夕霧と光源氏の力関係について

夕霧と光源氏の力関係を比べるにあたって、彼らの垣間見のシーンが対比的かつ重要であると私は考える。
まず、光源氏の北山での垣間見は、自分の土地で自ら簡単に紫の上の全体像をのぞいていた。その際の光源氏は、幼く泣いている若紫を藤壺と似ているとしている。
一方で夕霧の野分の垣間見は、父親の領地で父親の育てた美しく成熟した若紫をやっとの思いで、台風の助けを持って垣間見している。その際に夕霧は紫の上を樺桜に例えていて、このことから彼は紫の上に匹敵する人を知らないし、彼女を手に入れることも光源氏と違って困難であるために力不足であると考える。
しかし、光源氏も野分の垣間見場面ではすでに衰えが見えていて、北山の頃(全盛期)の全てを見透かす力も存分に発揮できていないと思われる。実際に、夕霧が紫の上を垣間見していることに気づくのも遅れていたし、彼の紫と夕霧を近づけたくない考えものぞかれている。夕霧は光源氏の考え

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