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行動に移すまでの導線を削る

前回の話と同じように
目的のために純粋な行動をとる
ということについて
今回も話してみます。

もちろん一つ目は
前回お話しした
人をあてにせずに単独で行動することです。

人を待っていたり
人と一緒に行動することに拘ると
叶うはずのものも
叶わないというケースがあるからです。

その実際の体験に基づいて
お話ししている内容でした。

もう一つは
やらないことを決める」という
ことです。

情報が入り組んだこの世の中で
私たちは常に
「やった方がいいこと」
に踊らされています。

見た目は出来るだけ
美しくかっこいい方がいいし

所作や言動は出来るだけ
上品な方がいいし

体は極力動かした方がいいし

食べる物も勉強して
極力気をつけた方がいい

部屋は綺麗で整っていた方がいいし

ビジネスだって成功させて
出来るだけお金を稼いだ方がいいし

その手にしたお金も
出来るだけ賢く有効活用した方がいい

そのために投資や
ふるさと納税もして
お金の勉強をして
世界情勢についても学んで
SDGsとか言われるようになったので
地球にやさしいものを選んで。。。。

と無限に「やること」で
私たちの時間は搾取されていきます。

もちろんこれらは全て
やった方がいい」ことです。笑

ですがこれらをすべて実行しようとすると
必ず拮抗するものが出てきてしまいます。

完璧主義であればあるほど
この罠にハマってしまいます。

「やった方がいいこと」は
「やらなければならないこと」
ではないのです。

むしろちょっとやっているだけでも
周囲と差がつく程度のものです。

1%もやらなくて生きている人だって
ごまんといます。

ならば自分が本当にやりたいと
思ったことをみつけたとしたら
やらなくてもいいことになります。

なのについつい「勉強をしたい」と思った
次の瞬間に
「デスクは片付いていなければ」
と片付けを始めてしまいます。

もちろん常に取りかかれるように
暇ならば掃除していた方がいいのですが

「やりたい」という熱を持っている
その時に掃除を始めてしまうのは
少々もったいないような気がします。

そうして後にずれたその時間に
もう忘れてしまってその衝動は
二度と湧いてこないかもしれないのです。

そう考えると
その瞬間は部屋が散らかっていようと
まず目的のことをはじめてしまうことが
ベストだと思います。

私も勉強の前に掃除をしてしまう
ことはあったのですが
今は同じようなことがあっても
まず掃除の前に取り掛かります。

年を重ねるごとに
「したい」と思うその衝動に
駆られることの頻度の方が
少なくなってきたからです。

部屋の汚さも
おそらく無意識に自分の臨界点があって
「ここまで汚くなったら掃除する」
みたいなリミッターが普段から
働いているはずなのです。

何かを始めるそのタイミングに
特別その臨界点を超える汚さな
わけがないのです。

その始めるタイミングに汚いのが
気になるならば
普段からその臨界点を下げる努力を
しておかなければいけないのです。

それが行動までの導線を
削るということなのかと
最近わかりかけてきました。



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