まあ確かに田舎っぺだからな。
騙しやすいんだろうが。
「他のやつに勧めんなよ、んでお前もやめろ」
「……辞めれない。」
「そうか。でもやめろ。」
「今日はごめん。」

その後無言で歩いて新宿駅付近に着き、俺は京王線で玉越くんは西武線だったので適当に別れる。


それ以来、玉越くんはヘルプには来なかったしこちらからメールもしなかった。
元気でやっているだろうか。
これを読んでいたら是非連絡して来てほしい。
Sonicの青いストラトを使っていた君だよ。
もう怒ってないから。

ネズミ購の人って、なんであんなに判で押したように同じ文句を言うんだろうね。マニュアルでもあんのかな。

しかしあの機械、一度試して見たかったな。
あれ付けて速弾きするとすごくシュールで滑稽な絵になると思うんだよな。
持ってる人いないかな。
MV撮りたい。


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