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新大久保食べ歩き

夕方。新大久保にあるドン・キホーテ2階のコメダ珈琲で、彼女とそれぞれノートパソコンを広げて仕事をしていた。彼女は原宿の美容院でストパーをかけている弟と夕飯に行く約束があり、19時ころに新大久保を出る予定だった。けど、ストパーをかけてる弟と連絡がとれず、何時に出ればよいかわからないとのことだった。

「食べ歩きでもいく?」

コメダ珈琲を出ればすぐに栄えた通りだったから、そう提案してみた。新大久保に住んでもう2年近くになるが、コメダ珈琲でご飯を食べたり、セブンイレブンでお弁当を買ったり、Uberを呼んだりしてばかりいるから、食べ歩きということをしたことがなかった。新大久保は数々のYouTuberが企画にするくらい、食べ歩きの街であるというのに。

コメダ珈琲を後にして大久保通りに出ると、まるでお祭りみたいに屋台風の店が立ち並んでいた。チーズボール、ハチミツホットク、ツイストポテト。新大久保という街は不思議な街だ。細くて手脚の長い韓国アイドルを憧れとして生きている若い女性ばかりが歩いているのに、チーズとかハチミツとかポテトとか、わざわざそんなものを食べる必要もないと思ってしまうような、カロリーの高いものばかりが並んでいる。と考えたところで思ったのだが、カロリーが高いものを食べるということと、痩せたいという願望の矛盾に不思議さを覚えてしまうこの感じは、自分が年を取ったことの証だろうか。若い頃の自分は、そうした矛盾をもっと平然と生きていた。

『ソウル市場』という韓国食材専門スーパーの入口にある屋台で、ハチミツホットクと、ソトックソトックという、ソーセージとトッポギを代わりばんこに串に差して揚げ焼きにし、甘辛いソースをかけたものを買って食べることにした。

「なんか、お弁当みたいな味しない?」

ソトックソトックを口にして放った彼女のその言葉を聞いて、高校生の頃に母親に作ってもらっていたお弁当のことを思い出した。ご飯の箱には白米が入っていて、おかずの箱にはケチャップのついたソーセージが必ず入っていた。確かに、お弁当の味に似ていると思った。が、母親の作ったお弁当よりも、もっとソトックソトックに近い味のものを食べた記憶があったので、そのまま記憶の追跡を続けることにした。今度は、自分でつくった朝ごはんのことを思い出した。レンジでチンしたサトウのごはんに、シャウエッセンのソーセージを炒めたものをケチャップにつけて食べるだけの、無骨な朝ごはん。ソトックソトックは、それの韓国バージョンなのだと思った。トッポギは、母親が炊いた米よりも、チンしたてのもちもちとしたサトウのごはんに近かった。料理のできない人間が手を抜いてつくる朝ごはんのような無骨な食べものが、ハレの日の食べものみたいな顔をして屋台で売られている。やはり、新大久保はお祭りのような街だ。

食べ終わって気づいたときには、手がベタベタしていた。屋台ではお手拭きなんかくれやしなかったから、手を拭く術がなかった。コンビニで飲みものでも買って、そのついでにお手拭きでも貰おうか、と彼女と話し、近くのファミリーマートに向かって歩いた。途中、『Re:MAKE』という韓国コスメブランドの店の入口で、人の大きさほどの黒色のミストファンが大量のミストを吐いて、熱帯夜の大久保通りを冷やしていた。そのミストに両手をかざすと、さっきまでベタついていた手の表面は綺麗になった。

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