見出し画像

Prog Metalの2010年代を振り返る:前編


何事においてもそうだが、直近の10年をその前の10年と比較した際に何もかもがガラッと変わっていることなどありえない。2010年の音楽が2009年の音楽とまったく違うなどということは当然ないのである。
しかしながら「10年間」というスパンで俯瞰してみると、そこには確実に「流れ」と「変化」が存在する。

ではプログメタルにとって2010年代とは何がどう変化した、そして変化しなかった10年間だったのか?

まず言えるのは、「プログメタルとは何か」を一言で定義することがこの10年を経て極めて難しくなったという点だ。


プログレッシヴ「ロック」というジャンルについては、ジャズもクラシックもフォークも様式美も前衛も電子音楽も包含するその幅の広さから、「説明の困難さ」が古来から常につきまとう特徴であるが、現在のプログレッシヴメタルはその母体以上に多様性を孕んだ分野へと拡張を見せている。いまや一昔のような「Dream Theater的なアレ」で説明が済むようなシンプルさではないのだ(むしろDream Theater的な新バンドは2010年代にそれほど登場していない)。

従ってここ10年間のプログメタルシーンを総括するのはめちゃくちゃ難しい…というのが本音ではあるものの、いくつかの傾向・特色に的を絞り、前編・後編に分けて振り返りを試みたいと思う。


※なお2010年代における「プログレッシヴロックの変化」も相当に興味深く、大御所・中堅・新人の三層構造がいかに強固に構築されつつあるかだったり、ジャンル外の様々なミュージシャン(具体的にはThundercatOneohtrix Point NeverFlying LotusSwansあたり)を絡めた関連性だったりをテーマにして語ることが可能なのですが、それをやると本が丸々一冊書けそうな分量になってしまうので今回はプログレッシヴ「メタル」に範囲を限定します。


1. ゼロ年代オルタナ/ポストロック/ポストメタル影響

2010年代プログメタルの「拡張」の象徴が、ゼロ年代オルタナやポストロック/ポストメタル/ポストハードコアの大幅な導入だ。

「オルタナ」要素に関しては目新しいものではなく、それこそゼロ年代の盛り上がりがそのまま継続されている節がある。Pink Floydや一時期のKing Crimsonが有していたオルタナティヴサイケ/オルタナティヴヘヴィネス要素がRadioheadや後期RushMansunMuseらを経て、The Mars VoltaPorcupine TreeCoheed and Cambriaを踏まえた上で2010年代に至るという、「Prog」の連綿とした系譜が最も感じられる側面だと言えるだろう。

ではゼロ年代プログとの違いがどこにあるかというと、端的に表現するならポストロック要素・ポストハードコア要素の台頭ではないだろうか。メタルの激烈テイストをパーツとして扱いつつ、従来のメタルにはない寂寞感や、メタルとは一味違うある種のキャッチーさを有している点がポイントではないかと思う。

現代シーンを代表する存在の一つと言えるTesseracTやその関連バンドSkyharbor、セルビアのDestiny PotatoやそのVoであるAleksandra Djelmashの別バンドAbove the Earth、米国のDream the Electric SleepDance Gavin Dance、ポーランドのDispersE、2019年の新譜も素晴らしかったフランスのHypno5e、イタリアのKingcrow、オーストラリアのAlithiA、スウェーデンのThe Great Discordなど、若い世代がもつ新たなダークさとメロディー感覚によってプログメタルの再定義がなされたのがこの10年における傾向の一つだったと言える。

<参考音源>
Hypno5e - Acid Mist Tomorrow (2012)
Pelican - Forever Becoming (2013)
Dream the Electric Sleep - Heretics (2014)
sleepmakeswaves - Love of Cartography (2014)
Destiny Potato - LUN (2014)
Skyharbor - Guiding Lights (2014)
Abigail's Ghost - Black Plastic Sun (2015)
Above the Earth - Every Moment (2015)
Dance Gavin Dance - Instant Gratification (2015)
Delvoid - Serene (2015)
The Great Discord - Duende (2015)
Intronaut - The Direction of Last Things (2015)
Rishloo - Living As Ghosts with Buildings As Teeth (2015)
TesseracT - Polaris (2015)
Failure of Milk - Failure of Milk (2016)
Disperse - Foreword (2017)
Caligula's Horse - In Contact (2017)
Alithia - The Moon Has Fallen (2018)
Kingcrow - The Persistance (2018)
VOLA - Applause of a Distant Crowd (2018)
Oh Hiroshima - Oscillation (2019)


ここ10年における潮流の一つを産んだバンドとして、Leprousも避けて通れない。Leprous自体については後編で触れるが、彼らのメタルやポストロックやDjentなどあらゆる要素を吸収・独自昇華したアプローチは多くのバンドのヒントとなった。特に2010年代後半においては、明らかにLeprous起点の音楽を展開しているバンドの作品が多数リリースされている。アイスランドのAgent FrescoやロシアのWalking Across Jupiter、ギリシャのMother of Millions、米国のArtificial Languageのアルバムをぜひ参照していただきたい。

<参考音源>
Agent Fresco - Destrier (2015)
Mother of Millions - Sigma (2017)
Walking Across Jupiter - Oneiroid (2018)
Artificial Language - Now We Sleep (2019)
Rendezvous Point - Universal Chaos (2019)
Unprocessed - Artificial Void (2019)
Voyager - Colours in the Sun (2019)


その他、従来のメタルやプログロックの感覚(陰陽両面のシンフォニックさなど)を強めに出しているバンドとしてNative Construct(解散が本当に惜しい)やPerihelion ShipSubsignal、独自の暗黒さを発露したSoul EnemaNight VersesHoia、新たなるミクスチャーとも言えるThank You ScientistPineapple Expressあたりも見事な作品を発表している。

<参考音源>
Native Construct - Quiet World (2015)
Shattered Skies - The World We Used to Know (2015)
Perihelion Ship - A Rare Thunderstorm in Spring (2016)
Soul Enema - Of Clans and Clones and Clowns (2017)
Night Verses - From the Gallery of Sleep (2018)
Pineapple Express - Anthem (2018)
Subsignal - La Muerta (2018)
Thank You Scientist - Terraformer (2019)
Hoia - Scavenger (2019)


2. インストゥルメンタル系

インスト主体のバンド/ミュージシャンが多数注目を浴びたのも特筆すべき点だ。PliniSithu Ayeはじめ、先述したDestiny PotatoDavid Maxim MicicDispersEJakub ZyteckiWidekIntervals、ハンガリーのSpecial Providenceなどなど。

Ableton Liveなどに代表されるDAWソフトウェアの発展、BandcampやYouTubeといったソーシャルメディア媒体の普及は「作品を世に晒す機会の増加=我々リスナーに発見されるチャンスの増加」へと繋がり、この環境変化が、インスト系ミュージシャンが爆発的に増える一因となったのではないかと思う。

インスト系プログメタルは特に多様性が顕著な領域でもあり、イメージに反してテクニカル一辺倒なバンドがそれほどいないのもおもしろい。この点も2010年代の特色と言える。Andy JamesJason RichardsonAbnormal Thought Patternsあたりはメタル本道ともいえるシュレッドとカタルシス満載の音楽をやっているが、多くのバンドはよりジャンルレスな楽曲構築を行う傾向にあり、ポストロックだったりフュージョン方面だったりと、各ミュージシャンのアンテナやセンスの高さが伺える。この点については後編の「エクストリーム」「ジャズ/フュージョン」観点での項でも触れてみたい。


また、ゼロ年代(やそれ以前)からの流れを踏まえる上で、CloudkickerことBen Sharpの功績は大きいと思うし、意外と忘れられがちだがBucketheadもこの分野の功労者の一人だ。Bucketheadについてはこの10年で300枚近く作品をリリースしており、完全にヤバい次元に達している人だが、いつか全作品をちゃんと聴き込んでみたいと思う(思うだけ)。

※なおこれらインスト系についてはシンコーミュージックから発売中の書籍『ヘドバン Vol.24』での特集「新世代ギターオリエンテッド・プログメタル入門」にてより詳細にまとめておりますので、そちらもぜひご覧ください(宣伝)。

<参考音源>
Cloudkicker - Beacons (2010)
Long Distance Calling - Long Distance Calling (2011)
Serious Beak - Ankaa (2015)
Abnormal Thought Patterns - Manipulation Under Anesthesia (2013)
Buckethead - Pike 11 (2013)
Intervals - The Shape of Colour (2015)
Jakub Zytecki - Wishful Water Proof (2015)
Special Providence - Essence of Change (2015)
Cartoon Theory - Planet Geisha (2016)
Jason Richardson - I (2016)
Plini - Handmade Cities (2016)
David Maxim Micic - Who Bit the Moon (2017)
For Giants - Big Sky (2017)
Scale the Summit - In a World of Fear (2017)
Widek - Hidden Dimensions (2017)
Andy James - Arrival (2018)
Fifth Quadrant - Vision (2018)
Sithu Aye - Homebound (2018)
Andy Gillion - Neverafter (2019)
Atrium - Gravity Dreams (2019)


3. Steven Wilsonの2010年代

プログメタルにもたらされたオルタナ要素を考える上で欠かせないのがSteven Wilsonである。彼にとっての2010年代とはどのような時代だったのか?

現代プログロックの最重要人物として認識されているといっても過言ではないSteven Wilsonだが、実はこの人、キャリアを通じてそんなにプログロック本流をやってきたわけではない

No-ManのドリームポップにしろBass CommunionのアンビエントドローンにしろI.E.M.のクラウトロックにしろBlackfieldのポップロックにしろ初期〜中期Porcupine Treeのサイケ/オルタナにしろ、Steven Wilsonは常に「プログロックの周縁にある音楽」をやっていた人で、後期Porcupine Treeにおいてもそのタイミングで「たまたま」プログロック/メタル要素を表現していただけに過ぎないのだ。その後期PTの音楽の完成度があまりに高かったゆえプログ界隈で持ち上げられたわけだが、冷静にこの人の歴史を分析すると、2009年にソロを始めるまでのSteven Wilsonは「周縁をやり続けたがゆえに音楽的な核がどこにあるのか不明」な人だったのではないか(なので本人が「プログ」扱いを拒むのもある意味そりゃそうだろうと思う)。

そんなSteven Wilsonにとって2010年代におけるソロ名義での活動は、キャリアを収斂させ自身の「ぽっかり空いた中心」を探求する作業だったのではないかと思う。

その前提に立って『Grace for Drowning』(2011年)と『The Raven That Refused to Sing (and Other Stories)』(2013年)を聴くと、彼が後期Porcupine Tree楽曲とソロ楽曲を同一視して語る理由も腑に落ちるし、その延長として『Hand. Cannnot. Erase.』(2015年)や『To the Bone』(2017年)をリリースしたことについても新たな意義が生まれてくる。

特に後者『To the Bone』のポップス要素に関しては、その後のNo-Manとしての『Love You To Bits』(2019年)においてもまったく同じ立ち位置でのアプローチを行っていることから、果たしてこの音楽性が「過程」なのか「到達点」なのか、今後のベクトルを考察する上で非常におもしろい起点になっていると言える。

シーンの頂点にいながらシーンの流れとは独立した視点で活動を続けるSteven Wilsonはいまだ孤高の存在だ(スタンスとしてはJustin Broadrickなどと同じ立ち位置にいる気がする)。


次回の後編では

・エクストリーム方面(Djent、ハードコア、ブラック、ドゥーム)にみるプログメタル拡張志向
・ジャズ/フュージョン的可能性
・2010年代プログメタル大物系
・'90〜ゼロ年代プログメタル勢の過ごし方
・Dream Theaterの2010年代とは
・国家的側面における多様性
・2018〜2019年作品にみるプログメタルの新たな針路

について解説します。


読んでいただきありがとうございます。いただいたサポートは今後の企画費として使用させていただきます。