死にたい。死にたくない。


もう死んでしまおうと思っていた時期があります。

昔の話です。

私は見た感じ健康そのものなのですが、内臓の一部がそれほど健康ではありません。

内臓て外からは見えへんもんね。

当時付き合っていたひとにそのことを報告すると「そうか、わかった、支えるよ。」と言ってくれました。

ですが約一年後、彼は年下の「健康な体の」女の子を妊娠させたと言って、私の元から去りました。

「それは私が自然妊娠を望めなさそうな身体だから?」と聞くと、そうだと。

「だってこどもは自然に欲しいやん」
「普通に。普通に欲しいやんか」

という言葉は、今でも耳から離れません。

自然に。

普通に。

あまりにもショックを受けると、人間は涙も出ないし、咄嗟に相手を罵ることもできないんやなぁと思ったような気がします。

完全に打ちのめされた、私は「そう、」と言うのがもうやっとでした。

あの言葉はなんだったのかとか。
その人とはあれからすぐに付き合い出したの?とか。
あなたが仕事を辞めた時に支えたのは私じゃなかったかとか。
ならどうしてあの時去ってくれなかったのか。とか。

言いたかったこと、流したかった涙、そういったものは後から後から湧いて出てくるんです。

感情にも時差がある、という事を学んだ出来事でもあります。

それからは、私は女としては欠陥品なんやな、と、自分の事責めながら生きてた。

なのにバカみたいな男たちからのセクハラは毎日毎日続くのです。

「腰の位置が高いね、腕回すのも簡単やん」
「お尻の位置が高いから触りやすいね」
「指が長いね、ほら、握ってみたら俺より長い」
「あなたみたいに生意気そうな猫顔の女の人ってモテないよ。背も高いし。痩せ型やから胸もないね。でも俺は嫌いやないな」
「俺が成績上げたろうか?大口顧客になったるよ」

女として欠陥品のはずの私が、女としていつでも品定めされるのが理不尽に思えて仕方なくて、女を辞めたかった。

気を抜くと涙が出そうになるのに、当時はサービス業をしていたものですから、常に笑顔でいないといけなかった。

でも悲しさや悔しさ、理不尽さに慣れてさえしまえば笑顔をはりつけて生きていけるんじゃないかと。

思ってました。

私はバカだから大丈夫。バカだから慣れられる。
バカみたいに、そう思っていたかった。


そんなもんに慣れるわけないやんか。


仕事にミスが多くなった。

眠れなくなった。

病院に通う様になった。

薬を飲む様になった。

眠剤が身体に合わなくて夢遊病みたくなって、朝起きたら何故かオーブンレンジの中にパウンドケーキが入っている事が何度もあった。

ご丁寧に刻んだドライフルーツやナッツやチョコレートまで入ってるんですよ。

今思うと笑えるんですけど、半分眠りながらなんでケーキなんか作ってたんでしょうね?

普通に食べられるものが出来上がってるのがまた不思議でした。

「夢遊病(疑惑)にまでなっちまったら、いよいよもう無理やなぁ」と思って、できるだけスムーズに死ぬ計画を立てる様になりました。

まずはできるだけ高層で、かつオートロックでないマンションを探した。
飛び降り失敗の人の話を読んだことがあったので、中途半端な高さじゃあかんやろうな、と思って。

高層マンションで非オートロックの所を探すのはなかなか骨が折れましたが、なんとか見つけて、
(人様の敷地内で死のうとすなよダメ絶対)

あとは持ち物の整理と遺書。

そう、あの頃沢山のものを処分してしまった事を今たいへん後悔しています…。

憧れのお店のワンピースとかさー、バッグとか‼︎

もー、マジでなんでも処分するのダメ絶対。


で、問題は遺書ですよ。

あのね、遺書ってね、

書くん難しい。めっちゃ。

「さいごのことば」は説得力ありげに残したいとかね、死のうと思ってる割にカッコつけたいっていうイヤラシー気持ちが抜けないんですよね。

嫌ですね、小物感のすごいこと。

で、もうヤケクソになって遺書はテキトーに書いておいて。
(コレクションしてたそれは可愛いレターセットに)
(どう考えても遺書向きの色柄じゃないやつ)
(ふざけてんのか)

いざ、尋常に参る!とばかりにお目当てのマンションへ向かい、エレベーターのボタンを押そうとするとね、押せないんですこれが。

涙もドバドバ出てくるし。

こんな所で号泣する女なんて不審すぎると思って、それなら海だ、海へ行こう、と、中古の軽四を走らせて海へ向かいました。

で、海ですよ。

波がね、清々しいくらい全然たってなかった。

天気は決して良くなかったのに、めっちゃ凪。

飛び込んでも…これ…泳げちゃうんじゃないの?みたいな。

こりゃどうしようもないなと思ってぼんやり海を眺めてたら、また涙がやたらめったら出てくるんです。安心して。

死にたかったはずなのに、死ねないと思うと安心してしまう意気地のなさ。

そもそも私、死にたくないんやなって、やっと理解しました。

計画中から「よし、これで死ねる」って思うと涙が出るんです、毎回。

結局、死にたくなかったんやなあって、
嫌やから泣けてくるんやなあって、

日が暮れるまで海を眺めて、冷え切った頭でようやく「せや、仕事、やめよ」と決心することができました。

最後の最後まで嫌味言われたけど、1ヶ月後には普通に辞められた。

仲の良かった先輩を泣かせてしまったことだけ心残りだったけど、地獄から逃げられた。


「いつまでも去った人の事を憎いと思う自分がしつこくて汚くて嫌になる。」

と、初めて友達に打ち明けた時に、彼女が、

「ばーーーーっかじゃないん?
なーーーーんで許してやらなあかんねん、汚いのは向こうやろ!
あんたが許しても私は呪うわい!
てゆーかはよ言え!そういう事ははよ言え!
あいつ!殺したる!」

と、私の分まで怒ってくれた。
すごく救いだった。また泣いた。

理不尽は拒否してもいい。
勝手にひとりぽっちになって答えの出ないことをぐるぐる考えていてはいけない。
戦えないことがあったっていい。

そんなことがね、もうわからなくなってたんでしょうね。

もはや自分のことを追い詰めることが、ある種の快感の様になっていたのかもしれません。

自分を責めてはいけない、と思うと「そんなことは許されない、お前は欠陥品やんか」みたいにね、意地悪な自分が出てくるんですね。

今でもいます。私に意地悪な私。

完全にいなくはならない。

そういう時はラジオも音楽もなしで、無音で本を読みます。

完全無欠ではなくて、なにかが欠けていたり、逆に何かが多すぎて悩む人間達が、ゆっくり再生してゆく姿をたまらなく愛おしく思えるのなら、私が私を信じて、慈しんでも良いのではないかと思わせてくれるから。

ですが、私に愛された本はかわいそうだなと思う時もあります。

「荷が重いて〜」「手間のかかる女やで」と、物語たちは思っているかもしれない。

ごめんね、いつもありがとう。

手間のかかる女を、いつも応援してくれてありがとう。

お世話になりますが、これからもどうぞよろしくね(西野カナ)

さて、
生きようか、
今日も明日もこれからも。

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