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5分で書くお題小説バトル

長らく小説を書いていなかった私(さゆと)のリハビリのために、ぽいぽいさんが「5分間で短い作品をたくさん書いてみよう」と声をかけてくれた。その提案に(半ば強引に)乗って、2人で遊んだ記録を残す。

1つのお題につき、ぽいぽいとさゆとそれぞれ1作ずつ提出した。
お題は計4つ、作品は8作になった。

お題「りんご」

作:ぽいぽい

赤いりんごを口元に運ぶ彼女。りんごの赤が反射したかのような唇はてらりと艶めいている。私は、いつの間にか握りしめていた掌を解く。かく汗に緊張を自覚した。
そう、私は緊張していた。彼女はその真っ白な歯でりんごにかじりつきながらも、真っすぐにこちらを見据えていた。
違う、白い歯が見えたのは、りんごを食べているからではない。再び手を握りしめてしまう。
笑っていた。

作:さゆと

君はりんごむしを知っているかい? りんごむしはその名の通り赤い身体をしていて、お尻にりんごのような丸い突起を二つくっつけているんだ。大きさはカエデの木からよく落ちてくる、指先くらいの小さなシャクトリムシと同じくらい。赤い実を齧っているのをときどき見かける。身体が赤いのは紅葉の季節によく見かけるから保護色なのかもしれない。

お題「ジンギスカン」

作:ぽいぽい

お腹が空いた。タクシーが捕まらず歩いて帰ることにしたのが間違いだった。徹夜明けの惚け切った思考回路が悪いのだ。いやさ自分の仕事を私に押し付けるあの上司が悪いのだ。職質されることはあっても変態に襲われることはないだろうと高をくくっていたのが間違いだった。

聞いていませんでしたか? ジンギスカンです。

気が付くと犬の耳を頭につけた女性がラーメンの屋台で何か、もくもくと煙を立てて焼いていた。場末の屋台特有のちゃちな暖簾から半分だけ頭を出して、しかも可愛らしい顔立ち。

なぜジンギスカン?

いやそうじゃない。その前に思うべきことがあるだろう私よ。

でもお腹が空いていたのだ。仕方がないじゃないか。
私はイヌミミの女性とジンギスカンをつついて夜を明かした。

作:さゆと


夜は彼女の家でジンパをすることになっていた。県外出身者にとっては北海道らしい文化を味わうチャンスであった。感動した私はコンビニでチューハイを三本と、あたりめを買ってお土産にした。おつまみを選ぶとき、北海道チーズのパッケージに心惹かれたがやめておいた。地元の人に地元の名がつくものをあげるのは、喜びが半減する気がする。彼女の下宿は大学から歩いて十五分くらいの場所で、アパートの前では切れかけの街灯が点滅していた。

お題「トイレットペーパー」

作:ぽいぽい

ほんっと助かったよ~、まじで。死ぬかと思った。

いや死ぬほどではないだろと思ったけれど、下半身丸出しで歩き回られないで済んだのはよかった。掃除するのはどうせ私だろうし。お前が呑みすぎて吐いた時も私が掃除してやったんだぞ。感謝しろよ。

それにしても由実、バイトは? 呼び出しておいてなんだけど、ダイジョブなの?

大丈夫じゃないよ、まったく。すぐ来てくれないとヤバいとか言うから。

ごめんって。そういいながら腕にすがりついてこられて、私はでもヤな気分じゃない。

作:さゆと

トイレットペーパーが落ちていた。誰かが千切った切れ端ではなく、点線に沿って真っ直ぐに切られた、真新しいペーパーの先端が街路樹に巻き付いてぺらりと垂れていた。白い紙は右往左往しながら反対側の歩道へ伸びていて、公園の花壇へ吸い込まれていた。トイレットペーパーは少しずつ動いているようだった。誰かが反対側の端から引っ張っているのかもしれない。私はトイレットペーパーの後をつけてみることにした。

お題「虚数」

作:ぽいぽい

ぐじゅぐじゅの靴を脱ぎ捨てる。どうせ全部濡れているのだから、今更裸足でも変わらない。
荒れたアスファルトに掌を浸すと、ちょうど指が浸かるぐらいの水量だった。

うーん……あなたの進路だから、好きにしたらいいとは思うのよ。

直後にフォローする言葉を掛けてくれたことは分かる。覚えている。でもそんな理性的な記憶よりもずっと深いところに残る、あの顔。
私が、到底"のぞましくない"進路を進みたいといったときの、あの女の顔。
口が一瞬歪み、眉毛が下がり、それを隠そうとなおさら顔が歪み、そしてすぐに取り繕った平坦な笑顔で私を見おろす。実際は先生は座っていて、私は立っていたけれど。

でもね、ちょっと厳しいんじゃないかしら。

あの日掛けられたあの呪いを撥ね退けようと、頑張ったのだ。

虚数だ。この3年の頑張りは虚数だった。掛けるとマイナスになる、存在しない数。努力しても、したうちに入らない。私は。

作:さゆと

高校の頃の出来事はほとんど忘れていたが、初めて虚数を習った日だけははっきり記憶している。新任の数学の先生は「虚数」と口に出した瞬間、はっと固まった。突然、黒板をガレージのように引き上げると、教室の壁には穴が開いていた。穴の中は黒々とした渦巻き雲がうねっている。「虚数が解除コードだったんだわ」先生は喜々として叫ぶと、穴の中に飛び込んだ。先生のスーツが破れて、背中から真っ黒な翼が広がった。次の日、封印されていた悪魔が復活した報せが日本中を駆け巡った。学校は封鎖され、私がいた教室には調査員が派遣されたらしい。

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