レンタル射精しない人

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


『はじめまして。Twitterのプロフィールを見て連絡させて頂きました。レンタルさん...、とお呼びすればよいでしょうか? 美大で日本画を専攻しております、ハルカと申します。突然、こんなことをお願いするのは大変恐縮ですが、ただいま大学のデッサンの課題でpenisを描きたいなと思っていまして、レンタルさんが自らのpenisを手で動かしているところを実際に会って見せて頂きたいのです。。。レンタルさんは、そういったお願いも受け入れて頂けますでしょうか? もし不快な思いをさせてしまったらごめんなさい。もちろん、謝礼はお支払い致します。お返事、お待ちしております。』

 ハルカはベッドの上で布団にくるまりながら『レンタル射精しない人』というサービスをしている男性にTwitterでDMを送った。このお願いをするために、ハルカは大学用のアカウントとは別のアカウントを開設したのだった。もしかしたら、明日の朝になれば恥ずかしくなって送信したDMを削除してしまうかもしれない。そういった気持ちがハルカの中には芽生えていたし、そのことをよく自覚していた。だからこそハルカは、もしこの依頼が実現すれば1万円の謝礼を『レンタル射精しない人』に渡そうと心に決めていたし、先に謝礼を渡すことを明示的に連絡しておくことで、深夜2時のテンションでも辛うじて自尊心を保つことができていた。

『はじめまして。ご連絡ありがとうございます。ハルカさんの案件、承りました。謝礼は強制しておりませんので、実際に会ってから渡すか渡さないか決めて頂いてもかまいません。交通費の負担はお願いします。ちょうど明日の午後が空いてるのですが、明日のご予定はいかがでしょうか?』

深夜にも関わらず、3分も経たないうちにレンタルさんから返事がきた。明日の夜は上野でバイトの予定があったので、その前の時間にお願いをしようと決めた。

『こんなお願いを引き受けて頂き、ありがとうございます! それでは明日の16時から、場所は上野のレンタルルームでよろしいでしょうか? もちろん、交通費とレンタルルーム代は負担させて頂きますので、よろしくお願いします』

『了解しました^^ それでは明日の16時に、上野のレンタルルームの前に向います』

ハルカは願いが叶ったことが嬉しくなって、何度も何度もレンタルさんとのDMのやりとりを見返した。それから気を落ち着かせるように、デッサン用の鉛筆を3本カッターで削ってから、眠りについた。

 翌日の16時。待ち合わせ場所の上野のレンタルルームの前に到着すると、鞄も何も持っていない、地味な茶色のポロシャツにサンダル姿の、20代後半くらいの男性が立っていた。

『こんにちは、レンタルさんですか...?』

『はい、レンタルです』

『はじめまして、ハルカです。今日はよろしくお願いします!』

挨拶を終えるとすぐに、レンタルさんは先に入ってくださいと訴えるような目配せをしてきたので、ハルカが自動ドアを開け、レンタルルームの受付へと向かった。受付には23インチほどの大きさのディスプレイが外側に向けて設置されており、『出勤表』という文字の下に、制服姿の女の子の写真がずらりと並んでいた。レンタルルームにそんなディスプレイがある理由がハルカにはよくわからなかったが、ベッドの上にひざまづきながら制服のスカートの両裾を指で持ちあげ、白い太ももを露わにして顔が映らないように下を向いている女の子たちのポーズが綺麗だなと思った。「何分のご利用ですか? そこの券売機でチケット購入してください」受付のお団子ヘアのおばさんは特にその女の子たちの写真については触れてくることはなく、案内されるがままに60分2000円のチケットを購入しておばさんに手渡した。「60分過ぎてからは自動延長になりますんで」低い声で言い方はぶっきらぼうだったが、おばさんが手渡してくれたルームキーのキーホルダーが手に触れた時の感触が優しかった。

 受付のすぐ裏にあったエレベーターにレンタルさんと乗って、3階のボタンを押す。3人か、ぎゅうぎゅうに詰めても4人くらいしか乗れない狭いエレベーターだった。横並びに立っただけでレンタルさんの服の裾にハルカの服の裾が触れそうになるくらいの距離だった。レンタルさんのpenisはどれくらいの大きさなのだろう? 隣で立っているレンタルさんにバレないよう、ハルカは丁寧に丁寧に、自分の心の内側から言葉が漏れ出ないように考えてみた。デッサンするときに勃起はするのかな? するとしたら、どのタイミングで? もしレンタルさんのpenisの大きさが10cmに満たなかったら、謝礼は半分の5000円にしようかな。だって日本人のpenisの平均は13cmでしょ? 平均にも満たないpenisに1万円は高すぎるんじゃない?ふふふ、そこまで考えた時、自分の口角が少し上がってきてしまっていることに気がついた。ダメだダメだ、どんなpenisであろうと、しっかり謝礼は1万円を支払おう。それは相手のためというよりかは、やはり、自分の自尊心のための配慮であった。エレベーターが3階に到着した。

 受け取った鍵でドアを開けて、301号室の部屋に入った。4畳もない狭い部屋の半分以上をベッドが占領していて、残った狭いスペースに簡易的な机のみが置かれた部屋だった。部屋の中には窓が一つもなく、少しカビっぽいにおいがした。座るところがベッドの上しかなかったので、身体が接触しないくらいの近さで隣り合わせに座ると、シーンとした、変な間が生まれた。

『今日はこんなお願いをお引き受けしてくださり、本当にありがとうございます』

ハルカは、2人の間に静けさが生まれた責任が自分にあるように思えて、沈黙を破った。

『いえいえ、こちらこそ。では、時間もないですし、脱ぎましょうかね?』

レンタルさんが、おもむろにズボンを脱ぎ始めた。ハルカはその姿を少し見ていようと思ったが、腹の下の毛と肌色を目撃した瞬間、レンタルさんがズボンとパンツを同時に脱ぎ始めているということに気づいてなんだか居心地が悪くなり、自分のリュックの中からスケッチブックと、鉛筆の入ったペンケースを取り出すことにした。

 振り返ると、下半身だけ裸になったレンタルさんがベッドの脇にぽつんと佇んでいた。「どのような体勢になればいいでしょうか?」レンタルさんの質問に対して、ハルカは無言のままレンタルさんのすぐ近くに腰を下ろした。ちょうど自分の胸の高さの位置にレンタルさんのpenisが来た。ベストポジションだと思った。「そのままそこに立っていてもらえればと思います」実際にpenisを間近にすると、ハルカは自分でも驚くほどにpenisに対して一切の恋情というものを抱かなかった。男性のpenisを描きたいという気持ちの中に、はじめから卑しい気持ちが寸分も入っていないことは自分でも疑っていなかったが、それでも実際にpenisと相対するまで自分の感情がどう揺れ動くのかはわからないのではないか、と慎重に考えていた。しかしそれは実際には杞憂に終わった。このときハルカは、『レンタル射精しない人』のサービスを利用したことが成功であったことを確信した。レンタルさんのpenisはハルカが見た時には既に勃起していたが、それがあまりに画として自然であったので、なんの違和感も抱かなかった。

「それではその体勢のまま、手を動かして頂いてもよいでしょうか?」

レンタルさんがpenisに手を添えた。

「はい、ずっと動かしてればいいですか?」

「そうですね、できればデッサン中はずっと動かして頂けるとありがたいです」

 ハルカの今日の目標は、動いているpenisのまさにその動きを、一枚の画におさめることだった。2か月前、大学の日本思想史の講義で、哲学者の九鬼周造の文芸論が取り上げられたことがあった。九鬼が文芸論の中で、フランスロマン主義の先駆者テオドール・ジェリコーの代表作『エプソムの競馬』について言及したエピソードがすごく印象的だった。ジェリコーの『エプソムの競馬』は、芝生の上を疾走する競走馬と、競走馬に跨って鞭を振るう騎手の様子が臨場感たっぷりに描かれている。そこに描かれている競走馬が、前後の脚を揃え広げ、まるで宙を飛んでいるかのように走っているところが特徴的な画だ。この『エプソムの競馬』は、連続写真の技術が発達した後「実際に馬は疾走中はこのような体勢にはならない」と、猛烈な批判に晒されることになったこれに対して九鬼は、『エプソムの競馬』の構図は、疾走する競走馬の『速度』を表現するために敢えて用いられたものに他ならず、『エプソムの競馬』を「直観によって輪郭づけられた一定の持続を持った現在」と評した。それは、現在という時間の中に、過去・未来を貫く永遠の時間というものを見出す、九鬼周造独特の輪廻転生の思想を前提とした美術批評で、九鬼は写真によって切り取られた画よりも『エプソムの競馬』の方を評価したと、日本思想史の先生が教えてくれた。そんな風に思弁的に美術のことを捉えてもいいということが、高校からずっと技術論ばかり学んでいたハルカには、すごく新鮮なことのように思われた。九鬼の文芸論に触れてからというもの、ハルカはいつか目の前で動かされるpenisを描きたいと、ずっと機会を伺っていた。

 目の前でシゴかれるレンタルさんのpenisを観察しながら、途切れ途切れの線で、まずはすばやく全体を描いていく。はじめは外形の正確さはあまり気にせず、ニュアンスが出るようにおおざっぱに描く。重心はどのあたりか、こわばって緊張している筋肉はどこか、緩んでいる筋肉はどこか、呼吸はどれぐらいの速さ、深さなのか、関節の動きの限界、皮膚に浮かび上がる骨の形。動きの輪郭全体を捉えた後、今度は細部の観察に取り掛かる。

 レンタルさんのpenisは皮を被っている仮性包茎で、皮を被せたり剥いたりするかのようにpenisをシゴいていた。レンタルさんが手前に手を引いた時、つまり、皮を剥いた瞬間、その薄い皮の外側に、幾重にも枝分かれをした青い血管が浮かび上がってくるところに強い躍動を覚えた。それに加え、デッサンをし始めた時よりもレンタルさんのpenisの先が充血していることにも気がついた。はじめは、皮を剥いた時にみえる皮の裏側の肌色のような色とpenisの先っぽの色は大差なかったのに、いつの間にかpenisの先が綺麗な血紅色に染まっていた。

 こうしてデッサンをしてみると、penisを見て初めて気づくことがたくさんあることにハルカは驚いた。今まで少ないながら何人かの男と性交渉をする機会はあったものの、性交渉の場面になると身体そのものよりも、目の前にいる男の方を気遣うことに多忙になってしまい、ほとんどpenisを見れていなかったことに気づかされた。だから自分はpenisを描きたかったのだと、己れの中にある衝動の理由を、事後的に発見できた気持ちになった。

 50分ほど時間が経過した。penisのほとんどを書き終えた。特に、皮膚の外側に顔を覗かせる血管が、penisの画に動きを与えていると思った。最後に、尿道口を描かなければならなかった。ハルカは、尿道口をどのように描こうか迷った。斜め上からの視点の画なので、先っぽにちょんっと一筋の線を描けば足りる気もするが、実際に目の前のpenisをよく眺めてみると、尿道口はそんなに単純なものではなかった。上から見れば一筋の線だが、横から見ると、なめらかな曲線を描いている赤肉が中央に陥入するかのような窪みになっている。ハルカは高校時代の生物の授業を思い出した。人間の身体の最深部にある脊髄内部の中枢神経は、元来は胚の表面をおおっていた外胚葉の『陥入』によって生じている。わたしたちの身体はその発生初期において、内側に向っていったん裏返っている。そのことが高校時代のハルカには凄くロマンチックなことに思えて、その重大な変化の痕跡である独特な形の窪みに、愛おしい気持ちさえ抱くほどだった。penisの尿道口の窪みもやはり同じような神秘さを抱えているし、それがファニーな柔らかさを備えているなんて、そのニュアンスを、1枚のキャンパスの中に表現したかった。ハルカはもっともっと尿道口を色んな角度から見なければと思い、今度は低い姿勢になって、penisの裏側へと頭をまわりこませた。

「おっふぅぅぅぅうううっ!!!」

男の鈍い声が沈黙を切り裂いた。ハルカは、反射的に目をつぶった。顔の皮膚に、生温かい感触を感じた。何が起きたのか、わからなかった。ただ、すぐに目を開けてはならないということを、瞼の上の皮膚が訴えていた。その間にも、2回、3回と、顔に生温かい感触が飛びかかってきた。スケッチブックと鉛筆を手放し、右手で顔についたそれを大ざっぱに払い落して薄っすらと目を開けた。手についていたのは、透明な膜に覆われた白い液体だった。その臭いをかごうと鼻の外壁を動かしたが、呼吸が整っていないからか、嗅いでも嗅いでもにおいが頭に入ってこなかった。焦りの只中でもゆっくりと深呼吸をし、何度も何度も、手についたその液体のにおいを嗅いだ。生ぐさい。すごく生ぐさいにおいがした。前方に視線をやると、さっきまで大きかったレンタルさんのpenisが小さくなっていて、下半身が肩で呼吸をしていた。レンタルさんが、射精したんだ。そして私の顔に、レンタルさんの精子が飛びかかってきた。視界の中の映像と、頭の中の言葉が、やっとリンクするくらいに落ち着きを取り戻してきた。

「ちょっと! 話が違うじゃないですかっ!」

激昂して第一声を発した時、その感情の高ぶりとは裏腹に、ハルカの頭の中ではすでに『レンタル射精しない人』の矛盾が綺麗に整理されていた。

「え? どうしてですか?」

「どうしてですか? じゃないですよ! 射精しないって話だったじゃないですか!」

「え? そんなこと最初から一言も言ってないよ。僕は『レンタル、射精しない人』じゃなくて、『レンタル射精、しない人』だよ。絶対に、絶対に射精を他人にレンタルしないんだ。 だから、その精子は返さなくていいよ。レンタルじゃなくて、プレゼントだからね。 ぼくの精子を君に、あげるあげるあげるぅ~っ!!!!!」

『レンタル射精しない人』の上滑った高い声が狭い部屋の中に反響した。その声は、ハルカの頭をさらに熱し、吸う息よりも多い言葉がハルカの口から溢れ出てきた。

「おかしい。おかしいわっ!『レンタル』って言葉の後に動作性のある名詞が置かれるのは、おかしいわ!『レンタル、射精しない人』なら成立するけど『レンタル射精、しない人』は日本語としておかしいわ! 『射精』はサ行変格活用で動詞になる、動作性のある名詞よ。どうやったら私たちは他人と動作性のある名詞の貸し借りをすることができるのよ!」

ハルカは泣いた。目のまえの人間が使っている誤った文法が、自分に対して暴力的な作用を及ぼしていることに対し、ハルカは泣いた。自分のことを裏切るのは常に人間であるのに、まるで言葉に裏切られてしまった気持ちになることが、ハルカにとっては泣きたいくらいに悔しいことだった。そしてそんな悔しい時でも、やはり自分は同じ言葉をつかって怒りをぶつけなければならないことに、途方もない苦しみを覚えた。しかしどれもこれも全て、言葉に依存している自分の責任なのではないか。そう考えると全身に力が入らなくなった。ハルカはベッドから落ちて、狭くて冷たい床の上にうなだれた。鼻水をすすると、顔から漂ってくる精子の生臭さが鼻を突いた。床に落ちた視線の先には、自分がさっきまで描いていたpenisの画が落ちていた。その画が視界に入るとすぐに、今度は首から下の身体全体が急に熱を帯びはじめた。怒りとは違う、熱の感触。恋情だ。ハルカは自分で描いたpenisの画を見て、急に恥ずかしい気持ちになった。おもわず、penisの画から顔を背けた。自分の頬が緩んでしまっていることに気がついた。こんな状況で笑顔になっている自分がおかしいように思えて、正体のわからないその笑みを噛み殺すのに必死になった。penisの画から顔を背けた先には、短い毛がたくさん生えた太ももの肌色が見えた。視線を上にあげると、『レンタル射精しない人』が射精してフニャフニャになったpenisを力強くシゴいていた。

「ぼくの精子を君に、あげるあげるあげるぅ~っ!!!!!」

上滑りする、甲高い声が部屋中に響いて消えた。


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素童

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