見出し画像

ししおのつぼやき11 よくわからない映画

以前に見てそれなりに印象に残っている『豆満江』(2010年)と『慶州 ヒョンとユニ』(2014年)の監督で福岡アジア文化賞を受賞したチャン・リュルの『群山』(2018年)を見た。

映画『群山』公式サイト (foggycinema.com)
福岡アジアフィルムフェスティバル2023 | 福岡アジア美術館 (fukuoka.lg.jp)

 つまらなかった。2時間がすごく長く感じられた。
 『豆満江』と『慶州 ヒョンとユニ』は題材もスタイルもまったく異なり、作者の故郷の体験を反映させ中国の朝鮮族の悲哀を清澄かつ大胆な映像で描いた『豆満江』のほうが絶対にいいと思うが、『慶州 ヒョンとユニ』も、普通なら受け入れられない「ひそやか系」でも何かが起こりそう、秘密が解明されそうで何も起こらない、不思議な魅力はあると思った。
 『群山』は旅先(といっても国内)で男性が出会う・見出す不思議な経験が核なので明らかに『慶州 ヒョンとユニ』の系譜なのだが、後者のような神秘感がなく、最初から最後まで、セックスをしそうでしない、という設定の連続だけが印象に残った。それは『慶州…』にもあったが、『群山』では複数のカップルが登場する(父親とメイドも?)のと、群山の米軍基地とか、特に繰り返しふれられる韓国での朝鮮族差別、それと頻出する日本語が想起する植民地の歴史という政治社会的背景がどうカップルたちと関わるのかわからないので、余計、「隠れたエロ」すなわち主人公の満たされない性欲が浮上してしまうのは私の個人的な見方なのだろうか。
 それよりも、監督が国際的な評価を受け、年齢を重ねるにしたがって、初期の緊張感を失って、もっぱら自分の思い込みの世界観・人生観を吐露しても誰も批判する人がいなくなって、堂々とエロを表に出していっているだけではないか(ピカソほか、晩年にエロ満開の美術家は何人もいる)。エラくなりすぎた黒澤明の最後もひどかった。エロないけど。
 ただ『慶州』よりも女性の視点がより合わされているのは評価できるが、男の視点が依然として優位なのは明らかだ。
 すると、アジア文化賞の受賞も、「中国と韓国の出自なのに植民地とか在日韓国朝鮮人の問題にふれなくて、東アジアの親密な交流を見せてくれて、しかも福岡を題材にしてくれて、えらい、えらい、いい子、いい子。」と頭をなぜられているだけではないか。3本しか見てないのだけど、全体として、それほど国際的な評価に値する「すごい」監督には思えないのである。韓国、中国の新世代の映画がイマイチだからだろうか?
 前半(群山)と後半(ソウル)の飛躍があり、最後がまた冒頭に回帰するという意表をつく構成も、種明かしをひけらかすトリッキーな仕掛けで、もはや技術に凝るだけで人生や歴史の深みを表す必然性があるとは見えなかった。
 正式なタイトルは『群山 ガチョウを歌う』(中国語が出る)なのだが、元ネタがあるのかもしれないが日本の観衆は誰も知らないし、認知症の父親がガチョウに話しかける場面はあるが、全体のタイトルにする意味がわからない。
 あと前から気になっていること……映画の設定ではイケメンになっている役者がそんなにモテ男とは思えないことがあり(『1987、ある闘いの真実』の、イ・ハニョル役のカン・ドンウォンとか)、この映画の主役もパク・ヘイルもそうだ。この程度でいいのか。でも韓国映画でももっとイケメンはいそうだが。まるでCGのような韓国ドラマのイケメンでは映画にできないのというのはわかるが…… 
 なお上映の前には梁木靖弘と監督とのトークがあったが、梁木氏は最初に自分の見解を述べて、それにどう思うかという質問ばかりで、チャン監督はすごく一般的なことを答えるしかなった。もっと質問の仕方を考えなさい!
 トークも映画も、とにかく、つまらなかった。でももう『福岡』とか『柳川』も見なくていいことがわかったのは収穫だった。
 映画のなかで飲み食いする場面が多いのでちょっと多めにお酒と食べ物を注文してみたくなった。ダイエットで小食が普通になっているので最後のうどんは多すぎて吐きそうになって地下鉄車内で吐くとまずいのでトイレに行ったが出なかった。切腹したら未消化のうどんがうにょうにょ出てきてバカうけしただろう。しないけど。