6月19日 池袋の街と飲んだ

 風俗に行こうとしてたのに、予約していた女性が当日欠勤になってしまった。風俗に行く時は、前々日くらいからオナニーを控え、エビオス錠を1日に50錠ほど摂取するようにしている。エビオス錠は、よく効く。精子の量が多くなるかは疑問の残るところであるが、海綿体に血流が集まるのは体感的に間違いない。せっかく風俗に行くのだから、元気を溜めてから行きたい。そういう気持ちもある。でも半分くらいは、準備段階における身体の変化を楽しんでいる。海綿体に血流が集まると、注意が散漫になる。定型的な仕事が、手につかなくなる。就寝しようとすると意識が覚醒し、夢に満たない夢が頭を占拠する。頭の中で、冷静な時には結びつかないものが、結びつきはじめる。しかし、気が狂うわけではない。制御できなくなる、わけでもない。バグを孕んだまま動き続けるシステム。枠の中だけで狂うお遊び。海綿体には、その程度の力しかないと思う。人間の人生を少し豊かにするくらいにしか、海綿体は狂えない。

 予約していたヘルス嬢が休みと聞いた時、時刻はもう20時だった。同じ女性の次の日の予約をした。次の日の予約をしたからには、オナニーをして性欲を鎮める選択肢はなくなった。注意が散漫していた。自転車に乗り、池袋東口へ向かった。『池袋駅東第二自転車駐車場』を目指した。サンシャイン通りに建設中の、大型シネマコンプレックスの前を通った。建設物を囲う壁には『この街では 誰もが 自分らしく 生き生きと 輝きだす IKEBUKURO』と書かれていた。東アジア文化都市国内候補都市に選定された池袋は「まち全体が舞台の誰もが主役になれる劇場都市」をコンセプトに、2020年の東京オリンピックに向けて再開発が進められている真っ最中だ。サンシャイン通りを闊歩する大量の若者の網を縫って、アニメイト池袋本店の前の道を真っすぐ進んだ。中池袋公園に面した旧庁舎・旧公会堂跡地に建設中だった商業施設『Hareza池袋』が完成し、建設中にビルを囲んでいた外壁も取り除かれていた。完成したがまだ開館されていないビルの入り口付近には、立ちながらお酒を飲む黒いTシャツのおじさんや、ピカピカなコンクリートの地べたに座りながら、アニメイトで購入したであろうグッズを広げている若い女性たちがいた。そんな情景を横目に自転車を走らせて、明治通りに出た。道の向こう側には若者が行列をなしていた。台湾発祥のスペシャルティードリンク専門店『Chatime』に、タピオカミルクティーを求める若者の行列だ。「若者の行列が」と考えた時、もうその「若者」の中に自分を含めていないことに気がついた。あと4ヵ月もすれば27歳になる。明治通りを渡って、ラーメン屋『鶏の穴』の前の道を走らせた。近くの居酒屋からは、早めに飲み会を終わらせたであろう、頬の赤らんだスーツ姿のおじさんたち6人が出てきて、歩道を占拠していた。ジャケットを羽織っている者もいれば、半袖のYシャツの者もいた。6月だった。それから、ラブホテル『ショコラ』の前を通った。『ショコラ』の入口の前で、若い男と女がディープキスをしていた。黒髪色白で清潔感をまとった高身長の男と、暗い茶髪のポニーテールが印象的な細身の女のカップルだった。どちらも、20代前半くらいに見えた。男は白いTシャツに黒いジーンズ、女は青に近い紺色がベースの花柄のワンピースを着ていた。男が、女の顔を固定するように両手で抑えていた。一方的に、女の唇を貪っていた。それを見た者の時間までをも飲み込んでしまうような、コイキングキスだった。女の顔にあてられた男の指は後ろに反りかえっていて、指の付け根には綺麗な縦の筋が浮かび上がっていた。普通、ラブホテルの前でキスをしているカップルを見ると、突ぜん目の前に現れた2人だけの世界観に打ちのめされてしまうが、そういった気分にはならなかった。コイキングキスは、2人だけの世界観ではなく、男1人だけの、孤独の思想だった。2人の背景と化した『ショコラ』には「70分2000円~」と描かれた垂れ幕が掛っていた。その男と女がラブホテルから出てきたところなのか、それともラブホテルに入る前なのか、わからなかった。

 『ショコラ』を通り過ぎて20秒ほど自転車を走らせると『池袋駅東第二自転車駐車場』に着いた。JR池袋駅の東口から100メートルほど北にある、山手線の内側の線路沿いに延々と続く細長い『池袋駅前公園』の中、階段を上った高いところに、その駐輪場はある。自転車から降りて階段を上り、駐輪場に自転車を止めた。それから階段を下りて、池袋東口の大地に降り立った。自然と気分が高揚した。大学生の頃から風俗に行くためだけに降り立っていた場所。友達の誕生日に初めてのピンクサロンを奢ってあげた場所。池袋に住み始めてからは、徒歩5分圏内になった場所。昼休みに、ピンクサロンのために走った場所。本の出版依頼をしてきた編集者と、角海老の青い照明に照らされる桜を眺めながら一緒にコンビニの酒を飲んだ場所。風俗に行くこと以外何をしてるのかわからない友人と、24時間営業の『ハイパーレーン』で朝までボーリングをした場所。どこかの風俗経営者のメンタルがヘラッた時に、一緒にストリートファイターをして全敗したゲームセンターのある場所。その経営者を連れて、道に落ちてるピンクサロンの名刺の拾い方を教えた場所。池袋セントラルホテル。池袋平成女学園。

 ラブホ街の外れにあるファミリーマートに向かって歩いた。途中で、ラブホテル『ショコラ』の前をまた通る。いや、ラブホテル『ショコラ』の前を通りたかったから、ラブホ街の外れにあるファミリーマートに向かって歩き出した。『ショコラ』の前を通ると、まださっきの若い男と女がいた。『ホテルは入らないっ!』遠くから見ても歯並びがよいとわかる白い歯を覗かせながら、澄んだ目で女が男に訴えていた。笑顔だった。しかし、感情に関しては想像がつかなかった。その2人の後ろで『ショコラ』の自動ドアが開き、別の男と女が出てきた。白いパーカーに、ダボダボの白いスウェットを履き、サングラスを頭にかけたサンダル姿の浅黒い男と、ボディラインの映えるタイトな黒いシャツに黒いスキニージーンズの、傷んだ明るい茶髪のロングヘアの女だった。20代後半くらいだろうか。〝EXILE風の男〟〝ヤンキー風の男と女〟という言葉が思い浮かんだが、こういった人たちを〝EXILE風〟〝ヤンキー風〟としか形容できない自分の語彙の更新のされてなさに額然とした。『池袋東口のホテルはっすねー、ショコラとぉー、ラムセスとぉー、それから』サングラスを頭にかけた男がやけに高いテンションで電話先の人と話し、女はスマホをいじりながら男と並んで歩いていた。その男の電話のせいで、2人がどんな関係なのか、少しだけ想像がつかなくなった。そのヤンキー風の男と女と垂直にすれ違うように、ムチムチした体つきの男2人組が奥にある『ラムセス』の方へ歩いていった。1人は180cmほどで、もう1人は170cmほどの身長だった。2人とも、黒髪で、灰色のシャツにベージュの半ズボンを履いていて、白くて張ったふくらはぎが露出していた。背の低い男の方が、ふくらはぎの筋肉が一回り大きかった。

 ファミリーマートに到着した。ファミリーマートに入ろうとすると、顔いっぱいに笑顔を浮かべた、エプロン姿の70代ほどのおばあちゃんに声をかけられた。くるくるした黒色のショートヘアだった。「そこのお店だから」隣の隣にある白い看板の居酒屋を指さしながら、白い紙に黒い文字が印刷されただけの簡易な割引券を手渡してきた。一瞬だけ視界に入れたおばあちゃんの笑顔から目を逸らして、構わずファミリーマートに入った。東京に来てから身に付けた、気にしないという態度をこの日も繰り返した。それが今回も正しかったのか、少し反省しながら一番奥にある冷蔵ショーケースに直進し、ストロングゼロの冷凍マンゴー味を手に取ってレジに向かった。店員のネームプレートに書かれた文字は、カタカナ一文字だけだった。レジを終えて外に出て、入口の近くのところに突っ立ってストロングゼロを飲んだ。そんなことをするのは初めてだったが、この日はなんとなくそういった気分だった。ファミリーマートの目の前にあるラブホテル『ゼブラ』の外壁が、紫、ピンク、緑と繰り返し移り変わってゆくのを眺めた。目の前の道は常に通行人が行き交っていた。時折、ヤマト運輸の配達員や、巡回中のパトカーも通った。ふと横に目をやると、よくここのファミリーマートの壁に張り付くように立っている明るい茶髪のショートヘアの女性が、この日も一人でスマホをいじりながら煙草を吸っていた。いつも外から彼女のことを眺めていた目の位置から、今度は自分のことを眺めてみた。今の自分は傍から見れば、一人で突っ立って酒を飲んでるおっさんの中の一員となっているのだろう。それは間違いのないことに思えた。そしてそこから初めて見える景色があった。コンビニの前や路上で突っ立って酒を飲んでいるおっさんは、独りで飲んでいるのではない。街と飲んでいるのだ。そう思えた。名前のある人と、名前のある店で、名前のある自分という視点からお酒を飲むのではなく、匿名の人を眺め、匿名の視点から、無数の匿名が交差する抽象的な街に思いを馳せて、お酒を飲む。そういうものだと思って、誰に勧められるわけでもなく、ストロングゼロを一気に飲んだ。アルコールという抽象を、身体の中に注ぎ込もうとした。飲みきれなかった。途中で、吐きそうになった。自分はまだ、コンビニの前で突っ立ってお酒を飲む方法を知らなかったのだと思った。気持ち悪さを飲み込もうとしていると、さっきのエプロン姿のおばあちゃんがまた笑顔で近付いてきた。「そこのお店だから」そう言いながら、白い紙に黒い文字の印刷された簡易な割引券をまた提示してきた。それを受け取って、ズボンのポケットの中にしまった。自分よりもおばあちゃんの方が遥かに、東京の人らしい動きをしているのかもしれない、と思った。おばあちゃんが指差した白い看板の居酒屋の方に目をやると、入口のところに、70代くらいの老年の男と女、それから40代くらいのひょろひょろの男の3人がいた。店の前に張り出されたメニューを眺めながら、晩御飯の場所を今まさに決めようとしているところだった。3人の物理的な距離感は近かった。家族の距離感だと思った。夫婦と、その息子だろうか。70代の男は、水色のストライプの入った白いシャツに、おシャレなハットを被っていて、女の方は、身体の線が隠れるような、それでいて型のしっかりした黒いワンピースを着ていた。息子であろう男は、髪の毛がボサボサで、薄汚れた肌色のよれよれのシャツと、サイズの小さなベージュの半ズボンを履いていて、ズボンの上から右手で自分の股間を揉んでいた。その姿を見て「親の前でも股間を揉むのか」と思ったが、その3人の中にはそういったツッコミの空気があるようには見えなかった。やはり、家族の距離感だと思った。

 残ったストロングゼロを飲みながら、来た道を戻ることにした。『ショコラ』の前を通ると、コイキングキスをしていた若い男が一人で立っていた。その男は意味もなく右に左にと足踏みをしていて、文字通りの右往左往だった。あたりを見回してみたが、紺色のワンピースの女はどこにもいなかった。そのまま駐輪場までの短い道を歩いた。自分の身体が熱くなっていることに気がついた。お酒が回って身体が火照っているのか、単純に身体を動かしているせいで身体が火照っているのか、わからなかった。それにしても、夜なのに空気が蒸していて暑かった。『東京に初めて来た時、夜も暑くてびっくりした。夜になっても空が暗くなるだけで、東京は熱いままなの』山梨県出身の、業界未経験のデリヘル嬢が言っていたのを思い出した。この日の東京の最高気温は29度だった。アルコールの作用で頭がぼやけてくるのと、高い湿度による見通しの悪い視界が絶妙にマッチしていた。インターネットカフェの『宝島24』の店頭には「業界最先端 進化系VR スゴくてすまなてぃー♡」という文字と共に紗倉まなが印刷されたのぼり旗が道路に顔を出していた。

 駐輪場のある『池袋駅前公園』に着いた。100mほど続く植木スペースを囲うレンガは、ちょうど人が座れるくらいの高さになっていて、そのレンガの上には、鴨川の河川敷に等間隔に座るカップルのように、人が等間隔に座っていた。薄汚れた服を着てワンカップを飲んでいるおじさん、ヤマト運輸の制服を着たお兄さん、若いカップル、若いカップル、若いカップル、それから灰色のゴミ箱の近くで、立ちながらチューハイを飲んでいる作業着姿の白髪のおじさんがいた。そのおじさんの前を横切って、ゴミの溢れたゴミ箱にストロングゼロの空き缶をねじ込んで、駐輪場の階段を上った。ほんの20分程度の駐輪だったので、精算は0円だった。「精算されました。自転車を引き抜いてください。ご利用ありがとうございました」自転車を取りだして、駐輪場の坂を下った。坂を降りてすぐ、公園と道路を仕切るステンレスチェーンの上に若い男と女が気怠そうに座っていた。その2人の横を自転車で乗って通り過ぎようとしたとき、「もう失業保険もらって、セックスしようよ」灰色のパーカーを着た黒髪ボブの若い女が、地べたを見ながら隣の男に言っていたのが聞こえた。キャップを被ったボサボサの明るい茶髪の男は、彼女の方を見ているようで、彼女を通り越した向こう側を見ているような目をしていた。それはまた、無表情の人間がする、笑顔のようにも見えた。そのまま通り過ぎたので、男が返事をしたのかどうかはわからなかったが、その2人がどんな関係であっても、その言葉は美しいものだと思った。直前に見たそのシーンを何度も何度も頭の中で繰り返し再生させながら自転車を走らせ、誰もいなくなった『ショコラ』の前を通り過ぎ、池袋東口を後にした。

 

 

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

45

素童

風俗エッセイ『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』が発売中 ⇒ https://amzn.to/2OlHrID はてなブログで風俗レポ書いてる ⇒ http://shirotodotei.hatenablog.com/

日記

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。